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In interval of the youth and love

訳:青春と恋愛の狭間で

「新井君、大丈夫?」

「ん?」


 彼の名前は(あら)()(こう)()。所属する部活はサッカー部。

 そして、今彼に話しかけてきたのはサッカー部マネージャー。名前は(つじ)(もと)()(おり)。むさ苦しいサッカー部において、天使のような存在である。

 だが、浩太は他の部員ほど彼女には憧れを抱いてはいない。彼は今サッカー部を県大会で優勝することしか頭になかった。なので、恋愛だとかそういう甘い感情はなるべく今は排斥している。今度の大会で引退となってしまう三年生の自分たちだから。


「大丈夫って、何が?」

「だって、そのスパイク、ボロボロじゃない」


 そう、彼女の言うとおり、浩太のスパイクはボロボロだった。なぜなら、一年生のときから使っているスパイクだからである。当時の少ない小遣いで買った、自分の宝物。それをここまで使えるのは、おそらく自分だけだろうと、浩太は思っていた。


「いいんだ、これは俺の宝物だから」

「でも、危ないよ、万が一怪我でもしたら……」


 紗織は必死に訴える。だが、浩太はこのスパイクを使い続けると、頑なに紗織の意見をねじ伏せた。



 そして、その日の部活が始まった。もうすぐ県大会ということもあり、練習はいっそう激しいものだった。特に試合形式の練習はいつも以上に長く感じたのは、浩太の気のせいではないだろう。


(あ~、疲れた……)


 ヘトヘトになった浩太はハーフタイムの短い休憩を利用して、日陰で休むことにした。


「お疲れ様、新井君」


 紗織が冷たいスポーツドリンクを持ってきた。浩太はそれを受け取って一言。


「サンキュ、辻本さん」

「どういたしまして」


 心なしか、彼女の声はどこか嬉しそうだった。だが、浩太はその微妙な変化に気がつかなかったようだ。

 そして、彼が気づく前にグラウンドに鳴り響く甲高い笛の音。休憩終了の合図である。


「っと、これ、返すよ」


 浩太は紗織にスポーツドリンクを渡して、グラウンドに向かった。



(来たっ!)


 チャンスボールだ。ゴール前にセンタリングできたサッカーボールが目の前に迫る。それをタイミング合わせて蹴る。ボールはディフェンスの壁の穴を通り、吸い込まれるようにゴールへと入る。

 高く鳴り響く笛の音。

 だが、周りの音と反比例して、浩太はショックを受けていた。先ほどのシュートの衝撃に耐えられず、とうとうスパイクが壊れてしまったのだ。


「浩太、気にするなよ」

「また新しいものを買おうぜ」


 何も知らない周りの人が彼を表面的に気にかける。だが、知っている人は誰も浩太には声をかけなかった。


(俺の、大切なスパイク……)


 そして、彼の深い悲しみを知るものは誰もいなかった。



 その週の日曜日。浩太は紗織と共に買い物をしていた。

 きっかけは、あの日の部活が終わった後だった。


「スパイク、駄目になっちゃったね」


 紗織は我慢できず、浩太に話しかけた。


「ああ」


 彼は気のない返事をする。紗織はそんな彼を見て、少し悲しそうに浩太を見る。


「ね、ねぇ、今度の日曜日に、一緒にスパイク見に行かない?」

「え?」


 それはまさに青天の霹靂とも呼べるぐらい突然だった。彼は一瞬戸惑った。

 紗織は続けてこう言った。


「駄目、かな?」


 さすがの彼も、これには断りにくかった。


「いや、そんなことないよ、行こうか」

「良かった」


 何がそんなに良かったのだろうか。目の前に悲しんでいる人がいるのに、彼女は喜んでいる。この違いは何なんだろう……。

 彼がおかしいのか、彼女がおかしいのか。


 ともかく、こうしたわけで、二人で買い物に来ていたのである。


「あ、ここがこの近くでも有名なスポーツショップよ」

(来たことないな……)


 最寄り駅――(うつく)しが(おか)駅から約五分。

 派手な看板をピカピカに光る。外壁は青色。なんともまぁ、派手な店だという印象があった。

 しかし、中に入ると、なんということもない。普通によくあるスポーツショップだった。


「えっと、サッカーのスパイクは……」


 紗織に付いて行く形で、浩太は歩いた。彼女を後ろから改めて見る形となった。


(あまりよく見ていなかったけど、意外と可愛いな、辻本さんって)


 普段から彼女は長い髪を後ろで縛っている。その髪が、彼女の動きに合わせて揺れていた。服はよく分からないが、半袖にスカートというシンプルなものだった。


「あ、あったよ、新井君」

「あ、ああ……サンキュ」


 浩太は買うスパイクはあれに似たものにしようと思っていた。なので、自然にパッとそれをとる。試しに履いてみるが、サイズもちょうどだった。


「うん、これにしよう」

「すぐに見つかって良かったね」


 彼女は笑顔でそう言った。浩太はそれをレジに持っていき、会計を済ませる。


「あ、あの、新井君?」

「ん? まだ何か用事?」

「あ~……えっと、その……」


 何故だか急にモジモジしだした。なんだかその様子が面白いので眺めてみることにする。

 その状態で二分ほど経った後。


「こ、これから……遊びに行かない?」

「遊ぶって、どこに?」

「ここから近くにある美しが丘公園でどう?」


 美しが丘公園は、なかなかの広さがあるこの近くでは有名な公園だ。

 池あり、並木道あり、原っぱありと、まさにドラマの撮影で使われそうなところだ。


「別にいいけど……お昼はどうする?」

「今から買いましょ」


 心なしか、大変嬉しそうに見える紗織。だが、浩太はまったくそれに気づかずに相変わらず彼女の後ろについていくのだった。



 それからは久々に楽しんだ。

 お昼として、お互いに違う種類のコンビニ弁当を買う。そして、美しが丘公園の原っぱで座って食べる。そのときに彼女と色々話したが、浩太は思った。


(俺がサッカーを始めたのは何でだったっけなぁ)


 そんな遠い過去の記憶までもがリフレインされるような……。前に(しま)()(ひろ)(まさ)が言っていた言葉を、彼は思い出した。


『想像を言葉にすると、つまらないものだ』

(そうだったな)


 なので、ここではあえてその感情(もしくは思い)を明記はしない。昼を食べた後は彼女と並木道を散歩した。池を見たり、無邪気に遊ぶ子供を見たり……。

 ともかくあっという間に時間だけが過ぎてった一日だった。


「楽しかった」

「ああ、俺もだ」


 夕暮れの町。駅には人が増えつつある。バスロータリーで二人はバスを待っていた。


「あ、あの……新井君?」

「何、辻本さん」

「ま、また……こうやって、遊ばない?」


 紗織は顔を真っ赤にして言った。さすがに恋愛事に鈍い浩太でも分かった。


(辻本さん、俺のことを?)


 彼は返事に困った。前記したとおり、彼は大会のことしか考えたくはない。だが、ここで無下に断りたくもない。彼女の瞳は、浩太を捕らえて放さない。


(どうすればいいんだ?)


 悩みに悩んだ浩太の答えは……。


「……ごめん、しばらくは無理だ」


 正直に彼女に話そうと決めた。


「俺は、今度の大会が終わるまで、なるべく遊びたくはないんだ」


 夕日はまだ傾かない。だが、梅雨特有の暑さは、大分和らいでいる。


「だから、その、大会が終わった後なら……」

「ほんとに?」

「ああ、受験で忙しくなるけど、空いている時間なら」


 周りの電灯がチカッチカッと付き始めた。しばらくの沈黙の内に、ようやく彼女はポツリと言った。


「よかった。嬉しい……」


 そう呟く彼女の顔を見て、浩太はハッキリと言えない自分が卑怯者のように思えた。

 そのとき、紗織が乗る予定のバスが来た。なので、彼女はバスに乗ろうとする。


「今度、学校でメアドを交換しようね」


 いつもの笑顔を浩太に向け、そしてドアはしまった。発車するバス、立ち尽くす浩太。彼はしばらくそのバスを見ていた。



 その日の紗織の日記にはこう書いてあった。


『六月三十日、日曜日。

 今日は梅雨明けの快晴の空。

 隣には新井君……ううん、浩太君がいた。

 正直、私はドキドキしていた。

 後ろから彼に見られていると思うと、胸が熱くなった。

 スパイク買った後も公園で遊んだし、本当に最高の一日だった。

 明日はまた部活。 彼は、あのスパイク履くかな?

 うん、きっと履くよね。


 恥ずかしいけど、いつか……彼にこの日記を見せてあげよう。

 私の想いがたくさん詰まったこの日記を……』



 県大会当日。

 スタメンのメンバーに新井浩太はいた。足には、あの日に買ったスパイク。そして、紗織からもらったミサンガを腕につけている。


「皆、頑張ってね!」


 ベンチにはいつもの笑顔を浮かべる紗織が座っていた。


(最後の大会、だけど……)


 グラウンドに響く試合開始の合図。


(これから、全てが始まるんだ!)


 キックオフの合図が、最後の夏の始まり……。


 終

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