「変わる紫陽花」
さあ、ラストでディスり大会(笑)です!
「さて、どういう状況なのか、時間も迫っているからサッと確認してしまおうか?」
天守家、当代当主・天守襲が小広間の上座に座って、軽い調子で言う。
その横には妻である瑞季が座り、その少しずれるように下座に次座夫婦。
下座に向かい三座夫婦、四座夫婦と座りその後ろに使用人や女中が座わる。
そして、先程一時的に行方が分からなくなっていた次座夫人たる南月に向かい、当主ではなく母の様な空気で微笑んで瑞季が声をかける。
「緊張しないで?嫁入り直後何て不安定なものなのだし。第一こんなカチカチな家なんだから。」
そういうと、フッと空気が引き締まり全体を見渡す。
「この家の嫁に関する問題は、男衆を当主が取り仕切るの同様でその妻たる私に咳と決定権があります。いわば取りまとめの女性版というところね?」
最後の口調だけならおちゃめな気もするが、その空気は冷たい。
そのまま南月の方を再び向くと瑞季は口を開く。
「さて、次座夫人。どうして今日という大きな催しのある日にこんな事をしたの?」
冷たい印象ではあったがした事がした事であり、瑞季の立場上はこうなるだろうと、南月も思っているらしく、少し時間を置き落ち着いたのもありしっかりした様子で口を開いた。
「控室にいた時、紗奈さんに少し話があると言われました。場所も縁側でしたし。そこで「この『御目見えの宴』で嫁認定されない場合は離縁もある」といわれました。どうせ嫁ぎたくなかったなら、出なければいいから。紗奈さんと旦那様の噂通りだから気にせず出ていけると。そういう“しきたり”に則った決まりがある、と。“噂”の事もその準備段階だったと。」
そこまで言って、南月はそのまま『御目見えの宴』が終わるまで隠れていようと発見場所まで歩いたという事を告げて、異常これがあった事としたことだと告げて黙った。
瞬間、対面していた紗奈の声が飛ぶ。
「ちょっと!お姉様!あなた、勝手なこと言わないで頂戴!そもそもやる気がないでしょ?花嫁!だからいなくなったんでしょ!人のせいにしないでよ!」
「黙ってくれないかしら?」
その声を瑞季の声が制したが、紗奈はそちらを睨みつけて口を開く。
「当主でもないあなたがどうしてそんなに偉そうなんです?そんなやる気のない人、ほっとけばいいのに!」
思い切り向き直り、身を乗り出そうとしたので隣の朝斗が止める。
「先程当主からありましたが、嫁の問題など、当家の女性側の問題の際はすべては私の管轄です。この場合は、こういった事を含む要件は私がすべてにおいて権限があります。黙りなさい。」
「な・・・!」
「あと、これから聞く事にきちんと答えなさい。三座の妻・紗奈。貴女、さっき言った事と随分違うけど?何かしら?『御目見えの宴』に出ないと離縁?それに“噂”?」
厳しい調子で言えば、紗奈の方は罰が悪そうに黙り込む。
だが、瑞季は一旦黙ると、南月の横の蒼耶の方に向き直る。
「蒼耶さん、この“噂”についてはさきほど確認を入れてもらった通りだけど、実際のところはどうなのかしら?」
「全くのデタラメだ。そもそも、南月が聞いたという会話だが、実際の会話は少し違う。」
―――
その日、次座・蒼耶は休憩時間に別件で別館へ向かった帰りに、庭で呼び止められる。
その声は、先日妻に狼藉を働いたとされる女のものだった為、即座に苛立ちを感じたが、虫も出来ないので振り向くとその女は先日の事で重要な話があるといい呼び止めるのだった。
「蒼耶さん、実直に申し上げますと『歓談の宴』でしでかした使用人はこちらの使用人の方数名と共謀しているみたいなんです。しかもまだつながっているみたいで、今後も奥様に何があるか分からない状況みたいなんです。」
訳の分からない話だし、そんな事がある筈もない。
「馬鹿な、そんなことがある筈がない。」
冷ややかに言い返すが、実際は古参のものや一部の者を除くと多くは分家上がりのものも多いのがこの家の使用人事情である。
全くを否定も出来ないので、一応聞いておこうと続きを促す。
そんな蒼耶にすまなそうな様子で口を開く紗奈。
「それが、その使用人がよほどいい条件を出したみたいで・・・。ですから、1度彼らを納得させるためのお芝居を打とうかと思っているのです。」
「芝居?」
要するに、実家に望む報告が行くように芝居を討とうという誘いだという事だ。
そんなまどろっこしい事をしなくても、通達をすればと伝えると、穏便に行けるならそちらにしたいと言い出す紗奈。
そしてその提案というのが・・・。
「私と蒼耶さんが親しく有効な関係。そう、友人であると思わせて見せて、それ以上でも以下でもないと思わせて、奥様から注意をそらすのです。1度それを見せつけてしばらく間を置けば、そういう連絡がいくみたいで。そうすればもう奥様にも何も起きませんわ。」
そんな簡単なものなのかとも思うものの、この女の実家の気質は案外そういった感じだという事は知っていた。
「1度・・・。」
その1度で南月に危害が行くことはなくなる。
こんな女と交友関係があると思われるのは非常に不本意で腹立たしいが、自分が1度こらえればいいというなら仕方ないのかもしれないと、無理矢理思うのか・・・?
「ねえ、蒼耶さん。悪い話ではないでしょう?」
「・・・。」
自分が友人とするにも、あまりにも気が乗らない。
だが、穏便に事が運ぶなら致し方ないと紗奈を見て浅く頷く。
それを見た紗奈はにっこり微笑むと、若干冗談交じりとも見えなくもない調子で口を開く。
「そうそう、お礼としてはぁ、ワタシでどうかしらぁ?夜、奥様と何もないんでしょ?嫌々嫁いできたんだし。満足させて差し上げますわぁ。ですから、おつきあいしてくださいなぁ。」
次の瞬間にはバカな話を、と睨み黙らせる。
「・・・礼うんぬんかんぬんはいい。1度でどうにかなるのか?」
「ええ、大丈夫ですわ!でわ・・・。」
一気に再び明るい笑顔を向けてその腕に巻きついていくが、サッとよけて冷ややかな視線を向ける蒼耶は唯一の疑問を口にする。
「そんな事をして貴方に何の得がある」
あら何言ってらっしゃるの?という風な顔をしながら、しなを作りながら近寄るが再びよける蒼耶。
しかし、気にもせず続ける。
「ワタシもこの家でいずらいのが嫌なだけですわ。」
「考えさせてくれ。」
ウフフッという声がしたがその時にはその場を離れる蒼耶だった。
―――
「というのが、その日のやり取りだ。」
ただし、夕刻いきなり現れてしがみついてきたので払ってそのまま「ふざけるな、その話はやはりなしだ」と突き放して自然消滅したという。
ただ、その短い間に目撃者が出るように使用人を呼び出すなどしていた事と、勝手に吹聴しまくり、目撃した使用人は明白な証言ではないが「あの時の?」という事をにおわせてしまった為、思わぬ形で“噂”が広まってしまったようだ。
「まあ、どれだけの名家でも娯楽にも乏しい田舎生活じゃあ、噂が面白おかしくなりそうだけど、趣味は悪いわね?」
聞いた話を加味しながら紗奈に視線を向ける瑞季。
その話を聞きながら口をパクパクさせている紗奈だが、この時誰もが「どうしてばれないと思ったのだろう」と内心呆れていたのは言うまでもない。
そんな中、ポカンとしていた南月が「そう、だったんですか・・・」とつぶやいたのが聞こえた蒼耶がハッとして振り向き覗き込みながら口を開く。
「ああ、その・・・すまなかった。あの後余計な事をするなといいに行ったのだが・・・。」
説明と報告をください旦那様、という声が女中3人から呟かれ、それを背中に受けながら「すまなかった・・・」とつぶやき返す蒼耶。
それに対し「こいつはこういうやつだったなぁー」と襲が内心思い、周りを見ると妻を含む兄弟たちも似た様な顔をしていたので「どうする?」な空気になる。
「私が、妻のままでいいんですか?」
そんな中、南月の少し遠慮がちな声が響いた。
目を見開きながらも同時に応じるように口を開こうとする蒼耶だがかぶせ気味に瑞季の声が響く。
「言いも何も、貴方は天守家次座・蒼耶の妻よ?彼に望まれて妻となっているの。」
他はないわよー、と言いつつ微笑む。
そんな瑞季から蒼耶の方へ顔を向ける。
すると、若干タイミングを取りやがってとは思いつつも口を開く蒼耶が視界に入った。
「俺は最初、なぜだか分からないが、南月が名乗った時、惹かれたんだ。だから、最初から望んでいたし、その後は・・・その、更に惹かれたんだ。だから、南月が妻でいてくれなければ、困る。」
最後のあたりは低い声がさらに低くなって聞きにくくなったような気はしたが、そんな事よりも・・・。
「私、そんな風に思われた事が、なかったのでいつも優しかったのも義務だからだと思ってました。」
その言葉にその場のほとんどの者がぎょっとした様に目をかっぴらいて固まるが、南月はそのまま続ける。
「だから私も、義務を果たさなくてはと思っていました。でも・・・。」
「でも?」
促す蒼耶の声に震えていた声を落ち着かせるように一泊置くとゆっくり話し始める。
「先程、紗奈さんに離縁の話を聞いた時や、庭で会話を聞いて、喪失感の様なものがあって、今までもどうにもならない事は仕方ないって諦めて、次に進んで来たのに。でも、今回は、旦那様のとこからは、離れるのはつらいと思いました。そうしたら、辛くて・・・。」
そのまましりすぼみになったセリフの後俯く南月。
その先を促すような事をせずに見つめている蒼耶。
だが、そこでその場にふさわしくない声が響く。
「だったら!とっとと、どこか行けばいいじゃない!いつも通りに!」
一同、何言ってんだコイツな目でそちらを見る。
勿論それは。
「紗奈・・・。」
隣に座る朝斗が天を仰ぎたくなるのを我慢して呟く。
しかし、紗奈はそのまま立ち上がり南月の前までずんずんと歩いていき声を張り上げる。
「大体、ろくでもない家庭に生まれた年増が何でこんなイケメンに望まれてますみたいなことになってるの?相応しくないのよ!ババアはとっとと退場してくれない?選ばれたとかうぬぼれてんじゃないわよ!」
うわっという表情になる男衆。
しかし、紗奈は止まらない。
「女の価値は家柄と若さと美貌よ!何も持ってないアンタは身の程をわきまえなさいよ!離縁されなさいよ!」
「しないな。」
静かだが良く通る声が次の声を遮った。
紗奈も声の主に驚いたような、何でそんな事を言われたか分からないという風に凝視する。
そこには涼やかに凛としたまま愛妻を腕に包む蒼耶が見据えていた。
「俺は南月を愛している。多分あの瞬間。『対峙の儀』の時に、声を聞いた瞬間にひかれたんだ。他はあり得ない。」
「そんなの・・・!」
「そもそも、義務云々も含め、必死に手習い等に励み、努力し、方向はあれだが、前向きな彼女とお前のような女・・・。身の程をわきまえるのはお前だ。」
何か言おうとする紗奈だが、そんな暇はやらんとかぶせ気味に畳みかける。
静かな口調だというのに。
それに続くようにスッと立ち上がり、「発言、よろしいですか?」というは、四座・妻である美鈴だが、瑞季がゴーサインとばかりに頷くとそのまま口を開く。
「そもそも、お姉様が一般の出である事をにおわせてらっしゃいましたが、貴方の家はどういう教育をしてらっしゃるのです?手習いが初めてであるお姉様の方が明らかにすべてをこなしていらっしゃいますよ?何より、この天守家の嫁とされる場合、選ばれる時点で血筋は相応とあるのですよ?」
そんな事も分からないの?と言外に見つめ下がって座ると、横で厳樹が小さくサムアップする。
この時点で、紗奈は言い返せず悔しそうにしているが、追い打ちとばかりに「いいかな?」と襲が瑞季に了承を得て「注目~」とばかりに緩く手を振る。
何だろうという感じと、ムッとした感じの視線が集まる。
それを確認した彼は何かを思い出すように口を開く。
「先程の『御目見えの宴』に出られなかったから離縁がどうのとかいう“しきたり”についてだが、あれは事実であって、事実じゃないという事を話しをしようか?」
***
いやー、古い話で忘れるところだったな。
しかし、逆に当主での私は当家であった事は一通り把握しているのに、それでも思い出すのに時間のかかる内容を知る使用人がいるなんで、驚きだ。
まあ話を戻すと、確かにずいぶん昔に『御目見えの宴』に出ない事で離縁となった例はある。
その話としては過去、別の兄弟の妻が他の男性と親しい関係になった際に、その噂が当主陣の耳に入り、その反抗の意味で『御目見えの宴』に出ないという事があった。
離縁に繋がったのがその話だ。
まあ確かに、嫁候補が複数いたのに時代的にも権力的な重さが違う時代に家柄で若干強引に決めてしまった婚姻だったので、候補が他にもいたという事で花嫁の入れ替えがあったという。
ただし、それは花嫁適任者が多かったが故で、今回のような人数ギリギリの場合は『御目見えの宴』に出ないくらいではいくらなんでも無理だ。
まあ、「別の男性と」という形を作るべく、外堀を埋めようとしたあたりは、当時したらしいが、それは本当にそうだったことからだし、兄弟での婿と嫁同士でというのではなく、まったく違う立場の者という事だからさらに成立条件が違うのは言うまでもないんだが。
本当にどこで何を間違えたのだか?
***
話を聞いて歪みにゆがめた顔で下を向く紗奈。
その様子を横目で見つめる朝斗。
勿論冷ややかな視線である。
周りもそうは変わらないが。
そうしているうちにいきなり南月の方に顔を上げると同時に睨みつける紗奈。
「・・・。」
「何でよ・・・。」
黙って何を言われるのかと、身構えていた南月にうめくような声が向けられた。
次の瞬間いきなり立ち上がって足を鳴らしながら紗奈が叫び出した。
「何でよ!ただ血筋しかないババアが何で私より愛されるのよ!子供だって年寄りには産めないでしょ!?家族もろくでもない!なのに何なのよアンタは!」
言い終わると同時につかみかかったのだが、すげなく蒼耶に守られ交わされ床に倒れ込み、朝斗に抱え込まれ、なおわめく。
だが、その時ぽそっと、場違いな調子の声が響く。
「いや、君の方がよほど老け込んだ婆さんじゃないか?」
振り向く紗奈。
遅れてそちらを向く一同。
そして声の主は・・・。
「あら、私も同意見ですわ。」
賛同する実鈴とその夫。
四座・厳樹だった。
「え?何?おかしいこと言った?南月姉さんの方が若々しくってかわいいと思うけど?」
当然の様にシレッと言ってのける。
「第一さ、何なのあのケバメイク。センスも悪いし、それにそれ続けすぎて肌ボロボロだし、同じように盛りまくりのメイクしてるのに美鈴はそんな事全然ないよ?」
同意は?という様に妻を見る厳樹。
その視線の先の美鈴を見た一行も「あ、ホントだ。メイクしてても分かる」と内心思って頷いてしまうほどに違う。
まさに肌綺麗で、扇子あるを体現している。
本気で何これである。
「もうセンス云々じゃないでしょ?そんなん、よほど性格よくないと、蒼耶兄さん相手にしないよ。」
呆れたようにトドメを刺し、お手上げポーズをとるのであった。
さて、この後どうなったかというと、流石に紗奈のした事はどうしたものかという話になり、紗奈自身が『御目見えの宴』に出られず離縁されたようだ。
その影響で三座である朝斗の妻の座が空席となったものの、当主夫婦の嫡男で甥御に当たる雅人の教育係であるという事で数年待ち、候補となる女性が適齢に達してからという事になるのであった。
まあ、かなりの年の差婚となったのは言うまでもなかったのだが、この話が出て1番に飛びついてきた少女で、何でも初恋だったそうだ。
「南月?」
縁側に佇み、膝の上の猫を撫でる南月に座敷から現れた蒼耶が歩み寄り隣に腰かける。
すると、膝の猫がおりて「もー、横座んなよ」とばかりにしっぽをテシテシと叩く。
その様を見て「本当に空気の読める猫だな」などと思いながら横に座りその肩を抱く。
「・・・何かありましたか?」
「いや。」
言いながら、新たな命の宿る妻のお腹に微笑むのであった。
今までありがとうございました。
この作品はここまでとさせていただきますが、
もしかしたら、この天守家の別の時代のお話が出せるかもしれないと思いながら、
完結とさせていただきます。
他の『本編前前夜祭シリーズ』もありますので、よろしくお願いいたします。




