岩亀
更に進むと、ユウにもその気配がわかるようになってきた。
びりびりとした、明らかに敵意を持った強い気配がこの先に有るのがわかる。
「やばい、起きやがった。これは…、思ったよりも大きな闘気だ」
アーダが驚き、声を上げる。
察するに、ついさっきまでユウが気配を感じなかったのは、この闘気の主が眠っていた所為だったのだろう。
だとするならば、やはりここは避けて通るべきだった、と少し後悔する。
いや違う。
フィノとアーダがその選択肢を全く考慮に入れていなかったという事は、逃げるには遅かったか、そうでないなら勝算があるという事だ。
「相手の姿は見えているのか?」
ユウが大きな声で問いかけると、フィノとアーダが其々答える。
「まだはっきりとは分からないけど、あの大きな岩の近くに何かいる事は確かみたい」
「これだけ見通しの良い草原だからな。滅多にない障害物を狙っていたのは、もしかしたらあたし達だけじゃなかったっていう事かもしれない。あたしのミスだ。少なくとももう少し慎重に進むべきだったみたいだ」
「それを言うなら私の所為でしょ。先頭を行っていたのは私なんだから…。でもたぶん大丈夫。どんな相手が出てこようと、負ける気はしないわ。新しい戦力も加わった事だし…ね」
「どういう意味だ。あたしの力を軽く見ているのか?」
「違う違う、どうすればそんな風に受け取れるのよ。ただ単純にアーダが助けてくれればだいぶ楽になりそうだと思っただけじゃない」
「いーや、フィノはきっとあたしの力を過小評価している。今のあたしは少し前の無力だったあたしとは違うんだ。以前よりもずっと強くなっているという実感だってある」
アーダは前方をキッと睨みつけ、槍をグッと握り直した。
どうやらフィノと張り合うつもりでいるらしい。
フィノは前を向いたまま、小さくため息をついている。
「…はあ。まあ、そうなのでしょうね。私にもそれは何となくわかるわ。だからこそ、少しは楽になりそうだとも思ったのだけれど…」
対するアーダはフィノを睨みつけている。
「少し…だと」
「まあ、アーダはこれが初めての戦いになる訳なんだし、そんなに気張らなくてもいいんじゃないの?」
「いいや、フィノの方こそ、少し休んでいてもらって構わないぞ。この相手…」
アーダはまだ言いたい事を言いきれていなかったようだったのだが、しかし話の途中で突然言葉を止めて固まった。
正面の岩山が突然大きなうなり声を上げたからだ。
グヴヴヴヴヴゥ
気が付くと正面の小さな丘ほどもある岩山が動いている。
ただの岩山があんなふうに動くわけはない。
フィノもアーダもこれは予想外だったようで、一瞬表情が固まった。
だが、それはほんの一瞬の事だけで、すぐに持ち直し、振り返ってユウに言う。
「ユウ、ルティ、あまり近づいて来ないようにしてね」
「接近戦はあたし達、いや、あたしに任せてくれ、ユウ」
そして、言い終わると二人は左右に別れて速度を上げた。
残されたユウの目の前では、既にルティナが弓を引いている。
「手綱は任せました。狙いは私が修正しますから、ユウ様は自由に動いてくれて構いませんからね」
「わかった」
ルティナが大きく弓を引くと、ユウは手綱を搾るのにも苦労する事になる。
だが、この一体感は悪くない。
ユウがそんな事を思っている間にも、正面の岩山はどんどん膨れ上がっている。
ユウはその場に馬を止めた。
「ルティナ」
「はい」
その掛け声を合図に、ルティナが岩山目がけて弓を射る。
すると、岩山は急速に元の状態へと戻り、硬い岩盤の中腹辺りで矢を受けた。
乾いた音をたて、矢が大きく弾かれる。
しかしその後すぐに、また大きく膨らみ始める。
立ち止まった事で大きな岩山を正面から見上げる格好となったユウは、その岩山と目が合った。
比喩ではなく、確かに目が合ったのだ。
岩山の手前に付いた付属品のような小さな岩、その岩の前方に鈍い光を発する眼球があり、その目がユウとルティナを見下ろしている。
次いで、その目の下が大きく割れて、真っ赤な口があらわとなった。
クウォォォォォォォォー
鳥の様な獣の様な甲高い雄叫びが辺り一帯に響き渡る。
そこにいたのは鳥でも獣でもなく、一匹の巨大な亀だった。
その亀が四本の足で立ち上がり、首を伸ばしてユウとルティナを見下ろしている。
その予想外に大きな啼き声の所為で、僅かにではあるもののユウが怯んでしまったその間に、ルティナが二射目の矢を放っている。
それとほぼ時を同じくして、亀が大きな口をあけ、ユウとルティナに狙いをつけた。
ユウは反射的に手綱を引き、馬を横に飛ばせていた。
次の瞬間、ルティナの放った矢を弾き飛ばし、二人がさっきまでいた場所に、人の背丈の半分ほどもある大きな岩が突き刺さった。
どうやらこの大きな岩のような亀は口から岩を飛ばす事が出来るらしい。
岩はかなりの速さで地面に突き刺さっているので、人がまともに喰らえば無事でいられる訳がない。
ルティナは馬の操縦を完全にユウに委ね、自らは弓の狙いを定める事のみに集中している。
という事は、あの岩のミサイルはユウの手綱さばきで何とかするしかない。
ユウはルティナの体越しに手綱をしっかり握り直した。




