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蓮華原市のあやかし奇譚  作者: しまもよう
渡世・古戸伝説
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3 古戸紫 VS. 旧鼠


 未だ、朝露が残っているような午前。しかし、山中は大して日が差すことはなかった。そんな中、紫はまだ新しい()を辿っていた。


「いかにあやかしといえども足跡やら気配やらを完璧に消せるものはそういません。旧鼠は比較的そういった知恵が回る奴ですが……やはり、人に比べれば甘い所がありますね」


 なまじ巨体だからこそ隠しきれない跡。普通の人間なら見つけるのも難しいほど誤魔化してはいるが、紫の目は誤魔化せなかった。

 そして、辿り着いたのはいかにもそういった存在が好みそうな洞窟だった。自然のものか、人工のものか……そこはよく分からないが、少なくとも化け鼠のねぐらではあるようだ。


「迂闊に入り込んで後ろから来られても困りますし……相手があやかしならばいくらでもやりようはありますか」


 結界を張り、罠を張り、ついでに認識を狂わせるように術も掛け……と何重にも対策をした上で紫は暗闇に踏み込んだ。


「……ろ、やめろよ化け鼠! く、来るなっ」


 奥に進むと正吉の声が聞こえてきた。まだ生きているらしい。紫は静かに走り出す。可能な限り存在を鼠に気付かれたくなかったからだ。

 そして、最奥であろう大きい空間の片隅に正吉はいた。彼を守るために紫は呪を放つ。


 バチィッ!


 突然の雷撃に旧鼠はビクッと跳ねた。そして放たれた方向……つまり、この空間の出入り口の方を向く。しかし、そこには何の姿もなかった。紫が旧鼠の視界に映らないように回り込んだからである。


「ね、ねぇちゃん……」

「生き残っているのはあんただけのようね。ちょっとあの鼠を絞めてくる。余計なことはするんじゃない」


 戦闘が控えているこの緊張した場面で猫を被るつもりはなかった。

 二人の言葉が聞こえたからか旧鼠はこちらに向き直る。


『小娘……自ら僕の贄になりに来たか。いや、食べる前に楽しむのも一興』


 グヘヘヘヘと鼠にあるまじき笑い声を上げるその様にこいつは間違いなくあやかしだという認識を強くしたところで紫は馬鹿にしたように鼻で笑ってやる。


「ハッ、旧鼠ごときが私の相手がつとまるとでも? それに、贄を求めるに値するような上位の存在でもないでしょうに。あっはっはっ! おかしくてたまらないわ」

『オノレオノレオノレ……! 僕を愚弄するなんて許さぬ!』

「不似合いな呼称よねー……“僕”、だって。まぁ、さっさと終わらせますか。来い、【茄子(なす)】」


 茄子は紫の式神の一体である。子どもの頃にひょんなことから戦って下して名付けで縛った猫又というあやかしが元になっている。


『その呼び名、いい加減変えてくれぬか? 兄君を逃がしたのは謝るから。っと、今回の相手は旧鼠か。なるほどなるほど……遊んでもよろしいので? 我が主』


 式神の名前はギリギリの実力で下したのでは無い限り術者が任意に変更できる。今は茄子という名前にしているが、もともとはもう少しまともな名前だった。だが、紫の兄がばっくれることができたのはこいつの手助けがあったからだった。その罰として名前を変えたのだ。


「うん。そいつさ、もう数人殺しているのよ。徹底的に貶めてから仕留めちゃって」

『また、容赦の無い……我が主と敵対したのが間違いだったな、旧鼠よ』

『うるさいうるさいっ! 僕の邪魔をする奴は皆殺しだ!』

『……これはいたぶりがいのある』


 いじめっ子気質の猫はニヤァ……と笑って旧鼠と遊び始める。旧鼠からしたらたまったものではないだろうが。


「さて、正吉だったかしら。私達は今のうちに帰りましょう」

「ねぇちゃん。俺もあいつを殴りたい。死んだ皆のためにも……」


 親の敵を見るような目つきに皮膚を破りそうなほど強く握られた拳。それらは正吉の怒りの強さ、恨みの深さを物語っている。


「死んだ皆のためというのは違うんじゃない? ただあなたが鬱憤を晴らしたいだけでしょう。まぁ、手を出すのは禁止するけど、終わるまで見ていこうか」

「え……見ているだけで納まらねぇよ」

「まぁまぁ。……たぶん見ているだけでお腹一杯になるわ。猫は容赦ないからね」


 紫は冷めた目を鼠に向ける。茄子のせいで何もできていない愚か者を。


『ぼ、僕は強いんだっ……へぶっ』

『あ~、そうかい』


 猫パンチ一つで吹き飛ばされる鼠。しかし、あやかしとなって打たれ強くなったのか、ヨロッとしていても闘志は消えていない。


『僕は、主を出し抜いたんだっ……ぎゃっ』

『躾のなっていない馬鹿モンだったのな』


 主に縛られていたのなら主を殺したという鼠はそれなりに損害があったはずだ。


『僕は、敵対する全てをコロスッ……オマエタチモっ!!』


 鼠の雰囲気が一変した。目は血のように赤く、もはや理性の欠片も残っていない。


「茄子! もう一度吹き飛ばして!」

『あいよっ』


 遊んでいられる時間が過ぎた。堕ちたあやかしは危険度が跳ね上がるからだ。正吉を守りながらではのんびりしていることはできない。仕方が無いので強制的に滅することにした。


「妖気奪取そして……火車」


 鼠自身の妖気を利用し、燃やしたのだ。


『ギャアアアアアアァ……』


 そうして、化け鼠は死んだ。いや、もともと死んでいたのだ。封印されている内にあの体はもう鼓動を刻まなくなっていたのだから。主との繋がりを強制的に絶って、生きていられる式神などそういない。

 しかし、そのような事情は被害に遭った人達からすれば関係ないのである。村人達は化け鼠が襲って来やしないかと武器を手に物陰に隠れていたようだが、無事に帰ってきた二人を見て手に持っていた物を放り出して囲む。


「正吉……! よく、よく生きて帰ってきたね」

「ばあちゃん……ウワァァァン……」


 それだけ見届けてから紫は荷物をまとめて去った。報酬としていくらかの食料と割れた封印石の欠片を持って。おばあさんからは気にせずにもう数日滞在しなと言われたのだが、化け鼠のことは早く都の偉い人に伝えなきゃいけないかもしれないからと言って辞退した。


『……なぁ、主。それどうするんだ?』

「なぁに、茄子。当然元の持ち主に突き返すだけよ。封印の仕方もなっていない馬鹿者にね」


 “馬鹿者”の部分だけ吐き捨てるように言う紫に式神は引いた。しかし、気持ちは良く分かるので報復の予約をすることにした。


『そうか……その時に俺様を出してくれよ。引っかき傷の一つや二つ付けたって文句は言わせないだろう?』

「そうね。その時は呼び出してあげるわ」


 そして、行く先々で問題になるあやかしを全て滅してきた紫は目論見通り人々の噂になっていた。それが都に届けば紫の手柄として認めてくれるだろうと思っていた。


「古戸紫。女だてらに良い式神を持っているようだな。こちらに渡すが良い」

「そうだぞ。(かご)(うえ)様の方が有効活用できるというものだ」

「あら、御託(ごたく)もそのあたりまでにしたらいかがかしら。実力に見合っていないものを求めるのは見苦しいですわ」


 紫は無事に都に入り、気が変わったので帝に兄のことを伝えたところ、奇跡的に罰を受けなかったばかりか陰陽寮への立ち入りを許された。そこでその指導者と面と向かって話し合うことができたのだが……聞かれるままあやかし退治の話をしてやった後すぐに理不尽な命令を受けた。手柄を掠め取ろうというのだ。このとき紫のはらわたは煮えくり返っていた。

 ……ふっざけるんじゃないわよ、この禿げ共め!! という叫びをやんわりと遠回しに、良家の子女らしく優雅に、そして確かに毒を込めて言ってやった。


「何だとっ!?」


 言外に込めた「お前など式神を持つに値しない未熟者だ」という言葉をしっかり聞き取ったのかいきり立つ禿げ達に冷笑を向ける。式神の譲渡……貸与ではなく譲渡など、普通の神経をしていれば思いつきもしないし他人に求めることもしない。


「話はそれだけでしょうか? それならば私はこの辺りで退室させていただきますわ。……ここまで頭の足りない方がいるのが陰陽寮とは、大変残念です」

「なっ……!! 女! 帝にも信頼されている我等を愚弄することがどういうことか分かっていないのだな!」

「あなた方こそ、帝直々に手柄を認めていただいた私にそのような態度を取るという意味が分かっていないのではなくて? ……ああ、そうでしたわ。大江様、あなたの未熟な封印の残骸ですわ。私、とっても迷惑を被りましたの。とりあえずお返ししますわ」


 紫は籠上の腰巾着に投げると同時に茄子に許可を出した。やっておしまいなさい、と。哀れ大江氏は禿げ頭に盛大な引っかき傷を生やす羽目になった。その惨劇が起こったときは既に紫は部屋を出ていたので悲痛な声を背中に聞くだけであった。良い笑顔で。

 そして、廊下の曲がり角で運命の出会いを果たす。


「む、すまない……。このようなところに女性が? ずいぶんと……」

「こちらこそ、不注意でした。確かに私は女ですが……それが何か?」

「いや、大した力量の方なのだろうと思ってな」

「まぁ! 見ただけで分かるのですね。先程まで会っていた禿げ頭どもとは違いますわね。あなたは陰陽寮の方ですか? もしよろしければお名前を教えていただきとうございます」

「ああ、これは失礼を。私は渡世慶一朗、陰陽寮には所属していない。話は来るのだがな……」

「私は古戸紫と申します。もしよろしければ、私とともに陰陽寮に準ずる組織を作りませんか? 帝には既に許可をもらってあります」

「それは魅力的な誘いだな。陰陽寮の腐った奴等の下に付くのを嫌がっている若手も引っ張り込むか。代表は私にしておいた方が良いだろうな。女性では舐められる」


 かくして、この時代に初めて渡世と古戸が手を結んだ。彼等の元で研鑽を積んだ霊能者は下手な陰陽寮の陰陽術師よりも腕が良いと言われるまでになったという。しかし、陰陽寮を乗っ取らなかったのは何か思惑があったのか……それは、後生に生きる者達が知ることはない。



 これが話の前半部分だと言って室長が言葉を止めて喉を潤していた。矢島先輩や俺なんかは話に引き込まれていてしばしぼうっとしていた。何か、凄まじい力を持つ超人伝説を聞いている気分だった。


「渡世・古戸伝説を築いた初代が陰陽寮とは違う組織を作り出したから今の霊能者達は全員が協会所属じゃないんだ。夜衆とか常世とか……そういった大きめの組織の存在が許されているのは彼等がその流れを作ったからだと言われている」

「へぇ……室長は一体どこでこの話を知ったのですか?」

「うん? 言っていなかったか? 俺は話に出た籠上の子孫だぞ、矢島。俺の名字は違うが、母親が籠上姓だ」

「ああ、だから……」


 思わず室長の頭に視線が行く。まだ辛うじて禿げになっていないが、その兆候はあると思うんだ。この人も年中苦労しているからな。


「俺は断じてハゲにはならん!! 失礼な視線を向けるな、東野!!」

「ふべっ」


 良い感じに吹き飛ばされた。暴力はんたーい……と言ってもどうせやられるんだろうな。俺の目、口はなかなか迂闊だから。キラリ、と目から星が流れる。



 ――こほん、まぁ、俺はハゲないから心配するな。ああ、根に持ってはいないぞ

 とりあえず、話を続けると、渡世と古戸が手を結んでできた組織はしばらくは勢いがあった。だが、そのうちに武士が台頭してきてその勢いも落ちていった。それは歴史が物語っているから分かると思う。お前達が今所属している団体も古くはそのような苦境に立たされていただろうな。

 ただ、完全に途切れたわけではない。世の中が安定してから細々と繋いでいたものが根を張るようになった。日本霊能者協会が結成されたのもその頃だな。初めのうちは渡世家も古戸家も協会の幹部として存在していたのだが、世界大戦の混乱に乗じて追い落とされてしまった。しかし、めげなかった両者はそれぞれ独立して活動していたという話だ。



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主人公以外の視点他あります
 『蓮華原市の番外』
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