16 国王
開かれた扉の先。
まず目に入ったのは、3人の男性の姿だった。
椅子に腰掛けるのが2人。
その後ろに控えるのが1人。
座る2人は揃いの金髪で、血のつながりを感じる。
控える1人の髪はホワイトブロンドで、自分以外に初めて見る色素の薄さに、一瞬まばたきが止まった。
椅子から立ち上がった2人の内、貫禄の滲む方が口を開く。
「よく来たな。さあ、そこの椅子に掛けると良い」
思わず、息を詰める。
――彼が王だ。
明確な理由はない。
ただ直感的に、そう思った。
意図的に呼吸を整え、王から僅かに視線を逸らす。
扉横に控える騎士を通り過ぎ、少し歩みを進めて、ファルネスさんが足を止めた。
「陛下にお目にかかりますこと、誠に光栄に存じます。ご健勝のご様子を拝し、心より嬉しく存じます。本日はよろしくお願い申し上げます」
ファルネスさんの言葉と共に、コンラートさんも頭を下げる。
それに釣られて、私も礼を取った。
ティラミアは、ファルネスさんたちを見比べ、少し遅れて頭を下げる。
「良い。頭を上げろ。相変わらずだなファルネス神官長。そう堅くなるな。今回は公式の場ではないのだ。畏まる必要はない」
私の直感は当たっていたようだ。
雰囲気があるとは、まさにこのこと。
王に促されて頭を上げた2人に倣い、礼を崩す。
すると、王たちの後ろに1人、騎士が控えていることに気がついた。
クロイツさんたちとは纏う鎧が違う。
装備を身につけた騎士の胸元には、鏡のようなブローチが着けられていた。
騎士から視線を外し、ファルネスさんに続く。
彼女は、彼らの対面のソファに腰掛けた。
4人が余裕を持って座れるほど広いそれは、部屋に合わせたロココ調のものだ。
腰を下ろしたクッションの感覚に、場違いにも感動を覚える。
隣にいたティラミアが「わぁ!」と声を上げたが、今回ばかりは同じ気持ちだった。
それにしても、よくこの状況でそんなことが出来るなとは思うが。
「ハハハっ! 随分と可愛らしいお嬢さんじゃないか! 王城の物はすべて各都市の名産品や名のある職人の名品だからな。感動するのも無理はない」
掌でパフパフと感触を確かめるティラミアに、王は楽しそうに笑い声を上げる。
その声に釣られたように視線を向け、不審に思われない程度に目の前の彼らを観察した。
「さて、まずは自己紹介といこう。俺はエベルドリック・シュトゥルムハイン。この国の王だ」
自信に満ちた表情で、王は言った。
少しくすんだ金髪に透き通る青の瞳。
整った顔立ちは、なかなかの美丈夫だ。
体格も良く、一見、武人のようにも見える。
想像していたよりも若く、そして、油断できない。
こちらに対する対応は穏やかで、纏う雰囲気も威厳はありつつも柔らかい。
まったく見極めるような空気を感じさせない様子が、私の警戒を強めた。
「こっちは弟のフォルクフリート・S・オーベルオプスト公爵。普段は王都を治めている。……君たちの故郷の村も、弟の管理する領地だ」
王はその言葉と共に、隣の男性を指し示す。
王と同じ色味を持つ彼は、やはり兄弟だったらしい。
“S”というのは、ミドルネームだろうか。
というか、あの村って王都だったのか。
「紹介に与った、フォルクフリートだ。よろしくね」
口を開いた公爵は、王族にしては随分と下手くそな笑顔でそう言った。
それから何度か膝の上で両手を組み替え、間を空けてから、私たちを見て話し始める。
「……2人には、謝罪をしたかったんだ。ファイゲン隊を1日遅らせてから向かわせたのは僕だからね。もし、遅らせなかったら、村の人たちは助かっていたかもしれない。自分の采配に後悔はしていないが……君たちには、怒る権利がある。本当に、すまなかった」
言い終わった公爵は、こちらに向かって軽く頭を下げた。
それを見たホワイトブロンドの男性が、僅かに目を見開くのを視界の端で捉える。
「まったく……あのなぁ、フォル。何度も言うようだが、お前のそれは長所でもあるが短所でもある。今その謝罪をされて、この子たちはどうすれば良いんだ? それに、最善だったと思っているなら謝るな」
溜息と共にそう告げた王に、彼は視線を泳がせた。
「……ごめん。君たちも、悪かった。こんなこと言われても嬉しくないだろうが……君たちだけでも、無事で良かった」
その言葉に、隣に座るティラミアが、涙を滲ませながら首を振る。
――いや、なんだこの茶番は。
両手を握りしめ俯きながら、内心冷ややかな視線を送る。
信じがたいことだが、公爵のアレはすべて本心だろう。
だが王は、それを利用してこちらの警戒を解こうとしたとしか思えない。
現に、ティラミアはすっかり騙されている。
武人のような見た目に反して、王はどうやら腹芸が得意なタイプらしい。
握った手の甲に、僅かに爪を立てた。
「私は、ヴィルマール・R・ツィトロギッター。宰相を務めております。以後、お見知りおきを」
そんな空気を正すように、冷たい表情を崩さず話したのは、王たちの背後に立つ男性。
その声に、無意識に浅くなっていた呼吸が戻る。
彼の意図とは違うだろうが、おかげで調子を取り戻す。
その髪色も相まって、僅かな親近感を抱いた。
彼に続き、ファルネスさんから順々に、私たちも挨拶を済ませた。
***
「今回、君たちを呼び寄せたのは他でもない。もう既にファルネス神官長から聞いているだろうが……聖女の役割を決めるためだ」
表情を引き締めた王は、少し勿体ぶって題を告げた。
王は続けて口を開く。
「2人の聖女というのは、歴史的に見ても初めてのことだ。しかし、だからといって1人しか認めないというのも愚策。そこで2人の内、より力の強い聖女ティラミアは、慣例通り魔王討伐の旅へ。そしてもう1人の聖女セラは、魔王や四天王が誕生した際に激化するであろう各地防衛拠点を巡り、戦士たちを癒して欲しい」
その言葉に、吊り上がりそうになる口角を必死に押しとどめた。
こんなに私に都合の良い、理想の配置があるだろうか。
聖女という地位はありつつ、命の危険は少ない。
表面上は、控えめな高揚を出す。
しかしその裏では、歓喜の花が舞っていた。
ふと、隣に視線をやれば、ティラミアが顔を紅潮させている。
魔王討伐に行けと言われて、よく喜べるものだ。
「ここからは私が引き継がせていただきます」
そんな私たちの歓喜を断ち切るように、淡々とした声が響く。
それに少し、思考が冷えた。
確かに理想的だが、あの王が言ったことだ。
安心するのはまだ早い。
いまだ立ったままの宰相に目を向ける。
真っ直ぐにこちらを見つめる、紫の瞳と目が合った。
しかしそれも瞬きの間に逸らされ、話が続けられる。
「コンラート侍神官から聞いているかと思いますが、魔王が新たに誕生するとされているのは6年後。その間に、お二人には聖の力を磨いて貰わねばなりません。そのための方法として、聖女様のこれからを縛ってしまう事へのせめてものお詫びを兼ねて、こちらから用意できる“道”は3つです」
そうして提示された“道”の中には、どうにも既視感を覚えるものがあった。
「1つは、王都にある貴族子弟と勇者候補生の通う『モルゲンシュテルン・アカデミー』、通称『明星学園』に通うことです。この道を選べば、貴族子弟と同じく高い教育を受けられ、ティラミアさんにとっては、共に旅をする勇者とも交流することができる、という利点があります」
ただし、入学は14歳から。
それまでは教会で過ごすことになる。
そう続けられた説明を聞き流し、既視感の正体を探るが、詳しいことは何も出てこない。
ただなんとなく、ティラミアはこの“道”を選ぶ気がした。
「もう1つは、6年後のそのときまで教会で過ごすことです。ひたすらに聖の力を磨く生活になるため、過去の記録を見ても、最も早く力を磨くことができる道となっています。力の上達が早いため、教会本部の診療所で活動したり、各地を癒して回る大司祭と司祭について回ったりと、実戦経験を積むことも出来ます」
次に示された“道”には、既視感を感じることはなかった。
説明する宰相の口ぶりからは、「これがおすすめです」という声が聞こえてきそうだ。
早く力を身に付けられるなら、国としては願ったり叶ったりだろう。
むしろ、強制的にそうしないことに驚きだが。
まあ、私がこれを選ぶことはないだろう。
彼女より評価が上がったら困る。
「そして最後は、教会の対面側に位置する『魔道塔』にて、魔法師や魔道具師に師事することです。こちらはなかなか苦労も多いでしょうが……その分多くの利点があります。例えば、この道を選んだ歴代の聖女様は、魔法師に師事することで他の属性の魔法を使えるようになったり。魔道具師と良好な関係を築くことで、力を増幅させる魔道具や、他の討伐メンバーの装備などを作らせたりと、様々な恩恵を受けておられます」
つまり、上手く関係を築けなければ、なんの旨味もない、と。
他属性の魔法を使えるようになった聖女は、自ら戦闘に参加したらしい。
……付け加えられたその説明にも、特に魅力は感じない。
「どの道を選んでいただいても構いませんし、今ここで決めなくとも構いません。……決まって100年に一度誕生する魔王を倒すには、聖女様が不可欠です。建国以来、1000年以上の年月が経っているにもかかわらず、対抗策を発見できていない我々を、どうかお許しください」
宰相は心なしか顔を歪めてそう話を締めた。
悔やむような彼の様子に、王たちの方を見ると、彼らも同じように顔を顰めている。
演技には見えないが、そう易々と信じる事もできない。
それに、宰相が言った言葉は、私がコンラートさんの講義を受けてからずっと思っていたことだ。
定期的に、ほぼ同じように生まれる魔王や四天王を、どうして放っておくのか。
本当にどうしても手が付けられないのか。
それとも……国にとって被害以上の利益があるのか。
「わ、わたし、学園に通いたいです! 王様たちが気にしていることは、よく分からないですけど……でも、それを悔やんでいることは分かります! でもきっと、それは王様たちが気にするようなことじゃなくて……。えっと、その……応援してくれるなら十分、だと思います」
そんな、僅かに影のかかった空気を気にせず、ティラミアが口を開いた。
いや、気にしてはいるのだろう。
励まそうとする意思が伝わる。
まあ、彼らが気にしなければ誰が気にするんだ、とは思うが。
「ああ、ありがとうな。……ティラミアは、もう道を決めたんだな。セラはどうだ?」
いまだワタワタと手を動かし、口を開こうとするティラミアを、王が言外に制する。
流れで私に話が振られたが、幸い、答えは決まっていた。
太ももの上で両手を握りしめ、真剣な表情を作る。
ひとつ唾を呑み込み、緊張を押し殺すように見せながら、王の目を見た。
「……私も、学園に通う道を選びたいです。お話を聞いて、色々なことを学びたいと思いました。しっかり勉強して、お役に立てるよう、頑張りたいです」
彼らには、私が迫害を受けていたと伝わっているはず。
それを踏まえると、こんなところか。
瞳を僅かに揺らしながら話すのがポイントだ。
学園を選んだのは、まあ、消去法だが、悪くはないだろう。
貴族との人脈を作れるのは大きいし、レベルの高い勉強ができる点もいい。
ただ、ひとつ引っかかるのは、私たちに選ばせる意図が分からないことだ。
それをする、彼らの利点が読めない。
そんな私の思考をよそに、答えを聞いた王は、顎先を撫でながら満足そうにうなずいた。
「そうか。2人ともその道を選ぶか。それなら俺の3番目の子供が、君たちより1年先に入学する予定だ。アーデルス科とヘルデンス科を併用して学習する予定だから、何かあったら頼るといい」
王はどこか誇らしげにそう話す。
その言葉に、アーデルス科が貴族科で、ヘルデンス科が勇者科だったな、と先ほどの説明を思い返した。
王子と関わるなんて、面倒ごとに自ら突っ込むようなものだろう。
できるだけ、近づかない方がいい。
そんなことを思いながら、王の言葉を聞き流した。
「ああ、それと、君たちを正式に国民に向けて聖女だと発表するのは、2年後の学園入学時を予定している。そのときになれば式典に出席してもらうことになるが、よろしく頼む。」
そうして、思いのほか和やかに、王との対談は終わった。
私にとって、理想的すぎる形で。
応接室を出る際、扉を開けた騎士とすれ違う。
その胸元に付けられた鏡のようなブローチが、やけに煌めいていた。




