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34 進捗

 「もう少しの辛抱だ! 必ず勇者様が四天王を倒してくださる! それまで持ち堪えるのだ!」


 

 指揮官の声が飛ぶ。


 ヌガートフィア中心街。

 そこを守る第一砦にて、私は再び結界を張っていた。


 どうやら近くで勇者たちが四天王の討伐を行っているらしい。

 その余波から逃れた魔物が、ここに詰めかけているのだ。


 つまりは彼らの尻拭い。

 勘弁して欲しい。


 

 「こちらに補充鉱石を置いておきます!」


 

 駆け寄ってきた兵士が、足元にそれを置く。


 

 「癒しの聖女様がいなければここは既に突破されていたことでしょう。魔物は俺たちが倒します! 守りは頼みます!」


 

 兵士はそう言うと、返答も聞かずに去っていく。

 その背に笑顔を向けながら、眉がピクリと動いた。


 ずいぶん簡単に言ってくれる。

 こちらはまだ、手の感覚が戻っていないというのに。


 


 数時間の防衛の末、魔物の影は途切れた。

 

 それと同時に入ったのは、勇者たちが無事に四天王を討伐したという知らせ。

 一気に歓声に沸く兵士たちを横目に、怪我人の元へ向かう。


 

 「大丈夫?」


 

 小声でそう問いかけるのは、ライだ。


 

 「はい、もちろん」


 

 眉を下げるライに笑いかけ、歩を進める。


 あの日、感覚がなくなることを明かした日から、ライは度々こうして声をかけてくるようになった。

 

 だがそれに、何の意味もない。

 

 本当に心配しているなら、力を使わせないようにするべきなのだ。

 彼はそれをしない。

 当然、オスカーも。


 それが、国の意思ということだ。



 ***



 日も暮れる頃。

 ようやく治療から解放されて向かうのは、ノアの工房だ。


 フードを被り、街を歩く。

 後ろに続く2人も、言葉はない。

 

 そこに、ふと見知った影が通りかかる。


 リゼットだ。

 すぐに視線を外そうとして、感じた違和感に、足を止める。

 

 こちらに気づかず、彼女は歩き去っていく。

 

 その背を見ずに、再び歩みを進めた。

 心なしか、先ほどよりも足取りは早い。


 あの、存在感。


 手を握りしめ、爪を立てる。

 少なくとも数日前までは普通だった。

 

 だが今の彼女は、ティラミアや王子たちと似たような存在感を放っていた。


 


 ノブに手をかけ、軽く引く。

 呆気なく開いた扉は相変わらずだ。


 オスカーたちを工房の外へ残し、中に入る。

 サッと見渡して姿がないことを確認すると、迷わず奥へと足を進めた。


 そこにはいつも通り、魔道具をいじるノアの姿。

 その様子に、異変はない。

 フッと力が抜ける。


 

 「ノア。お邪魔しています」


 

 私の声に、彼は顔を上げる。


 

 「セラ」


 

 彼は短く呼んだあと、目線で椅子を示す。

 それに促され、ノアの対面に腰掛けた。

 

 この数ヶ月で、“いつものこと”になったやり取りだった。


 

 「進捗はどうですか?」

 

 「身体の調子は」


 

 目線は魔道具に向けたまま、問いが返される。

 右手でそっと左腕に触れた。


 

 「いつもと同じです」

 

 「嘘だな」


 

 返した言葉が、即座に切り捨てられる。

 ノアはゆっくりとこちらに顔を向けた。

 観察するような視線が刺さる。


 

 「首までか」

 

 「いえ、左の胸の下辺りまでは」

 

 「右手は」

 

 「指先だけです」

 

 

 彼が眉を顰める。

 僅かにためらった後、彼は1本の白い紐を差し出した。


 

 「この1本だけでいい。頼む」


 

 渡された紐を受け取り、力を込める。


 

 「これは、前回編んだものですか?」

 

 「そうだ」


 

 彼は魔紡糸以外の道を探ってくれた。

 その結果見つけたのが、ある上級魔物が吐き出す糸。

 

 はじめはアレと同じ編み方で編んだのだが、代償がほとんど変わらず失敗。

 彼は徐々に編む布の面積を減らしたが、結局変わらず、水晶も割れてしまった。

 

 そこで私は、ミサンガの編み方を教えた。

 このまま失敗が続いては、魔王討伐を待たずに感覚が戻らなくなる可能性があったから。

 

 当然、彼はどこでこんな編み方を知ったのかと尋ねてきた。

 

 私は、彼の『師匠の日記』に書いてあったのだと答えた。

 

 あの日。

 リゼットの嫌がらせにもならない悪戯のおかげで、色々と知ることが出来た。


 あの日記の内容を信じるのならば、私は既に、半ば賭けに勝ったようなものだ。

 

 オスカーが、私の力の代償やノアの研究を王に報告しているはず。

 その上でノアが生きていて、私が協力することも止めないのは、つまりそういうことだ。

 

 

 「できました」


 

 ノアに紐を渡す。

 右手の指先から僅かに感覚の無い場所が広がった程度。

 初めと比べれば大きな進歩だ。

 

 彼は受け取ったそれを魔道具につける。


 すると、音もなく水晶が輝き出した。

 淡く、白い光だった。

 

 

 「……完成だ。試作品だが」


 

 彼は淡々とそう話す。

 横目で窺うと、ムッと口を引き結んでいた。

 


 「素晴らしいじゃないですか。何か気に入らないことでも?」

 

 

 首を傾げて尋ねると、彼はそのまま口を開いた。


 

 「効果はある。……理論上は。だが、3ヶ月しか持たない」

 

 「ダメなんですか?」

 

 「当初の設計案なら、半永久的な魔道具が出来たはずだ」


 

 そう言っていじけた様子の彼を横目に、魔道具へと視線を戻す。

 

 彼には国の立場や王家の狙いは話していない。

 そんな彼が、たった3ヶ月と思うのも無理はないだろう。

 

 だが、それを知っている私からすれば、こんなに素晴らしいものはない。

 まさに“おあつらえ向き”といって良い。

 

 日記にも記載があったが、完全に魔物の脅威が消えてしまえば、他国から攻め込まれる危険性が上がる。

 国がよしとしないのだ。

 

 だが、これはどうだ。

 

 魔道具の効果は3ヶ月ほど。

 聖の力が必要なため量産は難しい。

 だが、魔物の多く発生する場所に置けば、格段に被害は減るだろう。

 

 加えて、いま力を注いだ感覚になるが、力の大きい神官ならギリギリ足りる気がする。

 つまり、聖女がいない期間でも作成できる、もしくは維持できる可能性がある。


 こんなに的確な魔道具はない。


 

 「いいえ、素晴らしいです。半永久的に魔物の脅威が無くなれば、人々は腑抜けてしまいます。何事も、やり過ぎはよくないのです」

 

 「……被害を減らしたいんじゃなかったか?」

 

 「腑抜けてしまえば、回り回って被害が増える可能性もあるでしょう?」


 

 ジト目を向ける彼に笑みを返す。

 さすがに、ここまでの協力関係で清廉潔白を演じるには無理があった。

 

 はじめはどうなることかと肝を冷やしたが、彼は何も変わらなかった。

 興味が無いのかと言えばそうでもなく。

 むしろ対応が軟化した部分もある。


 

 「では、次は効果の実地試験でしょうか」

 

 「ああ。だが場所がない」


 

 森に行って設置してくるかと呟く彼に、私はかねてから考えていたことを告げる。


 

 「よろしければ、私に任せて頂けませんか? 実験場所に、心当たりがあります」


 

 頭に浮かぶのは、あの目に痛いほどの金髪。

 彼女の家ならば、恩もある。

 実験の協力も了承してもらえるだろう。

 なにより、彼らには何の損も無いのだから。


 彼女に釣られて浮かんだリゼットを、思考から追い出す。

 彼女が突然存在感を放った理由はわからない。

 だが、ティラミアや王子たちに比べれば、それも弱かった。


 彼女に思考を割いている暇はない。

 そう結論づけ、ノアに向かって口を開いた。

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