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『いつも、いつでも……』あの娘はそう言って目を閉じた。(ファイナルラウンド(前半))

 最終の第三ラウンド。


 開幕と同時に、滑るようにダッシュで近寄って来たいずなに、ヒガンテが出したバックハンドチョップを皮切りに火の出るような打ち合いが始まった。

「甘いっ!」

 チョップを弾いたいずなが、肘打ちを返す。

「フンッ!」

 肘打ちをヒガンテが弾く。いずなはお構い無しに前蹴りへの連携を出している。これも弾いた。

 メガトンボムを狙って伸ばしたヒガンテの腕を、いずなは垂直に飛び上がってかわす。

 ジャンプの最高到達点で手裏剣を投げた。

「少々の体力はくれてやる」

 浩介は、ダメージに構わずヒガンテをしゃがませた。

 空中から飛んでくる手裏剣は、中段攻撃と同じにしゃがんではガードできない。

 ダメージを受けても、しゃがんだのは、いずなの着地の隙を狙うためだ。

 下段のチョップが決まった、続けてスレッジハンマー。これもヒット。

 ハンマーで仰け反っているいずなに、ほんの少し近寄って、ヒガンテが腕を伸ばした。

 メガトンボム狙いだ。

 いずなはひるまない。中段攻撃の飛び踵落としで突っ込んできた。

 飛び上がっている相手は投げられない。ヒガンテの顔にいずなの踵がめり込む。

「忍っぽい」

 ダメージを受けたのに、浩介はにやりと笑った。

 攻撃を受けている不利な状況でも、攻めることを考える。

 弱気な態度は見せない……そういう娘だ。

 そのまま攻撃を続けるのかと思ったが、バックダッシュで距離をとる。

 我侭で気まぐれで、つかみどころが無い。ますます忍っぽい。

 浩介は、また笑った。

 ヒガンテが飛び上がり、いずなに覆いかぶさるように落下していく。

 フライングボディプレス。攻撃範囲が非常に広く、めくり攻撃になりやすい技。ダメージも大きい。

「付き合わない」

 とでもいうように、巨体の下を赤い忍装束が残像を残して駆け抜け、ヒガンテの着地の隙にスライディングを仕掛けた。

「間に合わないか?」

 浩介は着地にあわせて下段パリイングを入力したが、タイミングが合わない。

 ヒガンテがよろける。

「はっ!」

 いずながヒガンテの顔面に向って、最も出の早い掌打を繰り出す。

「フンッ」

 ヒガンテがそれを弾き、こちらも最速の上段攻撃、地獄突きでいずなの喉笛を狙う。

「甘いっ!」

 いずなが突きを払い、もう一度掌を飛ばしてきた。

「フンッ」

 掌を弾き返し、ヒガンテが突きを飛ばす。

「甘いっ!」

 また弾かれた、掌打が飛んでくる。

「コイツハ我慢比べ、ダゼ、コースケ」

 ヒガンテの声を聞きながら、浩介はパリイングを入力し、突きを打ち返した。

 いずなはそれを弾いて、掌打。ヒガンテが弾く。地獄突き。弾かれた。掌打。弾く。

 攻撃する、それを弾かれる、反撃が来る、それを弾いて反撃の反撃を返す。それを弾かれて反撃の反撃の反撃が来る。

 反撃の反撃の反撃の反撃を返しながら、浩介は思っている。

「いつまでも付き合ってやる」

 反撃の反撃の反撃の反撃の反撃を返しながら、忍が呟く。

「……私は退かない」


 効率のいい攻め方ではない。下段攻撃を出した方がいい。

 お互いに思っている。

 下段攻撃を出せば当たるとわかっている……けれど、裏切れない。

 こいつは自分を裏切らない。だから自分も裏切らない。

 信用している。自分に向って突きを掌打を出してくるこいつを、信頼している。

 自分を傷つける相手を信じている。

 二人は騙しあい、裏切り合う格闘ゲームでお互いを信じあっている。

 殴ることで、いろんな情報を伝えている。

 弾くことで、いろんな情報を受け取っている。

 

 話し合うよりも、殴りあったほうがわかることが、ある。

 言葉なんかなくたって、通じる想いが、ある。

 レバーとボタンで分かり合える二人が、ここに……いる。


 浩介が、地獄突きを入力しながら思う。

「全く、頑固だな」

 忍がレバーを前に倒しながら思う。

「お互い様っていうか、そっちの方が頑固だよ」

「俺は忍みたいに我侭わがままじゃない」

「コースケだって我侭だよ。口きいてくれないし」

「……ごめん」

「目も合わせてくれないし」

「……ごめん」

「でも、悪いのはコースケをった私」

「いや、俺が悪い『たかがゲーム』なんて言ったから」

「ううん、私が悪い」

「俺が悪い」

「私!」

「俺!」


 突然、二人が笑い出した。

 トシにはその意味がわからない。

 二人の気持ちは見えないが、二人が知らない周りの状況をトシは知っている。

 延々続くパリイング合戦の異様な雰囲気に、スパⅢの筐体の周りにギャラリーが出来始めていた。

「ちょっと、あの二人なんかすごくない?」

 クレーンゲームをやりに来た、女子高生が言う。

「パリイングっていうだろ? ネットで見た」

「俺も見た、すっげームズいんだろ?」

「タイミング六フレだっけな? ニヤ生で海皇って人がいってたよ」

「六フレってなんだよ?」

「海皇って誰だよ?」

「さぁ?」

 武将カードを交換していた三人組が話している。

「勝さんは、あれ出来ますか?」

「無理だよあんなの」

 彼女に聞かれた相川が、苦笑している。

「よくわかんねーけど……すっげーな」

「ああ……すっげー格好いい」

 ヒップホップ系の格好をした柄の悪い二人組みの一人が、そう呟いたとき。

 ギャラリー達は一斉に頷いた。

 トシはなぜか涙を浮かべながら、それを見ていた。

 そうだろう? なんだかわからないけど凄いだろ? なんだかわからないけど格好いいだろう?なんだかわからないけど面白いだろ? 凄いんだよ、格ゲーって凄いんだよ。『たかが』じゃないんだよ。なんの役にも立たないかもしんないけど。レバーとボタンでここまで凄いことが出来るんだよ。こんなに格好良くなれるんだよ。『たかが』じゃないんだよ格闘ゲームは。

「俺だって、俺だっていつか……」

 トシは拳を握り締めた。

 画面では五十秒が経過している、もう三十秒も二人は弾き合っている。


 もう何回繰り返しただろう?

 忍はパリイングの数を数えるのを止めている。多分、浩介もそうだろう。

 時折、残り時間と各ゲージをちら見している。

 超必殺技ゲージはお互いマックスだ。

 体力はこっちが若干、少ない。スレッジハンマーが痛かった。

 このままだと負ける、負けるが……浩介を裏切れない。

「しまった」

 余計なことを考えていて、パリイングのタイミングが少し遅れた。

 だが、攻撃は来なかった。

 ヒガンテが、無言で立っている。

 忍にはヒガンテが何もしない意味がわかる。

 今なら浩介のことは何でもわかる、そういう気がする。

 きっとこういいたいはずだ。

「このままじゃ、負けるけどいいの?」

「それは困る……けど」

「けど?」

「ずうっと、こうしていたい」

 ヒガンテが、いずなの目の前で、派手な筋肉ポーズを取った。

「カモ~ン!」

 相手にダメージを与えることには繋がらないヒガンテの挑発。

 防御力が一割上がる効果を持っているが、浩介の目的はそこにはないだろう。

 本来の挑発そのものとして、スタートボタンを押したに違いない。

 浩介はきっとこう言っている。

 闘おう、お互いの体力と精神力と知力と経験。根こそぎ使って殴り合おう。

 忍が頷き。

「勝負だっ!」

 一フレームのズレも無く、二人が同時にバックダッシュをして、しゃがみの体勢でにらみ合った。

「おおーっ」

 ギャラリーから歓声が上がった。


「行くよっ」

 忍はいずなに語りかける。

 頷くように身を沈め残像を残して、いずなが前方へ駆け出す。

 ヒガンテがいずなを追い払うように、大振りのパンチを出す。この技には『アイアンナックル』という名前がついてるが必殺技ではない、ただの大ボタンを押すパンチだ。

「はいっ」

 アイアンナックルの下を、いずながスライディングですり抜け、ヒガンテの足を蹴る。

 ヒガンテがぐらついた。

 忍は素早く、レバーを倒し、リズミカルにボタンを叩く。

「あの娘、ピアノ弾いてるみたい」

 ぬいぐるみ抱いた女子高生の指摘どおり。

 忍のレバーとボタン操作の器用さは、エレクトーンで培われたものだ。

 パリイングが上手いのも、タイミングを取るのが上手いのも音楽で得たスキル。

 十六年の人生で手に入れたものを、根こそぎ使って、忍は浩介を倒そうとしている。

 正確なリズムで、連続攻撃をヒガンテに叩きつける。

 最速の行動ばかりではない。時に四拍子、三拍子、様々なリズムを使い分ける。

 だから、忍の攻撃はパリイングされにくい。

 いずながヒガンテの体を叩く。手を足を、肘を膝を思う存分叩きつける。

 以前にもこういう事があったな。

 そう思いながら叩き続ける。

 開けてください、開けてください。

 あの時はそう思って叩いていた。今日はそういう風には感じない。

「え?」

 忍は一瞬目を疑った、画面の中のいずながこっちを見た気がする。

 いや、間違いなく見ている。そしてこういっている。

「忍……あたし知ってたんだけどさ。この人と忍の間に、扉なんてはじめから無いよっ」

 忍は頷く。

 そう、私と浩介の間には、障害なんてはじめからない。

「好きなんでしょ? いいとこ見せなくっちゃねっ」

 そうだ、まだ見せてない。私の一番いい所をまだコースケに見せてない。全部見せよう、良い所も悪い所も全部。何もかもこの人に見て欲しい。

 忍は連続技を途中で止めた、前へ歩く。

 『投げに行きますよ』というのが見え見えだ。当然、ヒガンテはジャンプする。

「その癖、治んないね」

「やぁっ!」

 気合を発して、いずなが飛び上がる、飛び上がりながら天高く右足を振り上げた。

 つま先がヒガンテの腹部を捕らえ、天高く放り上げた。

 対空技の『天破脚てんはきゃく

 忍はいずな着地する前から、中指と人差し指で何度もスタートボタンをこすった。

「心頭滅却っ!」

 着地した瞬間に、いずなが座禅を組む。

 忍が欲しかったのは『天破脚』のダメージではない。

 ヒガンテが舞い上がって地面に倒れるまでの時間五十フレーム、ダウンして起き上がるまでの九十フレーム。

 いずなが天破脚を当ててから着地するまでが二十五フレーム。どろんで消えるまでが一一〇フレーム。

 (五十+九十)-(二十五+一一〇)=五。

 欲しかったのはその五フレームだ。

 ヒガンテが起き上がる直前に。

「どろんっ」

「忍者が消えたぁぁぁ~」

 またギャラリーが驚きの声を上げた。



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