【第参話】やぁ少年、そして異世界民。探索を始めようか。
第参話です! 第弐話で異世界の要塞をボロクソに切り捨てた二人が、いよいよ市街地を探索します。お楽しみください!
「へぇ……あんな分厚い古書を抱えてたから、てっきり大層な学者様かと思ったよぉ」
混乱が収まり、大城門の脇にある石造りの受付小屋の陰へ移動したところで、キャラメルは白衣のポケットに両手を突っ込みながら感心したように呟いた。
少女の名はブラウン・ニュー。街の「大図書館」で閲覧助手をしているという十四歳の少女だった。彼女は兵士たちに「怪しい者ではなく、古代語の調査員だ」と適当なハッタリをかまして、二人の身元を引き受けてくれたのだ。
「すみません、兵士さんたちも最近はピリピリしていて……。この街――ルパカトは、隣国との緊張が高まっているんです」
「兵站線すら確保できていない欠陥構造の要塞で緊張感だけ高めても、開戦と同時に無条件降伏するのが目に見えているがな」
「ひっ……!?」
フォグが冷徹な三白眼で即答し、ニューがビクッと肩を跳ねさせる。
「こら少年、助けてもらった先から身も蓋もない正論で嚇さないの。よしよし」
キャラメルが大きな手でフォグの頭を雑に撫で回すと、フォグは猫のように背中を丸め、顔を真っ赤にして暴れ出した。
「戯け! 頭を撫で回すなと言っているだろう! 放せ!」
「はいはい、可愛いお顔が台無しだよぉ~」
「かわっ……! 貴様、私を子供扱いするな……ッ!」
そんな二人のコントのようなやり取りに、ニューが困惑しつつも苦笑いを浮かべた、その時だった。
「にゅー! どこ行ってたの~!? さがしたんだからね~っ!」
石畳をパタパタと軽快に叩く足音とともに、人込みを縫って一人の少女が飛び出してきた。
ピシッと立った大きなリスの耳に、ふさふさとした見事な橙色の尻尾。短い髪を揺らし、元気いっぱいに手を振っている。
「あっ、スクワールちゃん! ごめんなさい、ちょっと落とした本を探してて……」
「も~、心配したんだよっ! ……って、そちらのへんてこな服の人たちはだれ~? お姉さん、なんだかすっごくだるそうだねっ! くんくん……研究室のにおいがする~!」
「スクワール、失礼ですよ……っ!」
スクワールと呼ばれたリスの獣人は、きゃぴきゃぴとした明るい笑顔でキャラメルの周りをくるくると回り、鼻を鳴らす。
一方、フォグは抱っこから解放されると、冷ややかな視線でスクワールの身体構造を瞬時にスキャンした。
「聴覚器官の肥大化、後肢の筋繊維密度、および平衡感覚を司る尾部の発達……典型的な樹上生活適合種か。だが……」
フォグの視線が、スクワールの首元にある無骨な鉄製の首輪へと向けられた。表面には無数の擦り傷があり、粗雑な刻印が彫られている。
「その頸部の拘束具は何だ。物理的・解剖学的に気道および頸動脈を圧迫する位置にある。動作阻害用の奴隷具か」
フォグのあまりにも無機質な指摘に、周囲の空気が一瞬で凍りついた。
スクワールは一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐにいつもの明るい笑顔を貼り直すようにして、えへへと笑った。
「あはは、お兄ちゃん鋭い~! これはね、『従属の輪』っていうんだよ! わたしたち獣人は、人間様の街に入るにはこれをつけなきゃいけないの。そうしないと、あぶない怪物扱いされちゃうからねっ!」
「……不合理だな」
フォグは一切の感情を排した声で切り捨てた。
「一定の生産性を持つ労働力に対し、社会的ステータスによる不必要な精神的ストレッサーを与えるのは、統治コストの増大と内乱リスクの上昇を招くだけだ。軍事的・経済的観点から言えば最悪の資源運用だな。人道主義や平等を口にするつもりはない。だが、非効率な差別による内部不和など、外敵を前に自ら背中を差し出す愚行でしかない。」
「えっ……? えっ……と……?」
合理的すぎるがゆえにサイコパス味のあるフォグのロジックに、スクワールとニューは呆気にとられている。
「まあまあ、少年。異世界の社会構造に文脈なしでケチつけないの」
キャラメルは苦笑しながら、スクワールの頭をポンポンと優しく叩いた。
「それよりさぁ、ボクはお腹ペコペコで低血糖の極みなの。どこか美味しいものが食べられて、お酒が飲める場所ってないかなぁ?」
「お食事ですね! それなら、街の中央広場近くに評判の酒場がありますよ。私たちがご案内します!」
ニューとスクワールの案内で大城門をくぐり、いよいよ異世界の市街地へと足を踏み入れる。
活気に満ちた大通り。露店には見たこともない果物や肉が並び、香辛料の香りが漂っている。だが時折、すれ違う人間たちがスクワールへ向ける蔑みの視線や、露店の店主が露骨に嫌そうな顔をしてシーシーと追い払うような仕草をする現実が影を落としていた。
目的の酒場『銀の麦穂亭』に入ると、香ばしい肉の焼ける匂いと酒の香りが二人の鼻腔を突いた。
案内された木製のテーブル席につくやいなや、キャラメルは運ばれてきたジョッキに注がれた琥珀色の液体――エール泡を凝視する。
「へぇ、エタノール濃度は5%前後ってところかな。酵母による発酵臭が香ばしいねぇ」
キャラメルは一口ゴクリと飲むと、ニヤニヤしながらジョッキをフォグの目の前に押しやった。
「はい、少年も一口どう? アルコールは中枢神経系を抑制してリラックス効果があるし、血管拡張作用で手足の末端まで暖かくなるよぉ~」
「いただ……拒否する」
フォグは眉一つ動かさずにジョッキを速攻で押し返した。
「エタノールはGABA受容体を刺激し、前頭葉の判断能力を著しく低下させる神経毒だ。戦場において自らの認知機能を麻痺させるなど、狂気の沙汰と言わざるを得ない。前線で兵士の命を繋ぐのは、酔いや祈りによる現実逃避ではない。冷徹なまでの自己管理と、常に最悪を想定する冷えた頭脳だけだ。自ら脳機能を鈍化させるなど、敵に『私を殺してください』と志願するようなものだろう」
「え~、固いこと言わないでさぁ。ほんのちょっとだけだよ? ほらほら、お口あけて~」
「やめろ寄せるな! 匂いだけでエタノール分子が粘膜から吸収されるだろうが!」
キャラメルにしつこく顔の前にジョッキを突きつけられ、フォグは必死に両手を前に出してジタバタと抵抗する。
重厚なコートを着込み、日頃は冷酷な軍事オタクとして振る舞うフォグが、子供のように必死になって顔を背け、耳まで真っ赤にして怒っている姿。
「ふふっ、フォグさんってお堅いようですけど、なんだか可愛らしいですね」
ニューが口元を押さえて小さくクスリと笑う。
「ホントホント~! 見た目はちっちゃくて可愛いのに、言うことがすっごく難しいんだもん!」
「かわっ……!? 愚かな……! 私は戦術演算と防衛構造のプロフェッショナルだ! 幼少期の外見的特徴に惑わされるな……ッ!」
フォグは頬を真っ赤に染め上げ、プイッと明後日の方向を向いて黙り込んでしまった。その短くてふんわりとした髪が、羞恥心でわずかに揺れている。
(……ふふ、怒らせちゃった。でもまあ、やっぱり年相応のリアクションで可愛いからいっか)
キャラメルはご満悦な様子でエールをもう一口煽った。
食事が一段落したところで、ニューが胸に抱えた本を整えながら、二人に尋ねた。
「ところで……お二人はこれからどうされるのですか? 身元も分からず、言葉も先ほど通じるようになったばかりですよね」
「うーん、そうだねぇ。ボクとしては研究資金と食費を稼ぐ手段が欲しいんだけどねぇ」
「それなら!」
スクワールが身を乗り出し、ふさふさの尾をパタパタと振った。
「『魔法適性検査』を受けてみるのはどうかなっ!?」
「「まほうてきせいけんさ……?」」
キャラメルとフォグの声が重なった。
「はい」とニューが頷く。
「この街のギルドや大図書館では、個人の持っている魔力の属性や波長を測定する検査を実施しているんです。もし高い適性があれば、学者や技師、冒険者として好条件で雇ってもらえますよ」
「……魔力場の波長測定か」
フォグの瞳から先ほどの羞恥が消え、再び冷たい観察者の光が宿る。
「未知のエネルギー粒子の定量的評価システムというわけだな。興味深い」
「いいねぇ。ボクたちの脳や身体にどんな異世界エネルギーが作用してるのか、定性分析できるチャンスだよぉ」
二人は不敵な笑みを交わし、同時にニューとスクワールを見つめた。
「「――よし、それを受けよう」」
・GABA受容体
脳内の神経の興奮を抑える抑制性の神経伝達物質「GABA(ガンマ-アミノ酪酸)」が結合する受容体。




