3 心霊研のパネルネタ探し
碧瑠璃祭まであと一週間を切った。青山達はあの後、保健室で目を覚ましてなぜ自分がここにいるのか分からないといった様子で頭を傾げていたらしい。買い出しから戻ってきた辺りから記憶がなくなっていたそうだ。
きっと疲れていたのだろうという判断を下され、少しの不思議は碧瑠璃祭の風物詩の一つとして片付けられてしまった。毎年何らかの奇っ怪なことが起こるのは案外知られていたらしい。
それはそれで少し危険なのではないか。そもそもどうして不思議を不思議として皆一様に受け入れているのか、と来留芽は愚痴混じりに木藤に話していた。
「やはりそうですよね。風物詩になるほど毎年そういった出来事があるというのに、この学園の人は誰一人として違和感を持たずにいた……それはとても、不思議なことです」
彼もその点に疑問を持って少し調べたらしい。しかし、何も分からなかったそうだ。痛い腹を探られる可能性もあり、ほどほどのところで止めてしまったという。
「僕も未熟でしたからね。紫波と敵対していたのであまり大きな行動はできなかったのです。今ならばあるいは……とは思いますが」
酷薄に目を細めた木藤だが、一瞬後にはその気配を消し去る。あの酷く冷めた表情は、果たして本当に浮かべていたのか、あれは幻覚だったのではないかと思ってしまうほど刹那の変化だった。彼は何事もなかったような顔をして来留芽を見ると首を傾げて尋ねてくる。
「ところで……その寝ていた四人について、君や京極先生でも原因が分からなかったのですか?」
「正直に言うのは業腹だけど……分からなかった。妖気も霊気も消されていたようで、追えなくて」
位置を考えれば旧校舎が怪しいとなるのだが、確証はない。それに、あそこまできれいに痕跡を消しているということは調べる素振りをするだけで何らかの危険がある可能性も考えられた。来留芽や細の方に来るならばまだ良い。困るのは青山達の方に行った場合だ。そのようなことを考えると、迂闊に動ける状況ではなさそうだった。
「こんにちはー。あ、来留芽ちゃん」
「八重。教室の方で何か問題でもあった?」
この日は碧瑠璃祭実行委員会があったので来留芽は白鳥と少し早めにホームルームを抜けたのだ。そして出席した実行委員会は思ったよりも早くに終わり、来留芽はそのまま部室に来ていた。
とはいえ、ホームルームが終わる方が早いはずで、八重はもうこの場所に来ているものと思っていたのだ。それが木藤会長しかいないのを見て拍子抜けしてしまった。
「あー、問題というか……舛田くんコンタクト紛失事件が起こっていたんだよね」
八重は机の上に鞄を置くと来留芽の隣の椅子に座り、机に顎を乗せて力を抜いた格好でそのまま続きを話す。
「ほら、今日は舛田くん、眼鏡じゃなかったじゃん。演劇部で眼鏡なしで合わせるからだったんだって。それが片方落ちちゃったってことでこれは大変だとしばらく探していたの」
「八重がここに来たってことは見つかったの?」
「うん」
「良かったね」
それからしばらく雑談していたら小野寺先輩に北野もやって来たので通常の活動が始まる……のではなく、心霊研もまた碧瑠璃祭に向けた活動を進めることになった。学園の噂集めを行うのだ。当日はパネル展示を行う予定で、人が来ればその都度恐怖をかき立てられるような語りをすることになる。木藤会長や小野寺先輩がいるときに行ってしまった場合は外れ、その他の来留芽や八重だったら当たりだろうか。北野については場合によりけりだったりする。見た目は心霊研の誰よりも不気味さが出ているが、語りは彼の気分次第で異様に怖かったりそうでもなかったりするのだ。
「パネルネタ集めに今日はいろいろな場所へお邪魔しに行きましょうか」
「ええっと、会長、今はどこの部活も碧瑠璃祭に向けた準備で殺気立っていると思うんだけども」
小野寺先輩は言外に「邪魔するのは悪いだろう」と言って抵抗を示している。表情もまさにそう表れていた。何か嫌なことでもあったのだろうか。
そんな彼女の抵抗を笑って木藤会長は机から数枚の紙を取り出すと来留芽達に配った。
「ああ、大丈夫ですよ。一応こうしてお邪魔先リストを作っておきました。ここに載っている部については多少の手伝いをするというという条件でいつでもお邪魔してもいいという返事をもぎ取っています」
「もぎ取って……?」
「ええ。快い返事をいただけましたよ?」
にこにこと笑いながら「何か問題でも?」と言うように首を傾けている。そんな様子を見て、来留芽は「嘘だ」という言葉を飲み込んだ。また、“もぎ取った”と“快い”の二つの言葉では矛盾があるのではないかという指摘も控える。言ったら最後だ、恐ろしい目に遭いそうな気がする。
来留芽はまだ何か言いたそうにしている八重へちらりと目を向けると無言で首を振った。
「ここにある部はどこも怪異の話があるところですか?」
「いくつかはそうですね。既存の七不思議もパネルにしますが、一つくらい新しいものが欲しいので今まで関わっていない部も混ざっています」
「「そうですか……」」
来留芽がリストを眺めていると隣から腕をつつかれる。注意を引いた八重は笑ってリストの一点を指し示した。
「ね、来留芽ちゃん。演劇部があるよ」
「行きたいの?」
「今日は本番に近い形でやるって言っていたじゃん。舛田くん見に行こうよ」
本番で見れば良いことだろうに、八重はフライングしてでも見たい気分のようだった。
「まぁ、いいけど」
来留芽は肩をすくめると木藤会長に演劇部に行きたいと希望を告げ、のんびりと手を振る彼に見送られて心霊研を離れる。会長自身は何かあったときの連絡を受けるために部室に待機しているそうだ。彼が一番気楽にしていられるだろう。
***
演劇部を希望したのは来留芽と八重だけだったので、二人だけで体育館へやって来た。演劇部が普段の活動場所としているのは第二音楽室だが、今日は体育館で本番さながらのリハーサルを行うそうだ。
「そんなときにお邪魔して良いものかと思うけど」
「ねー。木藤先輩の脅迫……説得ってどんなんなのか気になるかも」
「説得と言い換えなくても良いと思う。あの人、分かってやっているようだから」
それに、事実を言われて怒るような性格でもないだろう。
校舎を出て少し歩き、来留芽と八重は立ち止まるとその立派な建物を見上げた。学園の体育館に着いたのだ。ここは縦横共に大きく、二階建てとなっている。演劇部はその二階部分にいるはずだ。
「八重、当然、ホラー話を聞くことになる可能性があるわけだけど。覚悟はいい?」
「う~、言わないでよっ」
体育館の扉に手をかけて顔だけ八重に向けて尋ねたのだが、彼女はそのことを知りつつもあまり考えたくなかったようだ。耳を手で押さえてそっぽを向かれてしまった。
来留芽は肩をすくめるとそのまま無造作に扉を開き、体育館を進む。八重は口を尖らせつつも、しっかりとついてきていた。
「鏡よ鏡……」
声が聞こえる。どうやらちょうどリハーサルをしているときに来たようだった。
来留芽と八重は入口の扉を少し開いてそっと覗く。そうして見えた舞台の上にいたのは、今にも鏡の中へ入り込まんとするかのような動きを見せた青いワンピース姿の少女だ。予想外に主軸はアリスの物語のようだった。
「ちょっとだけアレンジを加えているんだね」
目を輝かせた八重がこっそりと言う。本番に先立って見るということへの優越感もあるのだろうが、純粋に楽しむ気持ちも大きいようだった。もちろん、来留芽も楽しむ気持ちが全くないわけではない。呑気な思考を許さなかったのは木藤からの忠告を思い出していたからだった。場所をはっきりと言っていたが、確証はないとも言っていた。鏡という一点だけでもう警戒すべきかもしれない。
「あの鏡は……演劇部の備品?」
「どうなんだろうね? 結構立派だよね」
ポツリと呟いた来留芽に八重は律儀に返答する。もっとも、疑問に疑問を返した形で、何の答えにもなっていなかったが。
「あなた達、何をしているの?」
不意に背後から声をかけられ、二人は驚いて飛び上がった。振り向けば、怪訝な顔を向けてくる先輩がいた。緑の腕章をしており、三年生だと分かる。
「見ていたなら分かっていると思うけど、体育館は使えないわよ。私達演劇部が借りているから」
彼女は演劇部に所属している生徒だった。来留芽と八重は少しばかり残念な気持ちで顔を見合わせると、互いに頷く。見つかってしまったなら、この場所へ来た理由の説明に移ろうということだ。
「あの、私達は心霊研の者です。木藤先輩から演劇部は私達が手伝うという条件でお邪魔しても良いと返事をもらったと言われて、話を聞きたいと思って来ました」
そのときの彼女の顔といったら。怪訝な表情だったのが木藤という言葉を聞いて眉間に皺が刻まれ、来留芽が言い終える頃には呆れと諦めが混ざった何とも言い難いものとなっていた。
「なるほどね。なるほど……木藤くんね……。そういえばうちの部長も泣いていたわ……まぁ、いいわ。入りなさい」
終いには諦めが色濃く現れた表情になって、来留芽達を招き入れた。木藤は一体何をしたのか。きっと、あまりよろしくないことだったのだろう。聞いてはいけないと察しつつも聞きたくなってしまう。
「あの、荷物持ちましょうか?」
「大丈夫。……あなた達は観客役ね。今やっている演目は『白雪姫~アリスエディション~』よ」
物語は二つのプロローグから始まるという。一つは白雪姫の誕生。もう一つはアリスが鏡の世界へ行ってしまうことだった。
「あ、白鳥先輩ありがとうございます」
観客のようになっていた一人の男子生徒が駆け寄ってくると白鳥先輩が抱えていた荷物を受け取った。
「別に良いわよ。こんなことしかできなくて申し訳ないくらいだわ」
「いや……仕方ないですよ」
彼の視線は白鳥先輩の右足に向かっていた。捻挫もしくは骨折でもしたのか、包帯が巻かれている。視線につられたのか先輩自身も自分の足に視線を落としたが、肩をすくめるとどこか情けない表情になった男子生徒の背中を叩いた。
「もう。仕方ないんだから、そんな後ろめたいみたいな顔しないの」
「はい、すんません。それで、そっちの二人は……?」
「心霊研の子達。お手伝いをしてくれるそうよ」
「……ああ。あの対価としてホラー話を要求するっていう変人研」
心霊研は一体どんな認識をされているのだろうか。男子生徒の視線にはただ胡散臭いという以上の何かが込められていた。
「目をつけられちゃったんだから仕方ない。でも、木藤くん本人が来なくて良かったわ」
「そうなんですか?」
「彼が来ると本当に混迷を極めたような状況に陥るから」
来留芽は八重と顔を見合わせ、肩をすくめた。心霊研の会長は大人しいように見えてその実、問題児だということは一ヶ月近く過ごしてきてよく分かっていた。
「あ、椅子持ってきました。どうぞ座ってください」
「ありがと」
持ってきてもらった椅子に来留芽と八重は腰掛ける。この椅子も小道具の一つだったのだろうか。アリスのお茶会の椅子を彷彿とさせられるのは演目名を聞いたせいだろうか。
「……キチガイのお茶会、か~」
「え? ……あ! 特に意図していることは無いからっ。今空いている椅子がそれだけだったんだ。今やっているのには使わないんだけど、休憩用にと思ってさ。本当に他意はないから」
笑い混じりに八重が言ったことで、椅子を持ってきた生徒はその意味の受け取り方に思い至ったのか、慌てて特に意味を込めて言ったわけではないことを強調していた。
そのやりとりに肩をすくめただけで見切りをつけると来留芽は場面の変わる舞台を見ている白鳥先輩へちらりと視線を向けた。足の怪我の理由は聞き損ねたが、その目に浮かぶ色を見れば察することができる。
彼女は唇を噛み、些か過ぎるほど真剣な目をしていた――




