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第五話

◈◈◈◈◈◈◈


目が覚めた。


今日からは、町の手伝いでなんとか食いつないでいくしかない。

だから頑張ろう。


そう意気込んでベッドから起き上がろうとした、その瞬間――


激しい痛みが頭を貫いた。


「っ―――!?」


頭が割れそうだ。


痛い。

痛い、痛い、痛い。


何が起こっ――


そのときだった。


大量の記憶が、一気に頭の中へ流れ込んできた。


知らないはずなのに、知っている。

見たこともないはずなのに、覚えている。


数十年分の人生。


――前世の記憶だ。


「っ……」


待って。

落ち着こう。

一回整理しよう。


私はラル。


いや、違う。


私はアルシェリア・グレンフェルト。

今は事情があって、ラルと名乗っている。


そして――


佐々木ほのか。

それが前世の私の名前だった。


◈◈◈◈◈◈◈


前世の私は、佐々木ほのかだった。

家族は、両親と姉。

姉は優秀だった。


勉強ができて、運動もできる。

絵もきれいに書けるし、歌も、とても上手く歌える。


何をやらせても上手だった。


私は違った。

勉強は、しても頭に入らない、運動も、運動音痴。

絵も下手で、歌も音痴だった。


努力はした。

人一倍頑張った。

できることは全部やった。


それでも、結果はついてこなかった。


小学生のころにはもう知っていた。

才能というものがあることを。

どれだけ頑張っても、届かない人がいることを。


姉のことは好きだった。

本当に好きだった。


けれど、ときどき。

どうしようもなく羨ましかった。

妬ましかった。


両親も、いつしか私より姉を優先するようになった。


期待されなくなって、

……見限られた。


それでも頑張った。

頑張ったけれど――何も変わらなかった。


そして私は。


事故に遭って死んだ。


◈◈◈◈◈◈◈


「……はは」


乾いた笑いが漏れる。


前世でも、

今世でも。


私は変わっていなくて、頑張っても報われない。

努力しても追いつけない。


昨日だってそうだった。

スライム一匹倒せなかった。

冒険者にも向いていない。


前世も駄目で、

今世も駄目。


「……才能が、ないんだな」


ぽつりと呟いた声は、ひどく寂しく聞こえた。


別に、転生特典が欲しいわけじゃない。

聖女になりたいわけでも、勇者になりたいわけでもない。


ただ、一つでいい。

一つで良かった。

何か一つでも、人並みに、「できる」と胸を張れる才能が欲しかった。


前世でも、今世でも、努力したのにな。


私は、努力しかできなかった。

努力しか、したことがなかった。

けど、実らなかった。


今日はもう、冒険者ギルドへ行く気力もない。


ベッドに潜り込む。

いっぱい泣いて、

いっぱい寝て。


明日には少しでも元気になれますように。


そう願いながら、私は意識を手放した。


◈◈◈◈◈◈◈


「助けてあげようか?」


男の声が聞こえた。

無邪気で、どこか楽しそうな声。

けれど、妙に耳に残る声だった。


「才能をあげるよ」


その言葉は、今の私にとって甘い毒だった。


欲しい。

喉から手が出るほど欲しい。


でも――


そんなもの、あるわけがない。

もし本当にあるなら、もっと前に欲しかった。


「ありえなくないよ?」


声がくすくすと笑う。


「うん、って頷いてくれたらあげる」


そんな甘い話があるわけない。

どうせ裏がある。

対価だってあるはずだ。


「そうだね。対価はあるよ」


やっぱり。

じゃあ、その対価は?


「へぇ」


男は感心したような声を漏らした。


「すごいね。こんなにボロボロなのに、まだ堕ちてないんだ」


ボロボロ?

私は自分の身体を見下ろす。


そこには傷だらけの腕と足があった。

報われなくて、言葉で傷ついてきて、心が折れそうになりながらもここまで来た。

その、証だ。


「ますます気に入った」


男の声が弾む。


「君にしようかな。付いて行くね。」


嫌な予感がした。

やめてほしい。


「……いらない」


「ははっ」


心底おかしそうに笑う声。


「でもね」


その声がすぐ近くで響いた気がした。


「拒否権はないよ?」


ぞくり、と背筋が震える。

私は、どこかで選択肢を間違えたみたいだ。


けど、私の様子なんて気にせず、声は楽しそうに笑い続ける。

まるで新しい玩具を見つけた子供みたいに。


そして――


気づけば、その気配は消えていた。


◈◈◈◈◈◈◈


……不思議な夢だった。

暗闇の中に閉じ込められているような、不思議な夢。


あの男の声は、確かに魅力的だった。


けれど――


やっぱり、今さらだと思う。


「才能をあげる」


そんなことを言われても、信じられない。


付いていくとも言っていたけれど……。


まあ、夢だし。

きっと気にしなくていい。


目を覚ますと、まだ夜だった。

雲一つない夜空が広がっている。


「……暗いけど、星空がきれいだな」


窓を開けると、ひんやりとした夜風が頬を撫でた。

瞬く星々は、手が届きそうなくらい近く見える。


夜空は、とてもきれいだ。


どこまでも広くて、

どこまでも遠い。


けれど、何もしてくれない。

見上げることしかできない。


私は、そんな夜空に少しだけ憧れていた。


明日からのことを考える。


冒険者としてやっていける気がしない。

それでも生きていかなきゃいけない。

とても気が重かった。


「あ、みーつけた!」


突然、頭上から声が降ってきた。

聞き覚えのある声だった。


ついさっきまで夢の中で聞いていた声。


恐る恐る顔を上げると、

そこには――男がいた。


闇を溶かしたような黒髪。

青みがかった黒い瞳は、まるで夜空そのものを閉じ込めたように煌めいている。

整いすぎた顔立ちは、現実感がない。


人形のようだが、人ではない何かだと、感じてしまう。


男は窓辺に腰掛けながら、にっこりと笑った。


その笑顔は息をのむほど美しくて、

目を逸らせなかった。


「こんばんは」


まるで友達に話しかけるような気軽さで、男は手を振ってきた。


夢じゃなかったんだ。


そう思った瞬間、

胸の奥がざわりと震えた。


恐怖なのか、期待なのかは、

自分でも分からない。


ただ一つだけ確かなことがあった。


――私の人生は、今この瞬間から大きく変わる。

そんな予感がした。

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