32.対立
どうやら最初にミモザが聞いた『風を切る音』はバーナードが鞭を振るための予備動作で振り上げた音だったらしい。
(危なかった……)
その音に気づかなければ、二人とも今ごろお陀仏だ。
「なんのつもりですか? バーナード」
ミモザのその問いかけに彼はきょとんと首をかしげる。
「おしいな、もう少しだったのに」
しかしその幼なげな態度とはうらはらに、その全身からは明確な殺意が滲み出ていた。
「やはり、超能力は侮れないものだ」
(まだ信じてるのか)
まぁ、ミモザの演技は完璧だったのでそれも無理からぬことではある。
「その力によってお前も気づいているのだろう。……ならば生かしてはおけん」
しかしその後続けられた言葉ははなはだ疑問だ。
「……『気づいて』?」
「とぼけるな、先ほどその男の提案を拒否したのは知っているからだろう。……あの扉の向こうに『願いの叶う石などない』ということを」
「それは……」
(まさか)
その不穏な言葉にミモザは眉を寄せる。
(前世の記憶に気づかれている……?)
荒唐無稽な話だが、エオの例がある。侮ることはできない。
警戒するミモザの前で、彼は手を大きく広げた。そして自らの背後を指し示す。
そう、彼の背後にそびえる、先ほどまでミモザたちを圧死させようとしていた巨大な大岩を。
「この大岩が、『願いの叶う石』であるということを……っ!!」
ミモザの目は点になった。
(いや、気づいてない)
まったくこれっぽっちも気づいていなかった。
しかしミモザのそんな心情は置き去りにして、彼は大岩を手で強く擦る。
その下からは、表面についていた土が剥げたことにより、その岩の本来の色なのだろう。美しい赤い輝きがのぞいていた。
さて、ここで振り返ろう。
遠い目をしてミモザは思う。
隠し場所についての記載で、消されていた文章は二つである。
『石はとても大きい』
『石に願うにはひとつ前の願いを削除しなくてはならない』
この二つだ。
(『石はとても大きい』……、ね)
消す必要なかっただろ、とミモザは思う。
明らかに想定を超える大きさである。
その文章が残っていたとて、実際事前に知っていたにも関わらず、ミモザは結びつけようとも思わなかった。
まさか転がり落ちて自分たちを圧死させようとした大岩が罠ではなく目的としていた宝そのものだったなんて。
(詐欺かな?)
というか大事な『願いの叶う石』をもうちょっと丁重に扱ってやれよ、と隠した人間にはいいたい。
ちゃんと転がらないように固定しようと思えばいくらでも手段はあるだろう。ということは、わざと罠だと思うように転がる仕組みにしたのだ。これを隠した人間は。
(やばいな……)
頭の話である。
とはいえ、ここで正直に『そんなこと知らん』というのもまぬけな話だ。
やはり、人間、期待には応えなくてはならない。
ミモザはごほんごほん、と咳払いをした。そして胸を張る。
「も、もちろんでひゅ!」
噛んだ。
取り繕ったつもりがまだ動揺していたのだろう。それがろれつに現れた。
ふと背後からの視線を感じてミモザは振り向く。
ジーンが露骨に疑うような目でこちらを見ていた。
「ミモザさん、気づいてなかったでしょう」
「き、気づいてましたよ! 事実、あなたが何もない場所を探しに行こうとするのを止めたでしょう!」
「それ、単純に面倒くさかっただけじゃないんですか?」
「うっ!」
「さっき明らかに動作止まってましたよ」
ミモザはうなる。
確かに大岩が『願いの叶う石』だとは気づいていなかった。しかし扉の向こうに『願いの叶う石』がないことは知っていたのだ。
これはもう、気づいていたと言っても過言ではないのではないだろうか。
ーーとは前世の記憶うんぬんあたりが面倒なので言いたくはない。
「確かに……、面倒くさかったんです」
ミモザはしぶしぶ認めた。
「ジーン様にいろいろと説明するのが面倒くさかったんです!」
現在進行形で。
「どっちにしろ最悪じゃないですか!」
ジーンがミモザに詰め寄ろうと距離を縮めた、その瞬間、
「…………っ!」
二人の目の前、つまりちょうど真ん中を鋭い風が遮る。
二人は慌ててそこから距離を取った。
そしてその風が飛んできた方向を見る。
「どちらだろうが、もうどうでもいい。今のおまえたちはこれが『願いの叶う石』であることを知っている。それは事実だからな」
見ると彼は黒い鞭をちょうど手元に戻したところだった。鞭を片手に、彼は堂々と宣言する。
「保護研究会、五角形が一角、バーナード。いざ尋常に参る!」
それは明確な対立の合図だった。




