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『お前、勝つ気あんのかよ!』とあの娘は叫んだ。(五・一)

 水曜日、午後八時五十分。

 塾を出た浩介は、急いでロッキーに向っている。

 塾の授業が終わって、携帯の電源を入れると、忍とトシのそれぞれから『これからロッキーに行く』という内容のメールが入っていた。

 トシはお笑い同好会、忍はエレクトーン教室が終わってからロッキーに向うらしい。

 送信された時間から察すると、トシは既に到着しており、忍は浩介と同じ頃ロッキーにつくはずだ。

「今日こそ、一本取るぞ」

 月、火と十五戦、戦ったが忍からは一ラウンドも取れていない。

 それでも何度か「危なかった」と言わせることは出来た。

 今日もいくつか『いずな対策』準備している、期待感はある。

「それからトシにガードを教えないと」

 トシは月曜日から本格的にスパⅢをはじめた。今までも、家庭用のネット対戦で浩介の相手をしてくれていたが、あくまでも『友達がやっているから付き合いで』というやり方だった。 

 これからは違う、トシも浩介や忍と同じように強くなるためにスパⅢをやるらしい。

 ……本当は、忍と仲良くなるためなんじゃなかろうか? 浩介はそう思う。

 使用キャラは『はじめ』だが『屠龍五式とりゅうごしき』などの基本的な連続技も使えない。

 ようやく一通りの必殺技が出せる。そういう腕だ。

 まずはラスボスまで行く。それがトシの目標だ。

 

 須藤第一ビルのパチンコ屋の前に自転車を止めると、浩介は狭い階段を昇っていく。

 途中、モノクロになってしまった『拳治ケンジ』と目が合う。

「今日も、俺より強いあの娘に会えるんだ」

 ポスターに向ってつぶやくと、浩介はロッキーのドアを開け、真っ先に入り口付近においてあるスパⅢの筐体に向う。

 予想通りトシが一人でコンピューター戦をやっていた。

「ちぇすとぉー! ちぇすとぉー!」

 はじめが、元気に突進技の『雷電らいでん』を連発する。

 必殺技の連発。これは、初心者の第二形態といったところだ。


 格闘ゲーム初心者は、大体こういう道をたどる。

 まず最初はとにかくレバーを回しボタンを叩く、作戦も何も無い。

 滅茶苦茶に技を振り回すだけだが、コンピューターは二人目までガードをしないのでよほど運が悪くなければ。三人目までは遊べる。

 三人目、四人目は多少ガードもしてくるし、足払いなどの下段攻撃を混ぜてくる、運頼みでは勝てないが、必殺技を連発していれば、火力の差で勝ち抜くことが可能だ。

 ラスボスの前の二人、六人目と七人目はそれなりにガードも攻撃もきちんとやってくる。

攻撃だけでは勝てない、プレイヤーも多少のガードが必要になる。

 ガードの出来ないトシは『六人目の壁』にぶち当たっているところだ。


「あれ?」

 浩介は、トシの動きが昨日と変わっていることに気がついた。

 ガードは相変わらず出鱈目でたらめだが、攻撃が必殺技一辺倒ではなくなっている。

「しゃがみ突き二発ガードさせて、呑龍どんりゅうっ!」

 トシが、自分の出している技の名前を叫んでいる。

 画面の中で、トシが『忍とおそろい』という理由で選んだ赤い胴着が躍動する。

 しゃがんで素早い突きを二発出すと、続けて、打ち下ろしの手刀しゅとう呑龍どんりゅう』を叩きつける。呑龍はしゃがみガードできない中段技。

 相手の意識を下段に集中させておいて、中段攻撃。連続技ではないが有効な攻撃だ。 

「えらく実践的じっせんてきな動きしてるな」

 浩介の顔がほころぶ、守りはともかく攻めのセンスはいいようだ。

斬空ざんくう拳っ!」

 はじめの相手の『拳治』が飛び道具を放った。

 拳治と瞬はライバル関係という設定で、持っている技もほとんど同じだ。

 拳治は、一発の破壊力が高く、瞬は、手数が多いという個性がつけられている。

 スパⅢでは、手数の多い瞬のほうが圧倒的に有利だ。単発攻撃はパリイングがしやすい。

 瞬がリンに続く二番手グループに属しているのに対し、拳治は強くも弱くも無い普通のキャラという位置づけに甘んじている。

「斬空ガードして、雷電いくのかな?」

 浩介は、トシの行動を予想したが、トシのはじめは。

「仕舞いじゃぁ!」

 画面の左上に飛び上がった。

 斬空拳を飛び越し、とび蹴りがヒットする、そこから必殺の四連打。

 はじめの超必殺技『豪徳寺流空手奥義、五式、紫電・改(ごうとくじりゅうからておうぎごしき、しでん・かい』だ。

 適当に出したぶっ放しの攻撃ではない。

 斬空拳が出た直後に、はじめの超必殺技『紫電・改』を出すと必ずヒットする。

 トシが斬空拳を読んでいたのなら、レベルの高い反撃だ。

「俺の進化が、止まらねぇぇっ~」

 トシの叫び声に、浩介は、とある一人の、好ましくないはじめ使いを思い出した。

 攻撃は見違えるほど進歩したが、ガードは相変わらずだったので、結局トシは拳治に負けてしまった。

 驚いたことに、拳治は七人目、トシは攻撃だけで六人目の壁を突破してしまった。


「惜しかった。昨日よりすっげー上手くなってるよ」

「まだまだ。もっともっと、ぶっ込んで行かないと」

 トシの答えに浩介は頭を抱える。攻撃だけでは一生、初心者のままだ。

「あのな、トシ。格ゲーの基本はガードなん……」

「いらないわっ! そんな物は生ゴミの日に出してお仕舞いっ!」

 浩介のアドバイスを横からぶった切った人物は……醜かった。

 身長百八十オーバー、筋骨隆々の逞しい体つき。耐久力が売り物ですという顔に、獅子のたてがみの如き金髪、巨体を覆うピンクのロングドレス。

 大きく真っ赤な唇は、生ゴミと発言したが、言った本人はさながら危険物だ。

 その危険物に、トシは敬意の目を向け、話しかける。

「やっぱ、ガードはいらないっすか?」

「いらないわ。殴られる前に、殴れば済むことよ。チェリーボーイ」

 チェリーボーイとはトシのことだろう。

「それで強くなれるんすね?」

「十年やって来たワタシが言うんだから間違いなくてよ。チェリーボーイ」

 危険物の巨大な手に頭を撫でられても、トシはいやな顔をせず会話を続ける。

「ういっす。もう一クレ行きます」

「大事なお小遣いなんだから、漠然ばくぜんとやっちゃ駄目よ。どうやったら、頭突きがぶっ込むめるか考えるといい。いいえ、それだけ考えてればいいのよチェリーボーイ」

屠龍とりゅうっすね!」

「頭のいい子ねチェリーボーイ。きっと強くなれるわ」

 浩介は二人の会話には入っていけなかった。

 危険物が気持ち悪かったのも、もちろんあるが、それは主な理由ではない。

 トシに向って「童貞」と繰り返すその人物は全国一のはじめ使い『リリィさん』だった。

 話が終わったのか、リリィさんは「それじぁ、気持ちよくなって来るわぁ」右腕をグルグル回しながら奥のレトロゲームコーナーに消えていった。 


「……何で、こんな所に来たんだ?」

 去っていくリリィさんに目をやりながら、浩介が疑問の言葉を漏らす。

「車で来たっていってた。上尾は駐車場が多くて便利だって」

「交通手段は聞いてないっ。ここに来た意味だよっ」

「古い友達に会いに来たんだって」

 古い友人? 一体誰だろう? それほど重要な人間が、上尾にいるとは考えにくい。

 次にトシがさらりと言った言葉で、浩介は推理を中断せざる得なくなる。

「ってか、師匠すげえよな。ちょっと教えてもらっただけで、七人目まで行けたぜ」

「師匠!?」

 浩介の驚きの声に続いたトシの説明はこうだ。


 一時間前、ロッキーについたトシがコンピューター戦をやっていると、突然リリィさんが乱入してきた。当然瞬殺されてしまうが、トシは負けてもめげなかった、立て続けに三回挑戦する。

 結果は変わるはずも無く、途方に暮れてベンチでコーラを飲んでいると、ラスボスを倒したリリィさんがやって来て「君、いくつ?」と聞いてきた。

 トシが「十六歳」と答えると。リリィさんは黙って、二百円をトシに差し出た。

「格闘ゲームで負けることは当たり前だから貰えない」トシが突っぱねると、リリィさんは優しげな表情で「強くなりたいのね?」そう、尋ねたのだという。

 その言葉にトシが頷き。


「師匠になってくれたんだ。もうメアドも携帯番号も交換した。週に一回、オンラインでも相手してくれるって」

 トシの社交性の高さに、浩介は舌を巻いた。

 こいつは、本当に誰とでもすぐに仲良くなる。

「で、なんでスパⅢやんないで、レトロゲーに行くの?」

 リリィさんの後姿に浩介が投げかけた質問に、トシは画面を見ながら答える。

「リリィさんと一緒に来た兄ちゃんが、レトロコーナーの『ウィザードウォー』のロム変えてスパⅢにしてんだ。そっちで対戦してると思う。俺、レベル違いすぎて入っていけない」

 ゲームセンターの筐体の中には基盤と呼ばれるものが入っている。コレは家庭用ゲームで言えば本体に当たる部品で、その基盤を使ったゲームであれば、家庭用のソフトに当たるロムの部分を変えれば、別のゲームが動くようになっている。

 『ウィザードウォー』はスパⅢと同じ『コプカムサード』という基盤で開発されたゲームだ。

 ロッキーにはスパⅢのロムは今トシが遊んでいる筐体の分しかないはずだ。

 三万円もするロムを持ち込んでくるとは、ただ事ではない。

「ちょっと見てくるっ」

 トシにそういい残し、浩介はレトロゲームコーナーへ急いだ。

 その背中にトシが「修羅がいっぱいいるぞ」という言葉を飛ばした。



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