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『いつも、いつでも……』あの娘はそう言って目を閉じた。(ファイナルラウンド(後半))

「どこだ? どこにいる?」

 浩介は、見えない忍者装束を懸命に探す。

『霞時雨』のゲージが溜まっている。しゃがむのは危険だ。

 中段攻撃の『踏みつけ』からの連携を喰らうのはまずい。

「グハッ」

 ヒガンテがよろける、下段攻撃だ。

 そこから連続攻撃が決まる。瞬く間に体力が減っていく。

 何をされているのかわからない。ダウンしなかったから、足払いを喰らわなかったということは判断できるが、なんの足しにもならない。不味い状況に、変わりは無い。

「ウガァッ」

 前方に居るはずのいずな向って、リーチの長いアイアンナックルを出す。

 手ごたえはない。

 ヒガンテがよろけた。

「滑ってるのか?」

 スライディング攻撃をしているということだ。

 この時いずなは極端に姿勢が低くなる。上段攻撃や中段攻撃は、まず当たらない。

 ナックルの下を抜けられたはずだ。

「グハッ」

 またヒガンテがよろめいた。

 やはり、スライディングだ。追撃が無いところを見ると間違いない。

 いずなは滑り込んでヒガンテの足を蹴り、バックダッシュで距離を開け、再度滑り込むという行動を繰り返しているはずだ。

 時間的にもう一度攻撃が来る。

 忍の性格からして、三度同じことはやってこないだろう。と浩介が思っていることも忍はわかっているだろう、だったらもう一度下だ。

 浩介は相打ち覚悟で、下段チョップを入力する、スレッジハンマーも追加した。

「ウガァッ!」

 振り下ろした拳のすぐ目の前に、いずなが現れた。何もしていない、ただ立っている。

 ヒガンテはハンマーを打ち下ろした直後、身動きが取れない。

「はっ!」

 いずなが飛び上がった。

 ヒガンテの顔面を強く踏みつけ後方に宙返りし

「覚悟っ!」

 『霞時雨』が全弾命中し、ヒガンテの体力は残り三割ほどになってしまった。

 ダウンしたヒガンテの側から、いずなが高速で離れていく、画面端を背負い、そして。

「心頭滅却っ!」

 また座った。

「やばいっ」

 もう一度消えられたら、勝負ありだ。

「オイ、コースケ、アレ行コウゼ」

 ヒガンテの声に、浩介は頷いた。

 立ち上がったヒガンテが、

「ウーガァッ!」

 筋肉ポーズを取って突進する。

 相手を引き倒す『ジャイアントスピア』だ。

 前進の速度は早いが筋肉ポーズに時間がかかりすぎる、間に合わない。

 いずなが、果敢に突撃してくるヒガンテをおちょくるような声で 

「どろんっ」

 消えた。

「グウッ」

 ヒガンテの顔が歪む。見えないがとび蹴りを喰らったことはわかる。

 画面のヒガンテは呻いたが、頭の中のヒガンテは痛みなど気にしていない。

 屁デモネェ、ソレヨリコースケ……

 浩介は頷く、レバーを素早く二回転させた。

 レッツゴー!

「アイン」

 消えたいずなを、ヒガンテが掴んだ。

「ツヴァイ」

 引き寄せ、締め上げる。

「ドラァイ」

 空中に放り投げ、追いかける。

 いずなを下敷きにして、ヒガンテが急降下し。

「ギガトンボォム!」

 超必殺の『ギガトンボム』が決まった。


「ごめん」

 忍はいずなに謝った。

 至近距離でとび蹴りを入れてしまうと、反撃にギガトンが確定してしまう。

 一度見せてもらった作戦なのに頭から抜け落ちていた。

 消えたという安心感があった、自分はまだまだだなと思う。

 気がつけばいずなの体力は、残り一割を切っている。ヒガンテは二割ほど。その上こっちはダウンしている。形勢は極めて不利、必殺技ゲージも時間もほとんど無い。

 それでも……。

「私は退かないっ」

 攻める、やりたいことを相手に押し付ける。

 自分を貫く。それしか方法を知らない。

「来いっ」

 浩介も覚悟を固める。

 守って、守って、一瞬のチャンスを待つ。

 相手の全てを受け止める。このやり方でここまで来た。

「はっ!」

 起き上がりと同時に忍は『天破脚てんはきゃく』を出す。

 ヒガンテが不器用なバックステップでそれをかわす。

「やぁっ!」

 忍はいきなり足払いを出した。普段は滅多にやらない奥の手だ。

 ヒガンテが、もんどりうって倒れた。

 これで体力はほとんど五分。

 時間は残り九秒。

 やれることは、ほとんど無い。

 忍は起き攻めには行かなかった。

 いけなかったというのが正しい。

 集中力が切れそうだった、ただレバーとボタンを押しているだけなのに息が上がっている。

 頭が回らない。酸素が足りない。

 バックダッシュを二回するのが精一杯だった。

 その替わりに叫んだ。

「立って来いっ! こっちへ来い! 捕まえてみろっ、私を捕まえてみろっ!」

「待ってろ絶対にそこに行く! 必ず側に行く!」

 筐体の向こうから、浩介が怒鳴り返した。

 ギャラリーがわっと沸いた。

 告白以外の何物でもない。気がついていないのは当人達だけだ。

 一つ深呼吸をして忍はいずなを前進させた。

 浩介もヒガンテを前進させる。

 

 いずなとヒガンテが近づくように、忍と浩介も近づいている。

 二人ともわかっている。次の行動が

「最後?」

 忍は浩介にたずね、浩介が忍に答える。

「ううん、最後じゃない」

「じゃぁ始まり?」

「それも違う、俺たちは途中だよ」

「途中?」

「そう、二週間前にここに来たときに少なくとも俺は始まってた」

「……私も、その時始まってたかもしれない。知ってる? 私ね、あの時わざと傘忘れたんだよ。コースケの傘に入れてもらいたくってわざと忘れたんだよ」

「全然気づかなかった、そんな余裕なかった」

「どうして? 負けたから?」

「それもあるっていうか、それがほとんどだけど……でも、俺」

「なに?」

「忍みたいに可愛い娘と、話なんかしたこと無かったから」

「……うれしい」

「俺も嬉しい。だっていつも途中だから、俺たちはいつでも」


「闘ってる!」

 声が重なり合って二人は笑った。

 もう、ヒガンテといずなはお互いの技の射程距離に居る。

 様々なアイディアが頭を駆け巡る。

 上段? 中段? 下段? ガード? パリイング? 投げ? ジャンプ? それとも……。

 二人は無数の選択肢の中から同じ行動を選んだ。

 何の小細工も工夫も無い行動、ゲームを始めたばかりの初心者でも出来る操作。

 ただパンチボタンを叩くだけで出る、一番強い、通常攻撃。

 ヒガンテがいずなに背を向けて右の拳を握りしめた。

 いずなが腰を落とし、右の拳を固めた。

「行っけぇぇぇっ!」

 プレイヤー達の声に後押しされて、キャラクター達は入力された動作を嘘偽りなく実行した。

 真っ直ぐに、正直に、迷い無く、思い切り、力を込めた拳で目の前のキャラクターを


 殴った。


 ヒガンテが後ろに仰け反った。

 いずなが、二、三歩よろけて、力なく前方に傾いた。

 ヒガンテが慌てたように、前にダッシュして駆け寄り、いずなをベアハッグに捕らえた。

 そのときロッキーに居た人々は胴締めという別名のついたその技を攻撃だとは思わなかった。

 醜い顔をした大きな男が、地味な格好をした細身の美少女を、大事に大事に抱きしめている。

 そういうシーンだと思って見ていた。

 運命の一戦の幕がゆっくりと下ろされ。


 浩介と忍に拍手の音が降って来た。

 気がつけば二人は二十人もの人達に取り囲まれていた。

 歓声を上げる人がいる。

 スマートフォンでスパⅢを検索し始める人が居る。

 浩介と忍に駆け寄り。

「ねぇ、それどうやってやるの?」

「俺にも出来るかな? カキィンっていうやつ」

「レバー一回転させると、いつも上に飛んじゃうんだけど」

「スパⅢにもウィリアム少佐っているの?」

「今からでも強くなれる?」

 口々に質問を浴びせる。

 両替機に走り、大量の五十円玉を握る人が居る。

「順番だぞ、順番。台に金おいて順番取りすんじゃねぇぞ、喧嘩になるからな」

 そういっている須藤の爺さんは、手ぬぐいを握っていた。

 トシが忍の右肩に手を回し、強引に浩介の所に連れて来た。

 浩介の左肩に自分の腕を回し二人を抱きかかえるようにしながら。

「最高だよ、お前達最高だ」

 何度も何度も、繰り返しそう言った。



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