A free and busy school festival
訳:暇で多忙な文化祭
(熱い!)
汗が噴出す。
風が後ろへ走る。
(遅い!)
もっと速く。
視線の先には、届かないゴール。
何も考えられない。
何も得られない。
ただひたすら限界を目指し、超えるために走る。
(後、もう少しっ――!)
だが、そこで彼はつまづいた。
そして、これを最後に彼は走りを辞めざるを得なくなった。
それから、いくつもの季節を過ごし、いくつもの体験をした。
近衛素直は、現在は走れるようになっていた。何が、彼をそうさせたのかはここではあえて語ることはしない。
だが、確実なことはひとつだけある。それは、最後のインターハイで優勝を飾った彼に襲いかかった暇である。彼はひたすら勉強をして、普通に大学を受験するつもりだった。しかし、優勝した彼を実業団は放って置くことはしなかった。つまり、スカウトをされたのだ。走ることを続ける決意をした素直は、某T企業の実業団に返事を出したのだ。なので、勉強に費やすはずの時間が、暇になってしまったということである。
とはいえ、それなりには勉強はするが、受験生ほどではない。かといって、トレーニングを適切な時間以上にやるつもりもない。なので、二学期に入ってからはただ授業を真面目に受けるだけになってしまったのだ。
(この暇な時間を、ワクワクするような時間に変えるような事ってないかなぁ……?)
いつもそんなことばかり考えている日々が、二、三週間過ぎ去ったある日の放課後。
『美しが丘高校文化祭、もうすぐ開幕!』
そんなことが書いてある紙が学年掲示板に貼ってあった。
「そうか、もうすぐ文化祭だったか」
当然、受験生である三年生は文化祭に参加する義務はない。だが、その例外の彼は暇である。
(よし、文化祭、各団体を回ってみようか)
そう思っていると、後ろから誰かに背中を押される。
「どーした、そんなに掲示板じっと見てさ?」
彼の部活仲間の藤沼翔だった。彼は長距離走が専門だが、惜しくも県大会で無念の敗退をしていた。
「いや、文化祭、行こうかなって、思ってさ」
「そっか、俺は勉強するつもりだから、行かないや」
彼は惜しむ様子もなかった。本心では行きたいのだろうが、それを隠す彼の気持ちを察して素直は何も言わなかった。
「ま、お前だけでも楽しんでいけよ、インターハイで優勝したんだし」
「それは関係ないって……」
そう、こんなに暇になることが怖いことだとは思わなかった。部活中は忙しかったので、暇になりたいとあれほど願ったのに。多忙に身を置くことで、人は暇という堕落から避けているのかもしれない。
だとすれば、人はどうして暇になりたがるのだろうか。
「おーい、近衛? 大丈夫かぁ?」
「あ、ああ、悪い、ちょっと考え事をしてて……」
「しっかりしなよ、インターハイで優勝して気が抜けているんじゃないだろうな?」
気が抜けているのではない、考えていないと不安なのである。まるで風船のように不安定に飛ぶ自分は、いつ破裂してもおかしくないのだから。
「違うよ、そうじゃないって」
「なら、彼女でもできたのか?」
「そ、それも違うって」
多少ドキリとしたが、それとこれとはまた別の話だ。
「なら、風邪か?」
「だから、考え事だって……」
「なら――」
素直は初めてカラスの鳴き声に気がついた。窓を見ると、日が暮れかかっている。
「なら、昨日見ていたテレビのことを――」
「いい加減にしろ、勉強しなくていいのか、お前は!」
とうとう素直は突っ込んでしまった。だが、別に翔は気にする様子はない。そこに、新井浩太がやってきた。恐らく、図書館で勉強をしていたのだろう。
「あれ、近衛に藤沼じゃないか、どうしたんだ、こんな時間まで残ってさ」
「い、いや、別に、何と言うこともないけど……」
本当のことを言うわけにもいかず、ただはぐらかそうとする。ところが、翔はごく自然に浩太に言った。
「最近の日本社会について少々議論していたら、いつの間にかこんな時間になっていたんだ」
(そ、それは無理があるぞ……藤沼)
素直は心の中でそう思った。だが、別に浩太は気にしていない様子だった。翔が少し変なのは、誰もが知っていることなのだから。
「そうか、んじゃ俺は帰るからな、じゃな!」
彼はそう言うと、荷物を持って立ち去った。
「また明日な」
「じゃな」
そして、廊下はまた静かになる。
「それじゃあ、俺たちも帰るか、近衛」
「ああ」
なんだか妙に疲れる時間だった。
さてと、どこまで考えたんだっけ。
素直は自室のベッドに寝転がると数時間前に考えていたことを思い出そうとする。そうだ、『暇』について考えていたんだった。暇であるということは、外的な衝撃がない状態なんだろう。ストレスとか、プレッシャーとか、電話、メール、仕事――。それらが一切取り除かれた状態。それが『暇』なんだろう。
確か、エミリー=ディキンスンという詩人の詩にもあったし。それによれば、独りで自己と直面することが怖いらしい。本当の自分と向かい合ってしまうこと、それを人は恐れる。
練習最中も、自分のタイムと常に向かい合っていたことを思い出す素直。暇とは、自分を見つめ、客観的にも主観的にも分析する時間だ。そのさい、本当の自分を知るのが怖いのだろうか。
そういえば、新井の親友の島津陽正と話したとき、こんなことを言っていたな。
『人間というのは、他人のことはよく見えるのに、自分のことになると見えないだろ?』
『そういえば、そうだな。なんでなんだろう?』
『それは、人間が自分自身から逃げようとしているからじゃないか?』
自分自身から逃げる。では、それから逃げ去った後で残るものはなんだ。肉体……だけなのか。それとも何か別のものか。
だが、自分自身から逃れる方法などあるのだろうか。否、恐らく――いや絶対ないだろう。
「はぁ……それじゃあ、やはり多忙であればいいのだろうか?」
そうは思ったが、やはりどうしても抵抗がある。人は暇がいいのか、多忙がいいのか。果たしてどちらがいいのだろうか。
『既存の意識を解き放ち、再構築する』
『それから構築された意識は純粋なソレであり、無限の意識を紡ぎ出す歯車となる』
ふと目を覚ます。朝の四時だった。早起きな素直もまどろむような時刻だったが、今日は冴えきっていた。
何かすごい閃きが一瞬だけ駆け抜けたからである。しかし、それがなんだったのか、よく覚えていないことが残念である。ともかく、昨日まで考えたことを陽正に話そうと思った素直であった。
ちなみに、文化祭は去年と同じように成功したらしいが、素直は結局家で過ごしたのだった。
終




