The one scene of the unusually snowy day
訳:珍しく雪の日の一場面
「お、雪だぁ!」
藤沼翔は窓を見るなりそう言った。この地方では、雪が降ることは滅多にない。庭を見てみると、既にある程度積もっていた。確か、今日の予報は雨のはずだったけど。
テレビではこの天気を大変予想外のものとして報道していた。
『昨晩から振り続けている雪は、本日いっぱいまで降ることが予想されています』
アナウンサーの言うことを聞きつつ、ジャムを塗ったトーストにかじりつく。
『今日は防寒防雪対策をしっかりして出かけるのがよろしいでしょう』
土曜日であったが彼が受ける入試も全て終わったことなので、もう学校に行く必要はない。ただ、今日はある約束があるのでここまで早く起きたのである。
「翔、今日はどこかに出かける予定があるの?」
「ああ、友達と遊びに行くんだ」
翔の母親の声に、彼は答える。
「入試が終わったからって、勉強怠けちゃ駄目だからね」
「分かってるって。よっとぉ、行ってきます」
翔は白銀の世界へと飛び出した。
(うう、寒いなぁ)
島津陽正が駅にいた。彼は今日は数学関係の専門書を買いに駅前にまで来ていた。
(予報では雨だったのに、雪とは……)
どうも、雨だったことに多少腹を立てているようだ。そこに、ふと視界を横切る人がいた。翔であった。
(あれは確か、陸上部の藤沼?)
雪で地面が滑りやすいのに、トップスピードスレスレで走っている。さすがは陸上部というべきだろうか。
(……いいや、今は早く本を買って、熱い紅茶でも飲みたい)
そんな幸せを想像しながら、陽正は本屋に入った。
「悪い、遅くなったぁ!」
翔は目の前の人物にそう言った。近衛素直である。
「お前は、よく毎回毎回、遅刻寸前で来れるな」
どうやら毎回のことらしく、素直は呆れていた。
「いやぁ、だってさ、駅前である人に会ってさ、話が盛り上がっちゃってさ」
「ふ~ん。さてと、風邪引いちゃうから、さっさと移動しようぜ」
彼がボケに走りそうになったのを察知した素直は歩き始める。
「あ、待ってくれよ、近衛ぇ!」
遅れて翔は駆け出す。
「にしても、早く暖かいコーヒーでも飲みたいよ」
近衛はボソッと言った。そのとき、彼らの目の前に二人の女子がいた。
「あれ、辻本さんに遠藤さん、お早う」
元サッカー部のマネージャーの辻本紗織。そして元陸上部のマネージャーの遠藤裕美。二人がマフラーを首に、コートを羽織っていた。
(そういえば、遠藤さんは確か近衛が陸上をするきっかけを作ったらしいけど。 本当のところ、どうなんだろうか?)
翔は一瞬思考の回路を働かせようとしたが、今は考えるべきことじゃないと思い、ストップさせる。
「そっちも、素直くんに藤沼くん、どうしたの?」
裕美が訊いてきた。
「あ、いや、これから遊びに行くんだけど。そういう遠藤さんたちは?」
素直が多少顔を赤くして答える。
「私たちは、これからショッピングよ。勉強勉強で遊べなかったしね」
紗織が答える。
「そうか、それじゃあ」
素直はそっけなく歩き出す。
「っと、それじゃあね、お二人とも」
翔もその後について行く。
「にしても、あの二人はどこで遊ぶんだろうね、裕美?」
「素直くんのことだから……大方ゲームセンターとかじゃないかなぁ?」
紗織の質問に曖昧に答える裕美は、素直たちが去っていった方向を見ていた。
「そういえば、裕美って、いつから近衛くんのことを下の名前で呼んでいるの?」
「え、う~ん、ごめん、忘れちゃった」
勿論それを鵜呑みするほど紗織は馬鹿ではない。あの噂のことを話してくれるキッカケにならないかと思ったうえでの行動だったが、見事に逃げられてしまったようだ。だが、その場ではそれ以上は敢えて深入りしない紗織であった。
「さてと、それじゃあ、遊ぼうか」
案の定、彼らはゲームセンターに来ていた。
「久しぶりだけど、絶対にお前に負けない!」
対戦型格闘ゲーム。ほんのわずかな差で勝負に決着がつくと言われるほど、シビアな世界である。
「勝負!」
二人は同時に叫んだ。外では雪が相変わらず量を増やしつつ降り続く。対して、ゲーセン内ではその熱気は凄まじいことになっていた。レバーがぶつかる音、ゲームの音、人の音……。それらが混合し、人々を刺激する。翔も素直も、その刺激に動かされていた。
「だぁ~、負けたぁ!」
翔は叫んだ。
「これで、連敗記録がさらに増えたな」
素直はケロッとした顔で言った。
「ちっくしょうめぇ、もう一回勝負だ!」
「何度やっても結果は同じさ」
結局。
「全戦全敗……だと。どれだけ俺は弱いんだ」
翔は素直に全負けをした。
「まぁ、俺なんかよりも新井の方が十倍強いからな」
新井浩太。素直の友人で、最近紗織と付き合い始めたらしい。まさに、現在の彼は雪が降るこの時期でも春真っ盛り状態なのである。そんな彼はサッカー部を選手として、今年は全国ベスト16にまで導いたようだ。
「新井って、そんなにゲーマーなのか?」
「いや、やつはこのゲームだけは得意中の得意なんだ」
一度手合わせ願いたいものである。そんな風に翔は思っていた。
「さてと、お腹空いたから、どこかに食べに行こうぜ」
素直の言葉に彼もうなずく。
一旦ゲーセンから出ると、凍てつく風が彼らを切り刻みにかかる。そのあまりの冷たさに、暖められた体から急速に体温が抜けていく。
「うぉお! いくらなんでも寒いぞ!」
「我慢我慢、高校三年生なら我慢できるだろ?」
そういう問題じゃないと思うけど……。だが、素直は何も言わなかった。
ともかく、次の目的地は飲食店である。
「ギ・ラブカにでも行こうぜ」
定番イタリアンファミレス『ギ・ラブカ』。値段も手ごろなので彼らはよく利用する。中に入ると、暖かい空気が彼らを取り囲む。さすがに昼時なだけあって客の数は多い。微妙に席も空いていないように見える。
だが、素直は何かを見つけたようであり、ある席に向かう。
「島津じゃないか、珍しいな」
そこには数学の専門書を買いにきていた陽正が紅茶を飲んでいた。
「近衛に、藤沼。お前らもどうしたんだ?」
専門書から目を離さずに、陽正は言った。
「いや、ただ飯を食べに来ただけだけど」
「そうか、相席なら構わないぞ」
「それじゃあ、遠慮なく座らせていただきます」
そういったのは翔である。
「お前……まぁいいや。 ありがとう、島津」
「いえいえ」
そのとき、また誰かが入ってきたようだ。見ると、浩太だった。
「あれ、新井じゃないか!」
翔は思わず大声で叫ぶ。浩太もさすがに気がついたようで、彼らのところに向かう。
「よう、なんだか豪華なメンバーでどうしたんだ?」
「偶然揃ったんだ、他に理由はない」
陽正は相変わらず本を読んでいる。
「相席してもいいのか?」
「構わないと思うよ、俺たちもそうだったし」
素直が言った。その言葉を受けて、浩太は席に座る。外は相変わらずの雪。
「にしても、珍しく雪が大量に降る日だなぁ」
翔が呟いた。確かに彼の言うとおり、ここまで降る日は珍しく、記憶が正しければ五年ほどなかったはずだ。陽正はそんなことを思っていた。
「もうすぐ、卒業か……」
浩太がポツリともらした。
「これからの進路もみんな違うし、こうして揃うのも最後かもな」
浩太の言葉に、翔、素直、陽正は黙った。やはり、何だかんだで彼らは仲が良いという証拠なのかもしれない。別に最初から仲が悪かったわけでもないが。
「またさ、こうして会えばいいだろ?」
「島津?」
意外なことを陽正が言った。すでに専門書をしまっている。
「そうだな」
素直も同意する。別に卒業したからって、会えなくなるわけではない。暇な時間に会えばいい。それは、社会に出てからも同じ。
「それじゃあさ、これから遊びに行かないか?」
翔が提案した。
「ああ、いいな、島津も付き合うだろ?」
浩太が訊いた。
「いいだろう、たまの息抜きにはちょうどいいな」
「よし、決まり! 飯食べたら行こうぜ!」
外では雪が舞い降りている。だが、やがては積もった雪も融けて、水になる。
それは、春の訪れ。そして、卒業の時期。
ゆっくりとだが確実に近づく時間。だが、彼らの絆は永遠であろう。
いつまでも。いつまでも。
終