北へ
小人の村の北側に広がる背の低い木の森は意外に長く続いていた。
その森を通り過ぎ、その先の針葉樹の森も通り抜けると、その先は大小さまざまなうねりの重なる広大な草原地帯になっていた。
その遥か向こうに急峻な山々が連なる峰が見える。
神々の住む山というのは、そのさらに向こう側に有るらしい。
ここまでは、幸いにして魔獣を始めとする捕食者に襲われる事はほとんど無かったし、襲われてもさして恐い相手でもなかったのだが、ここから先は少し注意していく必要がある。
ルティナが聞いてきた話によると、この草原から先、その頂に雪が残る急峻な山を越え、神の山の麓に至る道々には、時折、強大な力を持つ魔獣が現れる事がある、という事のようなのだ。
彼らは其々縄張りを持ち、その縄張りの中を移動しているらしいので、上手く避ければ遭遇せずに済む事もあるのだそうだが、まともに闘り合えばなかなか苦労する相手なのだという。
とはいえ、それはあくまで小人達にとってという事なのだと思うので、ユウ達にとって、というか、フィノにとってはどれだけの脅威となるのかはわからないのだが、避けられるものなら避けた方がいいという事も事実なので、だからこそ慎重に進むべきだという訳だ。
「慎重にとは言っても、ここは馬に乗っている事を生かして飛ばした方がいいとも考えられます。その方が距離も稼げますし、魔獣は縄張りを超えてまで襲って来る事はまずないと聞きましたから、縄張りさえ通り過ぎてしまえば、その魔獣に襲われる事もないはずですしね」
そんな事を言いながら、ルティナがゆっくり後ろに身体を倒してくる。
通常、馬に乗った状態でそんな事をしたら、落馬してしまう可能性が高い。
だが、今のルティナにはそんな心配は不要だった。
なぜなら、ルティナの後ろには今はユウが乗っているからだ。
倒れ掛ってもユウが受け止めてくれる、という訳だ。
ルティナとフィノでじゃんけんをした結果、今日は、ユウがルティナの馬に乗る日と決まった為、ルティナは、ユウと同乗するに際し、アーダのように自分がユウの後ろに乗る訳ではなく、ユウの前に乗る事を選択した。
生まれ変わって長身となったアーダとは違って、ユウよりも背の低いルティナにとっては、二人乗りなら前に乗った方がしっくりくる。
その可愛らしい外見も相まって、まるで王子様にエスコートされるお姫様という体にも見えなくもない。
後ろにいるのを王子様と呼んでいいのかどうかについては、疑問の余地がない訳ではないのだが…。
ともあれ、その所為でというかおかげでというか、ユウはルティナの柔らかな香り溢れるその身体を、身体全体で受け止めなければならない事となった。
「こらこら、ルティナさん、ユウの腕をさりげなく胸の上に持ってくるなんて、あたしよりもずっと大胆なのではありませんかね」
ルティナの行為に今度はアーダが抗議する。
口調が妙に丁寧なのは、昨日アーダがユウの後ろに乗っていた時、アーダがユウにどんなに仕掛けてもルティナは何も言わずに黙っていたし、それどころか文句を言いたげにしていたフィノの事さえ宥めてくれていた事を、アーダはわかっているからだ。
「まあ、いいじゃない。交代なんだから。それより、ルティの言う通り、早い所この草原も通り抜けてしまいましょうよ。ここなら馬だって思いっきり走れるはずだしね」
フィノはルティナの方は見ないようにして、ただ前に進もうとだけ言ってくる。
多少なりとも憂さ晴らしの意味で言っていたことも事実なのだが、思いっきり馬を走らせたいという思いは本当だ。
それを察したアーダが、軽口を叩く。
「なんだか、馬よりフィノの方が走りたそうだな。何なら馬から降りて走ってみたらどうなんだ? そうすれば馬が一つ空くからユウも一人で乗れるようになる訳だしな」
これにはルティナが反論する。
「そんな事をしたら、アーダももうユウと一緒に乗れなくなりますよ。それでもいいのですか?」
冗談だとはわかっていても、折角の自分の番を終らせるような発言に、言わずにはいられなかったのだ。
珍しく少し熱くなっているように見えるルティナをユウが宥めて落ち着かせる。
「まあまあ、皆、仲良く行こうよ。これまでだって上手くやって来た訳だしさ」
「仲良くしていますよ。アーダにしたってちょっと口が悪いだけで、本気で言っている訳ではないと思いますから問題ありません」
言われたアーダは、わざとらしく視線を天に向け、聞いていないふりをしている。
存外、ルティナの言う通りなのかもしれない。
そういえば、今朝、ユウがルティナの馬に乗る事に決まった時も、今日も自分が乗るなどと言ってごねる様な事もなかった。
「ならいいけどさ。じゃあ、フィノの言う通り、ここから少し飛ばそうか。ただ、この馬が疲れすぎてもまずいから、早めに休みを入れなきゃだとは思うけどね」
ユウのこの言葉を受け、フィノが早速動き出す。
「じゃあ行くよ。ついて来てね」
「なら、あたしも」
すぐにその後ろにアーダが続く。
アーダはもうすっかり上手に馬を操る事が出来ている。
あの長いラビアローナの槍を脇に斜めに抱えながら、先行するフィノの馬を追いかけて行く。
長身でプロポーション抜群のアーダが単身馬を駆る姿は、様になっていて格好良い。
アーダ自身、なんだかんだ言いつつも、それを楽しんでいるように見える。
「じゃあ、俺達も行こうか」
「はい、ユウ様」
そんな二人を追いかけて、ユウはルティナの全幅の信頼を上半身全体に感じつつ、乗っていた馬に鞭を入れた。




