第五話
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目が覚めた。
今日からは、町の手伝いでなんとか食いつないでいくしかない。
だから頑張ろう。
そう意気込んでベッドから起き上がろうとした、その瞬間――
激しい痛みが頭を貫いた。
「っ―――!?」
頭が割れそうだ。
痛い。
痛い、痛い、痛い。
何が起こっ――
そのときだった。
大量の記憶が、一気に頭の中へ流れ込んできた。
知らないはずなのに、知っている。
見たこともないはずなのに、覚えている。
数十年分の人生。
――前世の記憶だ。
「っ……」
待って。
落ち着こう。
一回整理しよう。
私はラル。
いや、違う。
私はアルシェリア・グレンフェルト。
今は事情があって、ラルと名乗っている。
そして――
佐々木ほのか。
それが前世の私の名前だった。
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前世の私は、佐々木ほのかだった。
家族は、両親と姉。
姉は優秀だった。
勉強ができて、運動もできる。
絵もきれいに書けるし、歌も、とても上手く歌える。
何をやらせても上手だった。
私は違った。
勉強は、しても頭に入らない、運動も、運動音痴。
絵も下手で、歌も音痴だった。
努力はした。
人一倍頑張った。
できることは全部やった。
それでも、結果はついてこなかった。
小学生のころにはもう知っていた。
才能というものがあることを。
どれだけ頑張っても、届かない人がいることを。
姉のことは好きだった。
本当に好きだった。
けれど、ときどき。
どうしようもなく羨ましかった。
妬ましかった。
両親も、いつしか私より姉を優先するようになった。
期待されなくなって、
……見限られた。
それでも頑張った。
頑張ったけれど――何も変わらなかった。
そして私は。
事故に遭って死んだ。
◈◈◈◈◈◈◈
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
前世でも、
今世でも。
私は変わっていなくて、頑張っても報われない。
努力しても追いつけない。
昨日だってそうだった。
スライム一匹倒せなかった。
冒険者にも向いていない。
前世も駄目で、
今世も駄目。
「……才能が、ないんだな」
ぽつりと呟いた声は、ひどく寂しく聞こえた。
別に、転生特典が欲しいわけじゃない。
聖女になりたいわけでも、勇者になりたいわけでもない。
ただ、一つでいい。
一つで良かった。
何か一つでも、人並みに、「できる」と胸を張れる才能が欲しかった。
前世でも、今世でも、努力したのにな。
私は、努力しかできなかった。
努力しか、したことがなかった。
けど、実らなかった。
今日はもう、冒険者ギルドへ行く気力もない。
ベッドに潜り込む。
いっぱい泣いて、
いっぱい寝て。
明日には少しでも元気になれますように。
そう願いながら、私は意識を手放した。
◈◈◈◈◈◈◈
「助けてあげようか?」
男の声が聞こえた。
無邪気で、どこか楽しそうな声。
けれど、妙に耳に残る声だった。
「才能をあげるよ」
その言葉は、今の私にとって甘い毒だった。
欲しい。
喉から手が出るほど欲しい。
でも――
そんなもの、あるわけがない。
もし本当にあるなら、もっと前に欲しかった。
「ありえなくないよ?」
声がくすくすと笑う。
「うん、って頷いてくれたらあげる」
そんな甘い話があるわけない。
どうせ裏がある。
対価だってあるはずだ。
「そうだね。対価はあるよ」
やっぱり。
じゃあ、その対価は?
「へぇ」
男は感心したような声を漏らした。
「すごいね。こんなにボロボロなのに、まだ堕ちてないんだ」
ボロボロ?
私は自分の身体を見下ろす。
そこには傷だらけの腕と足があった。
報われなくて、言葉で傷ついてきて、心が折れそうになりながらもここまで来た。
その、証だ。
「ますます気に入った」
男の声が弾む。
「君にしようかな。付いて行くね。」
嫌な予感がした。
やめてほしい。
「……いらない」
「ははっ」
心底おかしそうに笑う声。
「でもね」
その声がすぐ近くで響いた気がした。
「拒否権はないよ?」
ぞくり、と背筋が震える。
私は、どこかで選択肢を間違えたみたいだ。
けど、私の様子なんて気にせず、声は楽しそうに笑い続ける。
まるで新しい玩具を見つけた子供みたいに。
そして――
気づけば、その気配は消えていた。
◈◈◈◈◈◈◈
……不思議な夢だった。
暗闇の中に閉じ込められているような、不思議な夢。
あの男の声は、確かに魅力的だった。
けれど――
やっぱり、今さらだと思う。
「才能をあげる」
そんなことを言われても、信じられない。
付いていくとも言っていたけれど……。
まあ、夢だし。
きっと気にしなくていい。
目を覚ますと、まだ夜だった。
雲一つない夜空が広がっている。
「……暗いけど、星空がきれいだな」
窓を開けると、ひんやりとした夜風が頬を撫でた。
瞬く星々は、手が届きそうなくらい近く見える。
夜空は、とてもきれいだ。
どこまでも広くて、
どこまでも遠い。
けれど、何もしてくれない。
見上げることしかできない。
私は、そんな夜空に少しだけ憧れていた。
明日からのことを考える。
冒険者としてやっていける気がしない。
それでも生きていかなきゃいけない。
とても気が重かった。
「あ、みーつけた!」
突然、頭上から声が降ってきた。
聞き覚えのある声だった。
ついさっきまで夢の中で聞いていた声。
恐る恐る顔を上げると、
そこには――男がいた。
闇を溶かしたような黒髪。
青みがかった黒い瞳は、まるで夜空そのものを閉じ込めたように煌めいている。
整いすぎた顔立ちは、現実感がない。
人形のようだが、人ではない何かだと、感じてしまう。
男は窓辺に腰掛けながら、にっこりと笑った。
その笑顔は息をのむほど美しくて、
目を逸らせなかった。
「こんばんは」
まるで友達に話しかけるような気軽さで、男は手を振ってきた。
夢じゃなかったんだ。
そう思った瞬間、
胸の奥がざわりと震えた。
恐怖なのか、期待なのかは、
自分でも分からない。
ただ一つだけ確かなことがあった。
――私の人生は、今この瞬間から大きく変わる。
そんな予感がした。




