20:エピローグ
まだまだ残暑の厳しい9月の晴天のお彼岸。私は、とあるお寺の境内にある大きなお不動様に手を合わせていた。
命日などから、理沙さんの調べで画家さんの名前や経歴が判ったのだ。
画家さんは、匠さんという60年以上昔の時代の画家で、賞も獲得して地味ながら活動していた。でもあの日、付き合っていた女性に別れを告げられ、電車に飛び込んだのだった。当時住んでいた部屋の悪影響もあったようだけど、とても神経質で繊細な人だったらしい。そういえば洗濯機で洗濯するのが好きだったっけ……。
身寄りはなかったけど、親戚が遺体を引き取りお墓に葬ってもらえた。私は一度だけでもお参りがしたかったけれど、画家さんのお墓がある地はとても遠く、それに今行っても墓所がわからない可能性があった。でも、白河氏がこのお寺でお不動様にお参りすればいい、と教えてくれた。お不動様を通して、彼岸の画家さんに私の祈りが届くと言ってくれたので、私はお彼岸にやって来たのだ。不思議な縁で知り合った人だったけど、今はもう画家さんの顔も声もほとんど思い出せない。遠い昔の夢のようだ。それでも、画家さんが彼岸で市松人形のモモヨさんと穏やかであるように、彼岸でも万年青が枯れないようにと、私はお不動様に祈った。
そして、消えたサチヨさんにまた会えるようにとお不動様に祈った。
白河氏は、私が見た彼岸の光景は忘れるようにと言い、画家さんの話は口にしない。でも画家さんのお参りがしたいという私の言葉には何も言わず、お寺を調べてくれた。そういう風に私の願いを尊重して、寄り添ってくれるのがとても嬉しい。
私は気持ちが落ち着き、お寺を出た。今日は私一人だけど、明日は白河氏と一緒に出かける予定だ。うきうきと菜々子と待ち合わせをしているカフェに向かった。
白河氏のお兄さんの勇一さんと婚約者の理沙さんは、つい先日入籍して「やっと姉ちゃんと呼んでも怒られなくなった」と白河氏が喜んでいた。でも結婚式や披露パーティなどは行わないとの事なので、お祝いにお花を贈ろうと思い、花屋で働いている菜々子に相談する事にしたのだ。
カフェでクリームソーダを飲みながら、菜々子と打ちあわせを兼ねたお喋りで盛り上がる。
「ひのかの希望は以上ね。任せなさーい。しかしパーティもしないなんて残念。ひのかの話を聞いてから、ぜひお会いしたかったんだけどなあ」
「私も残念だよ。でも2人とも仕事が忙しくて、どうしても無理らしいんだよね」
現に理沙さんは、今は北国の大きなお屋敷に家政婦として長期の住み込みで働いている。本人は「まさにルーシー・アイルズバロウのような仕事です!」と張り切っていたけど、勇一さんは弟の白河氏に寂しいと涙目で愚痴っているらしい。やむなし。
「まあいいや、今後の機会に期待しよう。そういえば、白河さんも忙しいの?」
「うん。今夜戻って来る予定だけど、出迎えに行けないのが残念だな。白河さん、最近移動時間が全然読めないらしくて」
菜々子がクリームソーダのアイスを食べながら目を細めた。
「あのさあ。やっと恋人同士になったし、ひのかの家族からも正式に交際のお許しが出たんでしょう? そんな他人行儀な呼び方じゃななくて、眞琴さんって呼べば?」
私は赤面して両手をバタバタさせた。
「わー! それはまだ恥ずかしい! 菜々子が呼ぶのも恥ずかしい! そりゃ家のみんなは白河さんを気に入ってて大喜びしてるけど!」
「恥ずかしいって、何を今さら」
「あのね、菜々子は彼氏がいたけど、私はお付き合いとかするのは初めてなの。だから白河さんとごく普通の恋人同士の毎日を堪能したいの! 待ち合わせしてご飯食べたり、休日は映画を見たり美術館に行ったり、電話でお喋りしたり。あとクリスマスとか誕生日のイベントとか2人で過ごしたり。何といっても初めての男女交際なんだから、きちんと段階を踏みたいんだよ」
菜々子が頭を抱えて机に突っ伏した。なぜだ。同じ事を白河氏に主張したらわかってくれたのに……涙流しながら大笑いしてたけど。
「まあ、ひのかだから仕方ないね。そうだ、段階といえば新しい部屋は見つかったの?」
「ううん、まだ。明日は白河氏さんにも付き合ってもらって不動産屋に行くから、早く決めたいと思ってる」
来月から、私は新しい会社に勤める事になっている。倒産した前の会社が新しい経営陣で再建され、再雇用の打診があったので受ける事にしたのだ。勤務地も仕事内容も同じだし、新社長はきちんとした人で、同僚や先輩たちもほとんど同じ顔ぶれだ。給料はしばらく安いけど、しっかり働けそうで嬉しい。
そして私は、やっぱり家を出る事にした。白河氏はきちんと自立しているんだ。私だって独り立ちして頑張るんだ。
私はクリームソーダを飲み干してからため息をついた。
「でもさあ。しみじみ痛感するけど、やっぱり家賃って高いねえ。建物が古くて狭くても我慢しないとだよ」
菜々子が妙に楽しそうにふふふ、と笑った。
「そういや、学食の真ん中で、絶対に乙女にふさわしい清らかな部屋に住む! とか主張してたねえ。懐かしい」
「清らかな部屋はとっくに諦めた。もう普通の部屋でいいよ」
「それこそ、今度は安い事故物件でもいいじゃない。恋人が霊能者なんだよ? 幽霊がいても白河さんに追い払ってもらえばお得じゃん」
私は口を尖らせた。
「冗談でしょ。事故物件なんか絶対にお断り!」
<了>
※今回で完結です。最後までありがとうございました。




