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俺より強いあの娘を殴りに行く。(二・二)

「とにかく」

 必要以上に大げさにそう言って、トシは浩介の声を誤魔化した。

 幸い、忍は気づかなかったようだ。突っ込みは無い。

 トシは安心したのか、落ち着いて話を続ける。

「あれは良くないよ。連敗して腹立ってたのはわかるけど、完全に八つ当たりでしょ。百パーセント忍ちゃんが悪い」

 そうではない。浩介は首を振る。

 確かに、忍が謝れば表面上は一見落着に見えるかもしれない。だが、それでは駄目だ『たかがゲーム』という言葉を許すことになる。

「……」

 忍はなにも言わなかった。謝りたいという気持ちと、謝ってはいけないという想いが交錯しているのだろう。

 トシはその沈黙を反省の時間と取ったのか、優しいトーンで言葉を重ねる。

「謝んなきゃ、ね?」

「……出来ない。謝る必要ない」

 忍は、絞り出すようにそういった。

「何で逆ギレすんの? 謝んなきゃダメだろ、それじゃ、仲直りできないぞ」

 不機嫌な声だ、語気は強くないが、あきらかに忍を責めている。

「構わない」

 忍は決心を固めたようだ。もう譲らないだろう。

 もしトシが怒って怒鳴りつけたとしてもこのスタンスは変わらない。浩介はそう思う。

「可愛くねぇな」

 トシが舌打ちをして呟いた。

 音量から察するに、忍には聞こえてないだろう。

 その後トシは短くため息をついて気持ちを切り替え、諭すように話し始める。

「じゃぁ、仲直りできなくても、いいんだね。コースケのことはもういいんだ?」

 言葉が終わった瞬間、忍が間抜けな声を上げる。


「はいっっ!?」

「え? 今、その反応なの?」

 浩介とトシが誤差、三フレームで呟いた。

 今まで誰について話してると思ってたんだ? この娘、本当は馬鹿なんじゃないだろうか?

 浩介の偽らざる気持ちである。トシの心中も遠からずだろう。

 二人の男子を余所よそに、忍はブツブツいっている。

「な、な、なんでわかったの? 私、コースケなんて、いっかいも、ゆってないよ。大変なことになってしまった。う、迂闊うかつだった。まさかトシ君がえすぱーだったなんて、想定外過ぎるクラスメイトだ。本当に日本は怖いところだ」

 忍の行動が可笑しかったのか、トシは声を上げて笑った。

「昨日、一昨日の二人の様子見て、今の話聞いたら。日本語わかるやつなら誰でもわかるよ」

「あの、トシ君。な、内緒にしてね。誰にもだよ?」

「言わないよ。っていうか、言う必要もない。クラスの連中、皆わかってる」

「はいっ!?」

 今度は浩介と忍が誤差一フレームで声を上げた。

 トシは、その根拠を説明する。

 朝のHRホームルームから下校までほとんど一緒にいて、時間があれば二人にしか理解できない会話を楽しそうに話している。昼休みになれば中庭に出て、忍の手作りの弁当を食べ、頬をよせあってスマートフォンを見ている。何より浩介も忍も、呼び捨てにする異性はお互いだけだ。

「ん~ここまで、状況証拠が出揃っていては、ん~残念ながら、付き合ってないというのは無理が過ぎるんじゃありませんか? 警部補田中俊哉でした」

 一昔前に流行った刑事物の、似ていない物まねを披露しつつトシは話を締めた。

「つ、付き合ってるって、そ、それは」

 それは少し違う。浩介は弁解したい気持ちでいっぱいだ。

 話をしているのはスパⅢのことだし、弁当は前述したように節約のためだ。中庭に出ているのは教室でゲームの動画をみていると周囲の目が気になるからで、名前で呼び合っているのは、二人の関係が特別なものを示す印ではない。

 そのことをトシに説明できるほど忍は冷静ではないようだ。

 忍が弁解をする前にトシが、ダメを押しに行く。

「困る?」

 トシの合いの手から、少し間を置いて、忍が照れたように本音をこぼした。

「……こまらない」

「じゃぁ、謝らなきゃ。電話するからごめんって言いなよ。それで大丈夫だから」

 浩介の耳にガサリという音が届いた。

 電話を一度切って、再度浩介にかけ、忍が謝って一件落着。

 トシの考えはこんな所だろう。本当にいいやつだ。こんなことをしてもトシには何の得も無いはずなのに。どうして、他人のためにこんなに頑張れるのだろう。


 すまない。

 心の中でトシに詫びる。なぜなら忍の答えは。

「……出来ない」

 思ったとおりだ。

 ドンっという音がした。テーブルを叩いたのかもしれない。

理由わけわかんねぇよ。どういうことなんだよ? 忍ちゃん?」

 今すぐ二人のところへ行きたかった。行ってトシに謝りたい。

 違うんだ。俺たちとトシでは使っている物差しが違うんだ。

「何にこだわってんだよ? 好きなんだろ? 好きなら些細な拘りなんか捨てられるだろ!」

 苛立ちを隠さないトシの言葉の後。沈黙が訪れた。

 微かに、店内のBGMと、人のざわつく声が聞こえる。

 落ち着いたピアノの旋律に混じって、しゃくりあげるような呼吸音が聞こえてきた。

 ……忍だ。

「ごめんね」

 喘ぐような息の途中で、忍はやっとそういった。

「あ、ごめん。俺が悪いよね。大きな声だして、ごめん」

「違うの、謝らないで。トシ君は悪くないの、私が悪いの、わけわかんないよね。コースケのこと好きなのは当たり。それは間違いない。付き合ってるかどうかは、経験ないからわかんないけど。コースケといると、幸せなの。私ね、自分がこうだって決めたら絶対に曲がらないの曲がった方がいいんだろうなって思うんだけど、どうしても出来ない。それで、他人ひととぶつかったり、喧嘩したり、いっぱい失敗するの。そういう病気なの。コースケはね、それで良いって言ってくれたの、そういう私を見ててくれるって、言ってくれた。ずっと側に居て、ずっと見ててくれるって……嬉しかった。そんなこと言われたことないから。私のこと全部わかってくれると思ったの」

 そこまで一息で言って、息が足りなくなったのか、忍は「はぁはぁ」と呼吸を整えた。

 いつも凛として何でも出来ます。という顔をしているくせに、こういう時の忍は痛々しいほど不器用だ。呼吸をすることすら、満足に出来ない。

 ……浩介は、痛々しい忍を見つけるたび、たまらない気持ちになる。

 その感情に『愛しい』という名前がついていることは知らない。

「……それは、私の勝手な思い込みなのかなぁ? やっぱり、私、変なのかなぁ。欲張りすぎなのかなぁ。自分のこと全部わかってもらおうなんて、甘えなのかなぁ……きっとそうなんだね。コースケは私と同じ場所には立ってないのかもしれない。すぐ隣にいてくれると思ってたけど……そうじゃないのかもしれない。私のコースケは……たかがゲームなんて言わない。絶対に言わない」

 忍は、もう完全に泣いている。

 浩介はぎゅっと目を閉じて聞いている。『時間を戻せたら』と叶わないことを考えている。

「それが、間違いで、コースケにとってスパⅢがたかがゲームなら……一緒には居られない。そうじゃないの、私にとってスパⅢってたかがとか、そういうゲームじゃない。私、コースケのこと好きだけど、大好きだけど。……コースケにとって、たかがゲームなら……嫌だけど、すっごく嫌だけど……もぉ、さよならでいい」

 言葉が止まった、もう喋れないのだろう。止まらない涙を抑えているのか、呻くような声だけがいつまでも続いた。


「そろそろ、帰ろうか? 俺、終電なくなるし」

 トシが口を開いたときには、十一時を二十分も過ぎていた。

 二人は店を出たのだろう、「ありがとうございました」という店員の声が遠くで聞こえた。

 気分を変えるようにトシが手を叩いたのか

 ぱぁん

 という威勢のいい音がする。それで勢いをつけて、トシはいつものように陽気に

「俺さ。コースケじゃないから、側に居て見ててあげるのは出来ないけど。対戦相手にはなれるから。サンドバッグかもしんないけど。相手になるから、だから、明日もロッキー行こうよ」

「ありがと」

 忍の礼の言葉に、トシは

「口説くわけじゃないけど、やっぱ笑顔が可愛い」

 そういった。

 忍は笑ったのだ。浩介は安心する。

 しばし間があって。

「お前だ、お前」

 トシが突っ込みを入れる。大方、忍は後ろを向いて笑顔が可愛い女の子を捜していたのだろう。

「バス無いけど平気?」

「大丈夫。義兄にいさん、車で来てくれると思う。トシ君も早く帰ったほうがいいよ」

 この通話での忍の言葉はそれが最後だった。

 ようやくトシの言葉が鮮明に聞こえた。

「コースケ、悪い。なんか上手くいかなかった」

「とんでもない。なんか悪いな」

「謝るなよ。コースケ悪いことしてないだろ?」

「……いや、そうじゃなくて。いろいろ面倒かけてさ、マジ悪い」

「気にすんなよ。仲間じゃねーか」

 トシの決まり文句に、浩介は笑った。

「うわっ、電車来るっ。また明日な!」

 そこで、通話は切れた。


 浩介は空を見上げた。

 忍と出会ったあの日と違って、綺麗な星空だったが叫びだしたい気持ちにはならなかった。

 それでも、秘めるものがある。遠くの星を見つめながら思う。

 ……必ず、お前の隣に立ってやる。今は遠いかもしれないけど、絶対にそこに行く。

 忍を一人にはさせない。ずっと見ているって約束したんだ。側に居るって言ったんだ。あの言葉を忍は大事にしてくれてた。あんなに大切に心にしまってくれてたんだ。その言葉を嘘にはしない。俺は、もう好きなものに嘘はつきたくない。スパⅢにも、忍にも嘘はつかない。だから、忍、もう少しだけそこに居てくれ、寂しいかもしれないけど、一人で我慢しててくれ。俺は!

 浩介は、玄関に駆け込むと、靴を脱ぎ捨て階段を駆け上がった。

「ご飯は?」

 という母親の言葉は耳に入らなかった。

「風呂沸いてるぞ」

 という父の言葉もどうでもよかった。

 学校の宿題は、それこそどーでもいい。

 制服のまま、ゲームステーションⅢとアーケードスティックを取り出す。

 電源を入れる。無言のままトレーニングモードを始める。

 レバーを倒す度に思う。

 強くなるんだ。

 ボタンを叩くたびに思う。

 強くなりたい。

 あいつと同じ場所まで昇っていくんだ。すぐには無理かもしれないけど。

 俺は強くなる。強くなって、俺は。

 

 俺より強いあの娘を殴りに行く!



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