【第参拾肆話】よぉ少年、地球人との座談会へ。
手に入れた鉱石をもとにメスガキドワーフたちが『AK-47』や『MG42』の量産を進める裏で、フォグたちはキリハたちの案内のもと、大王国「デッバン」へと向かう。到着したデッバンは、巨大な城壁に守られ、市場は多くの民衆で賑わう平和そのものの国だった。だが、そんな活気の裏で、予兆も遺書もない謎の「連続自殺事件」が相次いでいるという。原因究明のため街を巡るフォグたちの前に現れたのは、親愛なるラドフォード王。そして王が指し示した、民の相談に乗っているという謎の施設。そこで活動する人物の肩書きは「心理カウンセラー」、服装は「黒いスーツに灰色のネクタイ」。異世界にあるはずのない「現代地球」の明確な痕跡を前に、フォグとキャラメルの脳裏に最大の衝撃が走る。
行列の先頭をかき分け、フォグとキャラメルは堂々とその真新しく整備された建物の入り口へと歩み寄った。
中には、柔和な笑みを浮かべた眼鏡の青年と、背筋をピンと伸ばしたスーツ姿の男が、沈痛な面持ちの住民と対面し、静かに言葉を交わしていた。
「……話はそこまでにしてもらおう。大衆のケアも重要だが、今は我々との情報共有を優先しろ」
フォグが重厚なコートの襟元を引き上げ、冷徹な三白眼で言い放つ。眼鏡の青年は驚いた様子もなく、住民を優しく帰らせてからゆっくりと振り返った。
「おや、見慣れぬ軍服ですね。私はツダと申します。ここで人々の心の痛みを和らげる、心理カウンセラーをしております」
「ワタナベです。彼の補佐を務めております」
黒いスーツに灰色のネクタイを締めた糸目の男が、淀みない一礼を見せた。
(ツダ……? ワタナベ……だと!?)
フォグとキャラメルの脳内に、凄まじい衝撃波が駆け抜けた。
(間違いない。その響き、完全に元の世界の日本語の文字列だ! 異世界の住人が偶然名乗る確率など、統計学的に限りなくゼロに近い……!)
フォグは内心の激しい動揺を完璧なポーカーフェイスで覆い隠した。
(あはは、あまりにも直球なネーミングで拍子抜けだよ。でも、これで彼らが元の世界の者だって確定したね)
キャラメルも白衣のポケットで指を組み、知的好奇心に満ちた視線を向ける。
「へぇ、ツダさんにワタナベさん。なんだかすごく聞き馴染みのある、安心する名前だねぇ。ボクはキャラメル・メイラード。こっちの物騒なのはフォグ・コラテラルだよ」
「……紹介を急ぐな。私は軍事国家エリアFの参謀だ」
フォグが一歩前に出る。
「貴様らの用いる『心理カウンセリング』という概念は、この世界の文明水準から著しく逸脱している。これ以上の不確定要素を放置するのは、我が軍の防衛網に致命的な欠陥を生む。『百聞は一見に如かず』だ。今日の夜、我々四人だけで非公式な座談会を行う。拒否権はないぞ」
フォグの放つ強烈な威圧感に、マーシャルやスクワールたち周囲の仲間は息を呑んだ。しかし、彼らにとっては「ツダ」「ワタナベ」という名前も、異国の少し変わった響き程度にしか聞こえていない。
「四人だけで、ですか。ええ、構いませんよ。私たちも、あなた方のような特異な方々と対話できるのは大歓迎ですから」
ツダが柔らかな笑みを崩さずに応じる。ワタナベも糸目のまま、無言で頷いた。
「交渉成立だね、少年」
キャラメルがフォグの肩にポンと手を置き、ふにゃりと笑った。背後で成り行きを見守っていたラドフォード王が、温和な顔で進み出た。
「特使殿たちが彼らと深い話をするのであれば、他の皆様は我が王城の客室……いや、街で最も上質な宿を手配しよう。長旅の疲れもあるだろうからな」
「王様、ありがとうございますっ! わたし、ふかふかのベッドで寝たいなっ!」
スクワールがふさふさのオレンジ色の尻尾を揺らして喜ぶ。
「……俺たちの出番はなしか。まあいい、美味い酒でも飲んで休ませてもらうぜ」
マーシャルが大剣を肩に担ぎ直し、キリハたち冒険者もそれに続いた。
「俺たち特務部隊は、いつでも動けるよう後方待機しておくッスよ!」
テイ少佐とシノギ中佐、ブラッティーたちもそれぞれの休息へ向かう手はずが整う。
かくして、賑やかな一行は宿へと案内され、フォグとキャラメルは「同じ故郷」を持つかもしれない二人の男との、未知なる夜会へ向けて歩みを進めるのであった。
子の刻――深夜零時。
王都の喧騒が嘘のように静まり返る中、フォグとキャラメルは約束の建物の一室へと足を踏み入れた。
部屋の中では、蝋燭の火が揺らめき、ツダとワタナベが静かに待っていた。
「ようこそ。お忍びの夜会にはうってつけの時間ですね」
ツダが柔和な笑みを浮かべて椅子を勧める。
「単刀直入に聞こう」
フォグは重厚なコートを翻して座り、冷徹な三白眼で二人を射抜いた。
「貴様らの用いる心理カウンセリングの手法は、カール・ロジャーズの来談者中心療法に酷似している。この中世レベルの文明水準において、そのような近代心理学の枠組みが自然発生する確率は統計学的にゼロだ」
「あはは、少年ったら初手から鋭い牽制球を投げるねぇ」
キャラメルは白衣のポケットに手を入れたまま、ふにゃりと笑った。
「でも、ボクも同意見だよぉ。君たちの纏うその衣服、特にワタナベさんの『スーツ』と『ネクタイ』なんて、完全に化学合成繊維の重合反応による産物にしか見えない。この世界の有機物な織物とは、分子レベルで共有結合の構造が全く違うからねぇ」
ツダとワタナベは顔を見合わせ、やがて肩を震わせて笑い出した。
「参りましたね。まさか、カール・ロジャーズやポリエステルなんて単語を、この異世界で聞くことになるとは」
ツダが眼鏡の位置を直し、深く頷く。
「ええ、お二人の推測通りです。私たちも『そちら側』の人間――地球と呼ばれる星の、日本という国から来ました。私は向こうの世界で、人々の心と向き合う臨床心理士をしておりまして」
「私はしがない営業マンでした。日々、足と口を使って顧客と商談を重ねていたんです」
ワタナベも糸目を細め、静かに答える。
「やはりな。同じ穴の狢というわけだ。元の世界で培った専門技術を、そのままこの世界での生存戦略に転用したのか」
フォグが不敵な笑みを浮かべる。
「これで前提条件のすり合わせは完了した。情報の非対称性は解消されたな」
「それにしても、君たちはどうして一緒に行動しているんだい?向こうの世界からの知り合いだったの?」
キャラメルが首を傾げると、ワタナベが苦笑いしながら口を開いた。
「いえ、全くの初対面ですよ。気づいたら見知らぬ森の中で倒れていましてね。横を見たら、このツダ先生が気を失って倒れていたんです」
「ええ。目を覚ましたら、スーツ姿のワタナベさんがいきなり私に名刺を差し出してきたんですよ。ここはどこですか、と尋ねながらね」
ツダが当時の光景を思い出すように目を細める。
「極限状態におけるC4Iシステムの完全な欠如において、名刺という物理的媒体で相互認証を確立するとはな。営業マンの条件反射恐るべし、だ」
フォグが感心したように腕を組む。
「あはは。まるで異なる性質の物質が、触媒なしで急激に架橋反応を起こしたみたいだねぇ。少年、面白い化学変化だよぉ」
キャラメルが白衣の胸元で指を絡める。
「ええ。二人で知恵を絞り、どうにかこのデッバン王国に辿り着いたのです。そして、この街の異常な自殺の連鎖を目の当たりにし、私の臨床心理士としての知識と、ワタナベさんの営業で培った対人スキルを活かして、民衆のケアを始めました」
「だが、根本的な問題解決には至っていない。貴様らの行っているのは対症療法に過ぎん」
フォグが冷酷に現実を突きつける。
「原因となる脅威を特定し、火力で物理的に排除しなければ、戦力損耗は進み続けるだけだ」
「それは……分かっています。ですが、私たちには戦う力がない」
ツダが悔しそうに拳を握る。
「そこで、ボクたちの出番ってわけだ。まさに渡りに船だねぇ」
キャラメルが目を細める。
「いいかい、少年。毒性学の基本は、毒の特定と中和剤の投与だ。彼らが大衆の心を支える緩衝液になってくれるなら、ボクたちがその自殺の根源を分子レベルで特定して、完全に熱分解してあげればいい」
「フン、悪くない役割分担だ。戦力なき者を前線に出すのは愚の骨頂だが、後方支援としての価値はある」
フォグが悪魔のような笑みを浮かべる。
「非力な善意など、戦場では弾除けにもならん。だが、その善意を運用する完璧なロジックがあれば、それは強固な防衛線となる。協力関係の締結といこう」
四人の地球人は、蝋燭の火が揺らめく密室で、異世界の理不尽な死の連鎖を断ち切るための絶対的な同盟を、今ここに結んだのであった。
・カール・ロジャーズ
アメリカ合衆国の臨床心理学者であり、人間性心理学の代表的な人物。カウンセリングの手法である「来談者中心療法」を創始したことで知られている。
・架橋反応
鎖状の分子同士の間に、まるで「橋を架ける」ように別の分子を結びつけ、全体を網目状に強く結び固める化学反応。




