『いつも、いつでも……』あの娘はそう言って目を閉じた。(ボーナスステージ)
十時五分。
ロッキーを出た二人は近くの公園に来ている。
遅い時間だし、自分はともかく、忍は帰ったほうがいいんじゃないかと思ったが。
声には出さないでいた。
忍がそれを望んでいない。
公園に着くなりスマートフォンを取り出して姉に電話をかけ。
「帰りたくないから遅くなる」
それだけ言うと一方的に通話を切ってしまった。
仕方が無いので、浩介もそれに習った。母親は
「浩介、あんた何を馬鹿……」
そこで携帯の電源を切ってしまったので、どのぐらい怒っているかはわからない。
忍の『帰りたくない』という言葉にはどきっとしたが、そういう意味ではないだろう、ただ一緒にいたいだけだ。自分がそう思うからきっとそうだ。
言葉もなく二人は狭い公園の中をぶらぶら歩いた。
さびついたブランコ、塗装のはげたすべり台、水の出ない水道。
何とかパークなんていう洒落た名前のついた立派な施設より、こういう古びた場所の方がしっくり来るのは、アミューズメント施設よりゲーセンが好きだからだろう。
公園を一回りしてしまうと、ふたりは鉄棒によっかかった。
特に言葉はない。
しばらくまともに会話していないから、上手く言葉が出てこない。
いずなの「どろん」って発生一一〇フレだっけ?
という話題を振ってみようかと考えたが、場違いなような気がしてやめた。
黙っている。
無理に喋る必要なんかない。ただ側にいればいい。
「……寒いね」
忍がそういって、浩介に身を寄せてきた。
今の気温は二十五度暑いくらいだが、浩介はそれを指摘しなかった。
忍の頬が赤い。珍しく遠まわしな言い方をしたな。と思った。
「疲れた」
忍が頭を左肩にもたせ掛けて来た。
「うん、疲れた」
浩介は忍の肩に手を回し、そっと抱き寄せた。
そういうことが、自然に出来た自分に驚いた。
運命の一戦が終わったロッキーは対戦会の会場のようになった。
浩介は並み居る初心者たちを時に優しく、時に厳しくギガトンで投げた。
その中にはトシも含まれている。
順番を待って挑んできた忍には、今度はこてんぱんにやられた。
忍は相変わらず精密な動きをしてきたが、浩介は出鱈目そのものだった。
あんな試合を一日に二度は無理だ。
それでも、一回勝てた……だからもう、我慢はしなくていい。
忍の側に居てもいい。
そういう風に思っている。
「ね?」
急に忍が浩介の体から頭を離し、正面に回って聞いてきた。
「何?」
「私達、いつまでこうしていられるかな?」
いつまで、公園に居られるかということではないだろう。
いつまで格ゲーにスパⅢにのめり込んでいられるか?
そういうことを聞いている。
浩介は考える。
受験生になる三年までか、それとも就職するまでか、多くのトッププレイヤーと同じように三十歳までという考え方もあるだろう……それまでゲーセンがあるだろうか? 難しいかもしれない。街のゲームセンターの話題をネットで検索すると『閉店』という言葉ばかりに突き当たる。アミューズメント施設は売り上げの低い格闘ゲームはほとんど置かない。ゲームメーカーも格闘ゲームを作らなくなって来ている。
それでも、なにか方法があるはずだ。
格闘ゲームを続けるために最低限必要な物は?
浩介はすぐ目の前に答えを見つけた。
自分の相手をしてくれるプレイヤー、ただそれだけいれば対戦はできる。
浩介はずっとこの娘の前に立ち続けようと思う。
ずっとこの娘を追いかけようと思う。
今日のように捕まえられることもあるだろう。
捕まえられない日もあるだろう。
それでも……いつまでも見ていようと思う。目を離さない自信も、ある。
『いつまでこうしていられるか?』の答えは、君が格ゲーを止めるまでだ。
そんなセリフを言うイケメンゲージは溜まっていなかったので、浩介は忍にたずねる。
「忍はどうしたい? いつまで格ゲーやってたい?」
「私は……」
忍は浩介の顔を下から見上げた。
背伸びをしたのか、切れ長の目がぐっと浩介に近づく。
「いつも……いつでも……」
そういって目を閉じた。
「いつまでも」
浩介の首にそっと両腕を回し、身を寄せてきた。
浩介は忍の背中に手を回し、忍を強く抱きしめた。
「……むぅ」
忍がおかしな声を出したので、浩介は慌てて力を緩める、再び優しく優しく、力を込めた。
あの試合の幕切れの時と、同じ姿勢のまま二人はしばらく動かなかった。
公園の側の電信柱にくくりつけられた電灯が
ジリッ、ジリッと音を立てて消えた。
月明かりが静かに二人を照らし出した。
―第一部(了)―
おまけ
『ワンチャンファーストキスまであった』
ということに浩介が気づいたのは翌日の朝だった。
殴り合っていないとわからないことが……まだまだ、ある。




