2 ぷち行方不明
鳥居越学園は夜遅くまで人の気配がするようになった。最初の碧瑠璃祭実行委員会の翌日から碧瑠璃祭準備期間に入ったからだ。それに伴って実行委員も忙しくなる。
来留芽も自分の教室で作業の指示や相談の受け付けにと慌ただしく立ち働いていた。一人だけくるくると踊っているような忙しさに深く深く溜め息を吐く。
「古戸さん、材料足りな~い!」
「あ、こっちも画用紙の色が足りなくて……」
「私じゃなくて買い出し班に言って」
いざ作業を始めてみれば不足物資の報告が次々と寄せられる。一応買い出しは買い出しで数人の班を作り、ローテーションで任せているのだが、なぜか要望が来留芽のところに集中していた。実行委員は他に三人もいるのにどうして、と無表情の奥で叫びながらも今寄せられている不足の声を無視できず、メモを取る。
「足りないのは赤い紙! こういうのね。あのね~古戸さん、今日の買い出し班、何でか知らないけど捕まらないの」
「赤い紙……と。捕まらないって?」
とりあえずメモを取ると、買い出し班について言われたことに眉を潜めて聞き返した。そこへ後ろから肩を叩かれ、振り返る。
「あ、古戸さん。私の方もお願い、パールカラーの折り紙ねっ。で、今日の買い出し班って青山くんとこでしょ? 最初に行ってもらってから戻ってきてないの」
「え~! じゃあ、サボってんの!?」
「どうだろ。青山くん次第かなぁ。ワル山の頭領だし」
猿山のボスと言うような調子で今村……パールカラーの折り紙を注文した少女が青山を評する。青山は来留芽のクラスメートで男子学級員をしている。そして、彼女が言ったようにクラスの不良系男子のリーダーのような立場だった。
「けど、青山くんって意外と責任感はある方だよね? 任されたことは面倒くさがりながらもやってくれるような」
「だよね~」
来留芽は今日の買い出し班のメンバーを思い出す。まず青山、その子分的な小部野、下条、最後の良心およびブレーキ役を舛田が引き受けていた記憶がある。イメージとしては大型犬三匹が結託して思いのまま猛進し、それらのリードを必死になって掴んでいる舛田という感じだろうか。
「やっぱり舛田くんには荷が重かったのかもしれない」
そう独りごちると来留芽は財布を持って教室を出る。買い出し班がいないので自分で買いに向かうのだ。誰かに任せようにも皆手が空いていないようなので仕方が無い。
それに、万が一彼等が何か問題に巻き込まれていたとしたら困る。それが裏的なものだとしたら特に。
来留芽は青山達を探しつつ買い出しに向かった。
「おや、古戸さん」
両手にビニール袋を持って歩いていると声をかけられて来留芽は振り返った。
「木藤先輩」
やあ、と言うように片手を上げていたのは心霊研の会長である木藤だった。引いている自転車の籠にはいくつかの袋が見える。彼も買い出しに行っていたようだ。
「君も買い出し帰りですか。この方向だと学園まで戻るのですよね? 嵩張るでしょうから少し籠に乗せてしまっていいですよ」
「え、いや、そんな、悪いですから」
「遠慮は要りませんよ。……少し、話したいことがあるので」
潜めた声、真剣な表情にピンと来るものがあった来留芽は一も二もなく頷いた。
二人は少し歩いた先の木陰までやって来る。来留芽は実行委員としての責任感もあって躊躇ったのだが、彼の話は今聞いておくべきだと判断し、促されるままに座った。
そして、オールドアの来留芽として尋ねる。
「学園で何か?」
「まぁ、今のところは注意換気程度ですが……学園の七不思議についてです。毎年のことですがお祭り騒ぎには彼等も油断するようで、不思議な出来事が必ず一つは起こるのです」
木藤は溜め息混じりにそう言った。若干疲れたような顔をしたのは今までの『不思議な出来事』とやらを思い出しているからだろうか。思えば彼は来留芽よりも二年早くこの学園に来ているのだ。あやかし関係の騒動は何度か経験していると察することができる。
ちなみに“彼等”とは、あやかしなど非日常の者達のことだ。彼は裏を知っているのでそういった話ができる。
「騒動……。私の方も何となく分かっていることだったけど、この忙しいときに面倒な」
顔をしかめたら思いがぽろぽろ零れ落ちていった。独り言のようなそれに木藤は頷いて共感を示す。
「全くです。僕もクラスメートに知られないように動くのが大変で大変で。ですから、古戸さんと京極先生には期待しています」
にっこりと笑って言われた言葉に来留芽は黙って目を閉じ、息を吐いた。
仕事として来ている来留芽と細は乱入してくるあやかしを見れば放っておくことはできない。何かをするにも場当たり的な対処ではなく、根本的なところから対応しなくてはならないのだ。木藤からすれば自分の手間が減って万々歳といった所だろうか。
「期待通りにできるかは分かりませんが。仕事として引き受けた以上は手を尽くすつもりです」
「頼もしいですね」
「話は、それだけですか?」
「そうですね……まだ、確証はないのですが一つだけ。どうも、北校舎一階の踊り場にある鏡のそばを通るときに何やら音楽が聞こえることがあるとか。鏡には不穏な噂がつきやすいので少し心配ですね」
鏡には気を付けておくこと、と心のメモに書き込んだところで来留芽は立ち上がった。
「あまりサボってもいられないので」
「そうですね。買い出し品を届けないと。そういえば、古戸さんは実行委員ですか?」
ふと思い出したようにそう聞かれて来留芽は首を傾げつつ首を縦に振る。すると、木藤は納得がいったように頷いた。
「やはりそうでしたか。京極先生が碧瑠璃祭担当だったみたいだと友人に聞いたものですから、もしかしてと思ったんですよ」
なぜそのような思考に導かれるのか分からず、来留芽は問いかけるような目を向ける。
「おや、全くの偶然でしたか? 教師と生徒で揃っているなら……例えば、古戸さんが実行委員を言い訳に怪異の元へ出向いても京極先生が誤魔化すことができるでしょう? だからてっきり……」
最後は言葉を濁されてしまったが、言わんとしたことは分かった。来留芽が実行委員になったのは細の(木藤としては来留芽も)策略故ではないか、と本来なら続くのだろう。
なるほど、言われてみればどこか作為的なものを感じなくもない。あやかしに対応する際に実行委員を言い訳にすれば怪しまれずに済みそうだし、何も言ってはいないが細はそのつもりだろう。
疑惑のくじ引きについては後でじっくりと聞かなくては。直球で尋ねようか。あのくじ引きはまさか式神を使ってはいないよね、とでも。
今から反応が楽しみだ。
「楽しそうですね。オールドアは」
来留芽の様子を見て木藤はぽつりとそう呟く。何の感情が込められているかよく分からない声音だった。来留芽は振り返り、その顔を見上げる。目が合うと彼はすぐに普段の笑みを浮かべたが、その一瞬前の表情はどこか虚ろで僅かに寂しさのような色があったように見えた。
「……長く一緒にいて、家族同然だからかもしれません」
少し言葉に迷ったあと、それだけ言うと来留芽は視線を逸らしてまた歩き始めた。それでも気になってちらりと背後を窺えばにこりと笑みが向けられる。
「そうですか」
鳥居越学園に着くと、来留芽は木藤の自転車の籠から買い出し品を入れた袋を受け取った。
「ありがとうございました、先輩」
「いえいえ」
そして、風で乱れた髪を直したいなと思いながらも自分の教室まで階段を上り切り、買い出し品をそれぞれに渡していく。
「ありがとー!」
「ね、それで、青山くん達は見つかった?」
そう聞かれて来留芽は首を横に振る。残念ながら行き帰りの道で彼等を見かけることはなかった。
「じゃあ、本格的にサボってんのあいつら!」
誰よりも早く噴火したのは上野茉莉花という子だった。一寸法師の背景を担当している中の一人だ。そこまで怒りっぽい印象はなかったのだが、一旦着火すれば爆発するまでが早いタイプらしい。
「まさか、クラス資金を使い込んでいる……何てことは」
話を聞いていたらしい白鳥がぽつりと呟いたが口元は少し笑っている。流石にあり得ない話だと思ったのだろう。しかし、その笑みはすぐに奇妙な形に固まることになった。
「クラス資金の……使い込み? 青山くんが?」
怒気をまとって白鳥のすぐ隣にいた女生徒がゆらりと立ち上がったからだ。彼女は滝詩織……女子の学級委員である。
「いやいや、流石にないと思うからっ! ね、落ち着いてしーちゃん」
滝を見て、慌てて宥めにかかったのは先の怒りを一旦収めた上野だ。彼女に続いて他の面々も声をかけている。来留芽にも目を向けられて、何を言えばいいだろうかと顎に手を当てて少し考えた。
「青山くんについては滝さんの方が知っていると思うけど。流石にクラス資金を使い込むことはないはず」
「……だといいんだけど……」
眉を寄せ、いかにも全面的には信じられませんといった表情の滝の肩に来留芽ポンと手を置いた。
「もう一度探して来るから。これが何か事件に巻き込まれていたとかだったら困るし。先生にも相談してくる」
「うん。お願い」
滝が落ち着いたのを見てから細を探しに向かった。碧瑠璃祭担当教員だから相談相手に相応しい。来留芽が実行委員だということもあって誰も疑問を持たないだろう。考えてみれば確かにこの関係は仕事の方もしやすい。案外、本当にあのくじ引きは意図された結果だったのかもしれない。
「京極先生……細兄」
「どうしたんだ? 来留芽?」
なぜか理科室前にいた細を探し当て、かくかくしかじかと青山達のことを話す。
それを聞いた細は深く溜め息を吐いた。
「青山か……あの問題児共が行方不明? サボっているだけの気もするが」
細は目を閉じると廊下の壁に背を預けた。学園中に散らばっている“目”で確認しているのだ。一人監視カメラができそうな細だが、緊急時にこうして見るだけならばともかく、常時視界に映すことは流石に無理だという。それと、このことについて樹と五十歩百歩だと言ってはならない。きっと口に出した者は痛い目を見ることになるだろう。
細が動き出すまで来留芽はすぐ隣に寄りかかり、待っていた。
「うーん……」
「細兄?」
唸りつつ再起動した細に気付き、来留芽は壁から背を離して窺い見る。青山達の居場所が分かったのかどうか。彼の表情は複雑なものに見えた。
細は来留芽の声に小さく手を上げて反応すると考え込みながら歩き出す。その後を追いつつ来留芽は何か分かったのかと尋ねた。
「まぁ、分かったといえば分かった。旧校舎の近くの茂みで寝ているようだ」
「寝ている? サボっていたってこと?」
「寝ているのは四人共だ。倒れているのか? 少しおかしいな……。とりあえず回収に向かおうか」
この学園の旧校舎はなぜか二宮尊徳像が玄関脇に立っている。そこと新校舎の間にある、見えにくい茂みに青山、小部野、下条、舛田の四人が倒れていた。
「……本当に寝ているだけ?」
「おそらくは」
問題はなぜこの場所で寝ることになったのかだ。彼等が好き好んでわざわざ茂みで寝るとは思えない。
舛田についてもそうだ。彼はしっかり買い出し品の入った袋を握っていたので役割を忘れたわけではないだろう。
彼等が寝る羽目になった何かがあった。これはそう考えて良いはずだ。
細が呼んできた応援(その辺にいた男子生徒とも言う)に抱えられて保健室へ向かう四人を見ながら来留芽は眉を寄せて考え込んだ。
まさか旧校舎が悪戯しているのか。怪談話の宝庫ではあるけれど……。そう思って振り向いた来留芽は二宮尊徳像と目が合ったような気がした。




