第1話:予定表は灰燼に帰す
「剣も振れない裏方の予定表なんて、テンポが悪くなるだけなんだよ」
ボワッ、と。
俺が徹夜で書き上げた『ボス攻略スケジュール』が、真っ赤な炎に包まれた。
豪奢なソファにふんぞり返った勇者が、指先から魔法の火を放ったのだ。
パラパラと黒い灰になった紙片が、床へ落ちていく。
「あーあ、燃えちゃった。俺の最強の剣技があれば、明日のボスなんて一撃なんだよ。今日でクビだ、リクト」
取り巻きの仲間たちも、勇者の言葉に同調して下品に笑っている。
燃えカスを見つめながら、俺の心は信じられないほど冷え切っていた。
怒りも悲しみも湧かない。ただ、圧倒的な呆れだけがある。
(……なるほど。ここまで愚かだったとはな)
俺は小さくため息を吐くと、自分の荷物を手に取った。
「そうか。分かった」
未練など一ミリもない。こんな連中、こちらから見限ってやるだけだ。
そのまま踵を返し、出口へと向かう。
「おいおい、泣いてすがりつかなくていいのか?」
背後から飛んでくる安い挑発に、俺はドアノブに手をかけたまま足を止めた。
そして、肩越しに冷たい視線を投げる。
「ああ、去り際に一つだけ忠告しておく。明日の最深部ボスのことだが――」
「あぁん? なんだよ、負け惜しみか?」
「奴は体力が半分を切ると、不可避の『広範囲・猛毒ブレス』を確定で撃ってくる。せいぜい全滅しないように気をつけてくれ」
(俺の『スケジュール』によるバフと位置取りの指示がなければ、お前らのレベルでは一瞬で消し炭だ)
鼻で笑う勇者たちを背に、俺は静かに部屋のドアを開けて廊下へ出た。
ドンッ!
考え事をしながら夜の路地を曲がった瞬間、小柄な人影が俺の胸元に激突してきた。
「あわわ……っ! ご、ごめんなさい!」
ペタンと尻餅をついたのは、ボロボロの革鎧を着た少女だった。
彼女は涙目で慌てて立ち上がり、手放してしまった身の丈ほどもある大剣を拾い上げる。
――その何気ない動作を見た瞬間、俺の思考はピタリと静止した。
(なんだ、今の動きは……?)
軍師としての冷徹な分析眼が、勝手に彼女の体をスキャンしていく。
重い大剣を拾い上げる際、彼女の体幹は1ミリもブレていなかった。
無駄のない滑らかな重心移動。
そして、小柄でか弱い外見には到底似つかわしくない、歴戦の戦士のように分厚く刻まれた異常な剣ダコ。
「あの、お怪我は……?」
おずおずと尋ねてくる彼女から、一級品どころではない底知れないポテンシャルを感じる。
だが、装備の傷み具合から見て、万年下位ランクの落ちこぼれだろう。
理由は一瞬で理解できた。
(この子は俊敏性に特化した筋肉のつき方をしているのに、無理やりパワー型の大剣を振らされているのか。……なんて致命的な『配置ミス』だ)
才能と戦法が、絶望的なまでに噛み合っていないだけだ。
俺の脳内で、無意識のうちに新しい『育成スケジュール』が爆発的な速度で組み上がっていく。
勇者パーティーへの未練など、もはや1ミリも残っていなかった。
(……俺の予定表通りに動かせば、この子は3日で、あの勇者を超えるぞ)
「おい、待て。お前、名前は?」
立ち去ろうとした少女の足が止まる。
振り返り、おずおずと口を開いた。
「えと……エリナ、ですけど」
俺は迷わず言った。
「エリナ。俺の指示通りに動け。お前を最強にしてやる」
「……え?」
エリナの目が大きく開く。
何を言われたのか理解できず、口だけがぱくぱく動いていた。
「さ、最強……? わ、私がですか?」
「そうだ」
即答すると、彼女は首を何度も横に振る。
「む、無理です! 私、万年Eランクなんです! 依頼も失敗ばっかりで、剣も下手で、その……」
言葉は途中でしぼんでいく。
自分で自分を否定することに慣れすぎている。
俺はエリナの腰の剣へ目を向けた。
「その剣、重いだろ」
「え?」
「体格も腕力も合ってない。振り回されてる」
エリナは反射的に剣を抱えた。
「で、でも、剣士だから大きな剣を使えって……みんなが……」
「だから負け続ける」
その一言で、彼女は黙った。
「お前は弱いんじゃない」
俺は静かに続ける。
「武器の選択という『配置ミス』をしているだけだ」
「配置……ミス?」
「戦いは根性じゃない。適材適所だ。体に合う武器を持ち、動く順番を変え、戦う場所を選ぶ。それだけで結果は変わる」
エリナは信じられないものを見るように俺を見つめる。
「そんなこと……考えたこともありませんでした」
「考える必要はない」
俺は一歩近づく。
「それは俺の役目だ」
エリナの瞳が揺れる。
期待したい。でも期待して裏切られるのが怖い。
そんな迷いが、その顔にははっきり浮かんでいた。
「でも、私には才能なんて……」
震える声だった。
俺は口元を少しだけ上げる。
「才能は必要ない」
夜風が二人の間を吹き抜ける。
「俺の『完璧なスケジュール』に全てを委ねろ」
その言葉に、エリナは息をのんだまま動けなくなる。
「お前は、俺が勝たせる」
◆ ◆ ◆ あとがき ◆ ◆ ◆
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