蜘蛛豹のターゲット
「何だったんだ、あの豹は」
豹がが見えなくなった後、ユウはまだダメージが抜けきらずにふらついていたアーダに駆け寄り、肩を貸していた。
岩に身体を投げ出した時に付いたのだろう、小さな傷が全身に付いている。
「わからねぇけど、蜘蛛みてぇな豹だったな。蜘蛛豹だ」
アーダは悪態をつきつつも、まだしっかり立つ事が出来ないでいる。
ダメージが残っているのだ。
その隣ではルティナが肩を落としている。
「アーダは凄いです。私なんて、何もできませんでした」
そして蜘蛛豹の去ったその先を恨めしそうに見つめている。
そんなルティナの所にフィノが近寄ってきて慰める。
「そんな事はないわ。ルティだって最後に一矢報いたじゃない」
フィノは豹を追いかけるのを早々に諦め、真っ直ぐ戻って来ていたのだ。
手には糸の束を持っている。
「この糸があの豹の前足から出ていたみたいね。粘着液が付いていて触れるとくっつくように出来ているみたいだから、本当、蜘蛛の糸みたい」
フィノはその糸の束をユウに手渡した。
ユウは試しにその糸を引っ張ってみたのだが、いくら強く引っ張っても糸は切れる気配がない。
が、横方向に力を加えると、意外にあっさり引きちぎる事が出来た。
「こうしてみると意外と簡単に切れるんだな。横方向になら簡単に引きちぎれる」
「こんな糸の所為で動けなくなってしまうとはな。悔しいが、油断し過ぎていたかもしれない」
いくら知らなかったとはいえ、こんなにあっさり切れる糸の所為であんな目に遭ったのだとすると、悔しくもなってくる。
「あと一歩の所で逃がしちゃったから、あの豹、また襲って来るかもね。けどまあ、その時は返り討ちにしてやるだけだけど」
「フィノにしては珍しいじゃねえか。あんなに糸を喰らうなんてよ。フィノの力なら、あそこまで喰らう前に逃げられたんじゃねえのか」
アーダはユウから糸の束を受け取ると、糸に怒りをぶつけるように滅茶苦茶に引き千切った。
その所為でという訳ではないのだろうが、ふらつきも大分収まっている。
フィノが少し恥ずかしそうに言ってくる。
「うーん、まさかあんな事になるとは思わなったからね、何の糸かなって思って、糸がいっぱいある所を意図的に踏んづけちゃったんだよね。だから、アーダに糸を切ってもらって助かったわ。でなければもっと苦労していたはずだもの」
「本当は自分の糸を切れればもっと良かったんだけどな。とはいえ、フィノを開放する事さえ出来れば後はフィノが何とかしてくれる事はわかっていたし、その方が簡単にできそうだったからな」
「せっかくアーダが頼ってくれたのに。ごめん、結局、逃がしちゃった」
フィノは小さく頭を下げた。
「よせよ。あそこで逃げられたら、仕方がねえだろ。しっかしあの野郎、随分あっさり逃げに転じやがったよな。でもまあ、ルティナが一発ぶち込んでくれたみてえだし、あたし達の事はもう襲って来ねえだろ。随分とフィノを恐れていたみたいだしな」
「なにそれ、私の事を化け物みたいに言わないでよ」
「化け物じゃねえか」
「アーダには言われたくないわね」
「なにおう」
「ちょっとちょっと。喧嘩をしている場合じゃないでしょ」
フィノとアーダが軽い言い合いを始めるのを見て、ユウは二人の間に割って入った。
二人が本気でやり合っている訳ではない事はわかっているが、このまま放っておくわけにもいかない。
ふざけて言い合っているうちに、昂られても困るのだ。
「とにかく、これからは足元にも注意する事にして、とっととこの先の森を抜けてしまおう。上から見た時の様子だと、次の森はすぐに抜けられるはずだからさ」
ユウがそんな風に先を促すと、ルティナがそれに賛同する。
「そうそう、こんな所でじっとしていても、何も良い事は有りませんからね。さあ、行きましょう」
そして、ユウの腕をとり、森の方へと歩き始める。
二人が言い合いを再開する前に、動き出そうという意図のようだ。
こうなるとフィノもアーダもユウ達の後を追いかけるより仕方が無い。
まだ少し何か言い合いながらも、ユウとルティナの後ろをついて来る。
ユウの横でルティナが小さくため息をついている。
「はあ、私ももっと腕を上げないと、二人に差をつけられてしまいますね」
どうやら蜘蛛豹退治に役立つ事が出来なかった事を気にしているらしい。
が、それを言うならユウの方が何もしていない。
「そんな事ないよ。ルティナは反撃したじゃない。俺の方が何もしていない」
実際、ユウはただ倒れないように踏ん張っていただけで、他の三人のようにアクションを起こす事は出来なかった。
ルティナが何も出来なかったというのなら、ユウの方が何も出来ていないのだ。
もっと頑張らなければいけないとは思っているし、自分なりに頑張ったつもりではあったのだが、結果は何も出来ていない。
その為、ユウは実はかなり凹んでいたのだ。
そんなユウに、すぐ後ろまで来ていたフィノが声をかけてくる。
「あのね、今回、アイツを追い返す事が出来たのは、ユウが頑張ってくれたおかげもあるのよ」
「何言ってんだよ、フィノ。実際、俺は何もできなかった。無理やり良いように言わなくていいよ。かえって凹むから」
フィノは慰めているつもりなのだろうが、それはいかにも強引だ。
無理やりに褒められてもちっとも嬉しくない。
が、そこへアーダも加わり言ってくる。
「いや、フィノの言っている事は本当だぞ。ユウがフィノと同じくらい、とまでは言わないが、それに近いくらいの数の糸を引き受けてくれていたから、だから、あたしが動けたんだ」
「そんな事はないだろ。フィノはともかく俺が優先的に狙われるわけがない」
狙うのなら、ユウよりもアーダの方が優先度が高いはず。
目立つ槍を持っているのだから、それは豹にもわかるはずだ。
ルティナがユウの腕を引く。
「そうでしょうか。言われてみれば、確かに、私もユウ様の方が私やアーダよりも足に糸がたくさんついていたような気がします。きっと、あの蜘蛛豹の出せる糸の数には制限があるのです。だから、恐らくは私達の中で唯一の男性であるユウ様と、巨大な剣を背負っていたフィノを優先して狙ったのでしょう。私とアーダは後回しでいいと判断したのです」
「そうそう、だから、あたしが何とか動く事が出来たのはユウが糸を引き受けてくれていたから、とも言える訳さ。ユウの方が私よりもたくさん糸が付いていた事は知っていたけど、私はあれで限界だった。あれ以上糸を喰らっていたら、倒れる事は出来たかもしれないが、フィノを動けるようにするために狙いを付ける事までは出来なかっただろうからな。だから、ユウのおかげだっていうのも本当なのさ」
それでも、ただ耐えていただけという事には間違いはない訳で、納得する事は出来ないのだが、三人の優しさは十分に伝わってきた。
納得する事は出来ないが、皆にそんな風に言われると、反論するのも憚られる。
しかもその内容が自分では気づいていなかった事だったりするのだ。
それをみんながわかってくれているというのは嬉しいものだ。
ルティナが手を引き、先を促してくる。
いつの間にか少し歩みが遅くなってしまっていたらしい。
少し急いでルティナの横に並びながら、ユウはついさっきまでよりも足取りが軽くなっている事に気が付いた。




