『お前、勝つ気あんのかよ!』とあの娘は叫んだ。(五・二)
六畳ほどしかないレトローコーナーは十人を超える格闘ゲーマーで大混雑だった。
浩介が見たことのある顔もちらほらいる。
「お、やっぱり来たか」
声をかけてきた眼鏡のお兄さんは、月に一回遠征に行くゲームセンター『大宮KILALA』の店員『宮リン』
埼玉で一番強いリン使い、コロシアムにも、二度出場したことがある。
因みにKILALAは、コロシアム予選店舗だ。
「すっげー強いぞ、コースケも相手してもらえ」
宮リンが指差した画面では、赤い忍装束のいずなが、連勝を続けている、その数三十一。
やっぱり忍は凄い。浩介はため息をつく。
ブロッサムほどではないにしろ宮リンを筆頭にKILALAの常連だって相当な腕前の持ち主ばかり、その猛者たちを千切っては投げ、千切っては投げしているということだ。
この娘は、本当にコロシアム本戦まで行ってしまうかもしれない。
浩介はいそいそと、順番待ちの列に並ぶ。スパⅢで行列なんて始めての経験だ。
「あら? チェリーボーイのお友達ね。君もスパⅢやるの?」
浩介の一人前に並んでいるリリィさんが、声をかけてきた。
「はいっ、ヒガンテ使ってます」
浩介が答えると、リリィさんは「そぉ」と小さく言ってから、周りに向って。
「ちょっと、ごめんなさい。この子高校生だから先に遊ばせてあげて」
そういってくれた。
時計の針は九時を回っている。残された時間を有効に使えるようにという配慮だろう。
浩介が席に座ると、リリィさんは
「連コしてもいいわよん」
二回連続でプレイしてもいいとまで言ってくれた。
浩介は、少しリリィさんが好きになった。
「よっしゃぁ! どうだっ」
必殺投げの『メガトンボム』を決めて一ラウンド目を取ったとき、浩介は叫んだ。
三日間、一本も取れなかった忍から、ついに一ラウンド取った。
じっくり煮詰めた『いずな対策』がばっちり決まった形だ。
超必殺技ゲージもマックス、次のラウンドで超必殺の『ギガトンボム』を決めれば、この試合は貰ったようなものだ。
後ろからリリィさんと、宮リンの会話が聞こえる。
「凄いじゃない。あの子なんて言う子?」
「コースケ。三年ぐらい前からやってて、結構センスいいよ」
浩介の顔が緩む。
ついに忍から一本とれた。その上、コロシアム出場経験者達が自分を誉めてくれている。
いやいや、喜ぶのはまだ早い、試合は続いている。浩介は気を引き締める。
……あれ? 今日、体調悪い?
違和感を感じたのは、二ラウンド目が始まって二十秒ほどが経過した時だった。
忍が攻めてこない。
画面の端でジャンプして手裏剣を投げてくるのはいつも通りだが、その後のダッシュが無い。
……こっちの攻めを誘ってるのか? そうは行かない、こっちだって待つさ。
浩介は、ヒガンテを画面端に座らせた。
投げた手裏剣の全てをヒガンテがパリイングするので、このままでは分が悪いと判断したのか、いずながダッシュでヒガンテに向ってきた。
浩介はヒガンテを立ち上がらせる。相手は、いきなり中段攻撃の飛び蹴りを出してくるはずだ。
予想は当たった。中段攻撃をヒガンテが弾く。
いずなに若干の隙が出来るが、浩介は焦らない、ここでギガトンを出してもほんの僅かに届かない。
いずなの隙を浩介はヒガンテの移動時間に費やした。半歩前進、ここなら手を伸ばせば届く。
ギガトンボムを嫌って、いずながバックジャンプをする。どんどん距離が離れていく。
「ウガァッ!」
ヒガンテが筋肉ポーズを取ってから前方に突進した。
ダッシュして相手に近づき、捕まえて引き倒す必殺技『ジャイアントスピア』だ。
突進の速度は早いのだが、筋肉ポーズがいけない。突進を始めるまでに四十フレームも隙がある。実戦では殆ど使えないといわれているネタ技だ。
ギャラリー達が「なぜ?」という声を上げた。
『ジャイアントスピア』は空中の相手を投げることは出来ない。
無駄な行動じゃないか? そういう『なぜ』だ。
浩介の狙いは投げを決めることには無い、欲しいのはスピアの移動速度だ。
ヒガンテは、丁度いずなの落下点まで突進し、足を止めて無防備な姿を晒している。
殴ってくれと言わんばかりのヒガンテに、下降中のいずなが、反撃の蹴りを打ち出す。
「グゥッ」
いずなの蹴りを顔面にもらったヒガンテが、呻き声を漏らす。
ここからは、いずなの反撃の時間だと誰もが思った……浩介一人を除いては。
浩介は知っていた。
バックジャンプキックを至近距離で喰らった場合、いずなの着地の隙にギガトンボムが入る。
ガードしてもパリイングしても届かないが、喰らった場合のみギガトンが届く。
浩介は蹴りを喰らったのではない、わざと蹴られたのだ。蹴らせたと言い換えてもいい。
これが、浩介が準備してきたいずな対策の一つだ。
「行コウゼ、コースケ」
ヒガンテの声に後押しされ、浩介は高速でレバーを二回転させ、パンチボタンを叩く。
「レッツゴー!」
ギガンテの太い腕が、いずなの細い腰をがっちり掴んだ。
ギャラリーがヒガンテと一緒に合唱する。
「アイン、ツヴァイ、ドラァイ……ギガトンボォム!」
押し潰されたいずなの体力が、一気に残り半分になった。
勝てる。忍に勝てる。
右手でガッツポーズを作った直後、浩介は重大なことに気づく。
……あれ? ギガトン決めて、その後、どうするんだ?
急にいずなの動きが変わった。徹底的に攻撃を仕掛けてくる。
ファイトプランがまとまらない浩介は、あっけなく逆転を許してしまった。
「惜しい」
そういう声がギャラリーから飛んだが、浩介はそう思っていない。
……完敗だ。あのギガトンは俺が決めたんじゃない。忍に打たされたんだ。
ギガトンがあると思うから、ジャンプで逃げることが多くなる。行動パターンが読まれやすくなる。だったら打たせてしまえばいい。そういうことなんだろう。
忍は体力半分を捨てて、行動の選択肢を増やしたんだ……どこまで考えてるんだ。
最終ラウンドも善戦はしたものの、浩介はいずなに負けてしまった。
「くそっ、また考え直しだ」
浩介が頭をかきむしっていると後ろから声が聞こえる。
「交代」
振り返った浩介は目を疑った、今向いに座っているはずの忍が後ろにいる。
実は、リアル忍者?
間抜けなことを考えている浩介に、忍は微笑む。
「残念。もうちょっとだったのに」
白いシフォンタックのブラウスにベージュのキュロットスカートといういでたち。
音楽教室の帰りだからか、いつもより品がいい。
普段は綺麗という印象が先にたつが今日は可愛らしい
……いや、そんなことはどうでもいい。
浩介の興味は別にある。
『交代』ということは今まで忍はプレイしていなかったということになる。
それじゃぁ、この赤い、いずなは一体誰だ?
「ちょっとびっくりしちゃったよ。君、強いな。ちょっとミスったら負けてた」
そういって向こう側の筐体から顔を覗かせたのは、親しみやすい優しい目をした三十代前半の小柄な男、大島小次郎。
通称『最も神に近づいた男』だった。




