表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蓮華原市のあやかし奇譚  作者: しまもよう
渡世・古戸伝説
36/196

2 渡世慶一朗・古戸紫

 

 翌日、慶一朗は午前に百姓連中の仕事を手伝った後、奥さん方から許可を貰って化け猪の手掛かりを探しに山沿いを歩いていた。傍らには実際に化け猪を見たんだと主張している数人を連れている。


「おらが見たのはこの辺りだなぁ。その藪から覗いていたんだ」

「俺もこの近くだったと思う。何しろあいつはでっかくていまいちどんな距離だったか覚えていないんだ」

「なるほど。確かにこの辺りに気配が残っているな。ちょっとやってみるか。……我が目なりて……」

「おおっ。紙が浮いてるぞっ。あっ、飛んでった」

「今のは一体?」

「少し式神を使っただけだ。山の上の方を探している」

「なるほど。山の中は人じゃ猪探すのに時間がかかるからなぁ」

「そういうことだ。ところで、この近くに神様を(まつ)ったものはないか?」

「そういやぁ、もう少し行ったところに(ほこら)がなかったか? 何の神様を祀っているかは分からねぇが」

「ぜひ案内してもらいたい」

「お、おう」


 村の衆等は慶一朗が不思議な術を使ったこともあって祠に行きたがっているのも何かまた不思議な力を使うためじゃないかとぼんやりと思っていた。それは間違いなく、祠に着いたら慶一朗は酒を取りだし、祠の前に置くと祈りの形でしばし動かなくなった。


「あんた、ずいぶんと熱心なお人なんだなぁ」


 何やら荘厳な空気になって百姓達も思わず祈る。そして、一段落して空気が弛緩したところで慶一朗はそう言われた。しかし、ただ信仰故に祈っていたわけではないので苦笑する。


「神様を信じてはいるが、熱心というほどではない。それに、私の目的はこの御神酒の方なのだ」

「御神酒が目的? なんだ、化け猪がこれを嫌っていたりするのか?」

「その通りだ。今確認できたのだが、化け猪はどうやら悪いあやかしとなっているようだ。そういう奴等は神様の気配がするものを大層嫌う。これがあれば上手く誘導できるだろうな」

「そういうもんなんだなぁ」


 そして、対決の時が来る。慶一朗が張っていたその場所に、化け猪はたった一匹でやって来ていた。


「やはり、神様の気配からは逃げるか。お前は山の主ではないのだろう?」


 誘導された怒りによるものか、奴は怒りも露に威嚇しながらザッザッと地面を蹴っている。戦闘態勢は万全だとでも言うつもりか。慶一朗は受けて立つと宣言するようにニヤリと笑った。それがまた妙に悪人面を強調する。猪もつい一瞬だけ固まってしまったほどだ。しかし、次の瞬間にはそれを恥じるかのように猪突猛進という文字のごとく慶一朗に向かって走って来る。対する慶一朗は不適な笑みを浮かべながら仁王立ちしたままだった。


「何とも男気のある猪だな……だが、悪知恵が働く人間には一歩劣る」


 ズズゥゥウン……と重い音を立てて猪の姿が消え去る。慶一朗の前を見れば大きく深い穴が空いていた。落とし穴が事前に掘られていたのだ。


「悪いな。その命、私がいただこう」


 村に致命的な傷を残す前に化け猪は死んだ。そして、その肉は村で振る舞われ、毛皮は慶一朗が持っていくことになった。

 その後、都までの道中で巨大な猪の毛皮を持つ慶一朗は『大猪の鬼』と呼ばれることになる。実際は人助けをして回っていたのだが、その風貌故に鬼と呼ばれ、関わりのない者から謂われのない恐怖心を向けられることになったのであった。


「『大猪の鬼』ってのはお前か。また悪意のある渾名を付けられたものだな」


 都について慶一朗は親友の元を訪れた。どうやら噂は矢のように早く都に伝わっていたようで、彼を一目見て親友は腹を抱えて笑い転げていた。


「久しぶりに会って初めに言うことがそれか、清牙(せいが)

「アッハッハッ。ああ、そう言えばな、お前に似た時期に渾名を付けられた人物が都を目指しているらしいぞ」

「ほう。どんな渾名だ?」

「『窮鼠をも仕留めし猫』だとさ。悪事を行っている存在は人であろうとあやかしであろうとこう……キュッとやっているらしい」


「キュッ」のところで清牙は筒を持って捻るような動きをして見せた。


「何だ、その比喩と動きは……」

「いやー、どうも実際に窮鼠……旧鼠か? そいつが出たらしい。化け鼠だな。で、そいつを完膚なきにまで叩きのめしたそうだ。……ここだけの話だがな、その全てを行ったのは一人の女子だと」

「ほう、女子がそのような活躍を見せたのか。大したものだ」

「旧鼠を仕留めるなんて普通の人間はできない。その女子は間違いなく僕等のような力を持っているだろう。内裏で会うことになるかもしれないぞ」

「私は内裏に行かなくてはならない仕事を請け負うことはしないぞ。余程のことが無い限りはな」

「しかし、帝は引き入れる気満々だったが。陰陽寮は今あまり良い空気じゃないからな」

「……面倒な」


 さて、ここで話題に出た女性の話をしたいと思う。その女性は伝説を築いた片割れ……初代の古戸家女傑である。その名は(ゆかり)という。彼女は兄の代わりに都へ向かっていた。

 紫が都へ向かわなくてはならなくなったのは全て兄のせいだった。彼女の兄は他者と比べるのが馬鹿らしくなるほど陰陽術師としての腕が良い。しかし、しばらくはそれをひた隠しにしていた。理由は『自分が陰陽術師として研鑽を積んだのは単に妹の抱える呪・呪詛を消すため』だったからである。しかし、何の因果かその腕を帝に見られてしまったという。迂闊すぎるその兄は帝から招致の書をもらうとすぐにばっくれた。


「あの、阿呆兄は……何が『帝の相手は紫に任せた』よ!」


 紫が兄の代わりを勤めることができるのは彼女自身もそれなりに腕の立つ陰陽術師だからである。しかし、兄が仕事を放棄したことを素直に告げるとお家断絶の危機になるかもしれないのでそれについては頑として口を割らないと決意している。


「どうせ私を隠れ蓑に都で呪や呪詛の解き方を研究するつもりでしょう! 私のためとは言え、勝手なことを……!」


 というか、女が表舞台に立つことが疎まれるこの時代に一人放り出してどうしろと言うのか。当然のことながら、女が陰陽寮に入ることは叶わないのだ。


「こうなれば、都に行くまでに私の名を響かせるしかなさそうね」


 古戸家の女は入内などできない。それは先祖代々引き継いでしまう『蠱毒』を身の内に有しているからだ。万が一最も尊い血にその呪いを持ち込んでしまったら……古戸家の者の首だけでは済まないだろう。それ以前にいろいろと厄介なしがらみと反応して都中に悪影響を及ぼしてしまう可能性もある。


「ふぅ……兄が阿呆なことをしなければ今頃私は平穏に過ごしていたでしょうに……」


 市女笠(いちめがさ)を杖で軽く持ち上げ、日を確認する。そろそろ宿泊地を決めた方が良い時間だった。


「……確か、ここから一番近いのはちょうど山の向こう側だったわよね」


 それ以外は今の道沿いを歩いていては日没までに辿り着けそうにない。普通は山の向こうに集落があると知っていても村に着こうとするのは諦めるのだが……。


「山越え、しちゃおうかしら。安心して寝られる場所があるというのは良いことだもの」


 そうと決まれば紫は周りを見回し人影がないことを確認すると早速山に入っていった。

 この時代、人の手が入っていない山はあやかしの住処となっている。紫は襲ってくるものについては容赦なく倒し、それ以外は無視して山を越えていった。そしてようやくガサリ……と藪をかき分け、山向こうの村に辿り着いた。


「ごめんください」


 紫は一番近い家に近付き扉を叩く。


「はい、どなたかね? ……おや、お前さん、藪にでも入ったのかい。葉っぱが付いているよ」

「あら、払ったつもりでしたが……ありがとうございます。あの、おばあさん、今晩泊めてくださいませんか。ご飯は要りませんから」

「ああ、いいよ。でも、ご飯はちゃんと食べなさい。たまたま今日はたくさん作ってあるんだよ」

「まぁ……それは、ごちそうになります」

「うんうん。女の一人旅は大変だっただろう。ゆっくり休んで行きなさい」


 囲炉裏の傍で紫は煌々と燃える火を見つめていた。そしてこれからどう動こうか考えていた。とりあえず、村々で悪さをしているあやかし退治は絶対だ。ある程度の手柄を立てて陰陽寮に……というのは夢物語としても、紫自身が何とかして仕事を請け負える状態になりたいと思う。都はあれで意外とあやかしが多い。そして、金払いの良い貴族が住んでいるので仕事としても美味しい。もっとも、貴族の女性があやかし退治のために働くということには否定的な者が多いので表向きの形式を整える必要がありそうだが。


「……可能ならば霊能者が構成する組織を作って女性の所属を認めさせたいのよね」


 揺れる炎を見つめながら紫はそう呟いた。


「おまたせ。ほら、ご飯だよ。味噌汁はそこの鍋から好きなだけ取って行きな」

「ありがとうございます」


 思考を中断して紫はありがたくご飯をいただく。素朴だが、おいしい。気付けば紫は勢いよく食べていた。


「うんうん。そんなに喜んでくれるなんて、あたしも嬉しいよ」

「そういえばおばあさん、この村は日が落ちてから出歩く人はいないのですね」

「そうさねぇ……最近、夜に出歩いた人が皆行方不明になっちゃったんだよ。だからだぁれも出歩けない」


 それは、妙な事件だった。


「目撃者もいないのですか?」

「二軒先の家の坊主がちらと見たって言い張っているくらいだね。大人は誰も見ちゃいないよ」

「それでいいから教えてもらえますか?」

「ああ……――何でも、巨大な鼠みたいなのが噛みついて掻っ攫っていったのだとか。それだけだよ。信憑性もありゃしない」

「確かにね。子どもの言うことですもの……」


 しかし、紫はお椀に隠して口元を緩めた。早速手柄の当てが見つかったか――。

 翌日になって、紫はおばあさんからもう数日滞在しても良いと言われていた。


「あんた、こんなすぐに出て行くのかい? もう少し休んでいきな。急ぐ旅で無ければだがね」

「そうですね。そこまで急ぐ旅ではありません。では、お言葉に甘えさせてもらっても良いでしょうか。代わりに労働力として使ってください。お恥ずかしながら多少の農作業の心得しかありませんが」

「それは助かるね。作業着はあたしの娘のお古を使えば良いよ」

「では、借りますね」


 もう少しだけ滞在する口実に、初めは遠慮しつつも結局は甘えることになる。正直に言えば人々の共同体の中にいる方が少しの異変も伝わるのでやりやすかったりする。


「あー! ばあちゃん、もう仕事始めてんのかっ」


 紫とおばあさんが作業を始めて少ししたら小さい影が走って来た。どうやらおばあさんの手伝いに来たようだ。血縁関係があるのだろうか。少しだけ目元が似ている気がした。


「お前が遅いんだよ」

「だってさ、見つけたんだよ、俺! デカ鼠の跡をさ!」

「馬鹿言ってんじゃないよ。ほら、手伝ってくれるんならさっさとしな!」

「……ちょっと、待ってください。君、これは一体どこにあったの?」

「麓のでっかい岩のとこだけど……朝、久しぶりに見に行ったら割れていたんだ。これはその欠片」


 男の子が自慢するように見せてきたのは奇妙な模様がある石の欠片だった。これは封印石の欠片だと紫は気が付いた。


「おばあさん、何か知っていますか?」


 石を見つめたままわなわなと震え、農具を取り落としていたおばあさんに向けて紫は問いかけた。


「それは……それは、窮鼠封印塚の欠片だろう!? ああ……何ということだ……行方不明の者達は……まさしく鼠の化物に食べられちまったんだよ!!」

「ば、ばあちゃん?」


 明らかにいつもと様子の違うおばあさんに驚いてか男の子は恐る恐る呼びかける。おばあさんは彼と紫に目をやって声を荒げる。


「こうしちゃいられないよ! さっさと逃げないと……このままでは村全体が喰われちまう! ほら、さっさと逃げる準備をするんだよ! あたし達じゃどうにもできないんだから」


 その時、恐ろしい速さで何かが近付き、少し離れていた男の子をさらっていった。

 紫は咄嗟に呪符を放ったのだが、届かなかった。


「なっ! あれは旧鼠!?」

正吉(しょうきち)!」


 そして、影はすぐさま森の中へ……。気付いた大人達が騒ぎ始め、おばあさんと紫の元に集まりだす。


「お、おい、ばあさん……正吉は、正吉に何があったんだよ」

「さらわれたのさ……ああ、このままでは正吉も食べられちまう!!」

「何だって!? ねぇちゃん、あんたも見ていたんだろ? 詳しく教えてくれ」

「あれは旧鼠というあやかしです。草であろうと動物であろうと……人であろうと何でも食べてしまう」

「っじゃあ、正吉も……!」

「そうだ。食べられちまう。あたしはあの化け鼠を追うよ。あたしが代わりに食べられれば少しの時間が稼げるだろう。そうするしか助ける手立てはない」


 死を覚悟した目でおばあさんが宣言した。そのあまりの内容に集まってきた人達は絶句しているが、他に手は考えつかないこともあってか反論は聞こえてこない。


「あたしは行くよ。急がなきゃあの子が食べられちまう」

「ばあさん、だが……」

「あの子はあたしの孫なんだ!! そうなんだろう? 見捨てられるわけがないだろうよ!! 娘夫婦も化物によって殺されて……孫もあいつ等に殺されるだって!? あたしはっ、そんなこと許しゃしないよ!!」


 村人達は誰も引き留める言葉など持たなかった。彼等だってそれが一番確実だと分かっていたからだ。しかし、今この場所には村人ではない人間がいた。


「おばあさん。私に任せてくれませんか?」

「何を言うんだい……死にたいのかい!?」

「まさか。でも、私はああいったモノと戦う術があるんです。実は、これでも私は陰陽術師の端くれなんです。……旧鼠ごとき、楽に滅ぼして見せましょう」


 怒りの炎を瞳に浮かべてそう言った紫に気圧されて村人達は一歩引いて黙り込んだ。


「あんた……あんた……嘘じゃないんだね? 女だてらに一人旅していたのは……」

「陰陽術師の術を有していたからです。どうか、ご心配なく。あの男の子を助けて見せましょう。皆様は万が一こちらに化け鼠が逃げてきたときに備えていてください」


 ――もっとも、そのような状況にさせるつもりは毛頭ありませんけれど


 ギラギラと獲物をねめつけるような目をした紫に村人達は粛々と従った。あれだけ猛っていたおばあさんでさえも毒気を抜かれてしまったように弱々しく「頼むよ……」と呟くだけだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
主人公以外の視点他あります
 『蓮華原市の番外』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ