22.模索
「ららら〜らら」
歌声が響いている。
「ら〜ら〜らららぁ〜」
それなりの韻律を持ったそれは女の子の声のソプラノが主旋律になり、ハーモニーを奏でるように女性のアルトが歌っていた。
「らららぁ〜っ、ららぁ〜!」
徐々にソプラノはヒートアップしていく。曲はサビへと入り、一番の盛り上がりを見せる。
「らぁ〜〜っ!! ら、」
「それ、そろそろやめませんか」
それを遮る声があった。
ジーンである。
彼はうんざりとした表情で、しかし顔を上げることすらせずに黙々と作業をしながら言った。
「頭がおかしくなりそうです」
「そうでしたか、それは奇遇ですね」
それに先ほどまで熱唱していた少女ーー、ミモザも作業しながら頷いてみせる。
「僕はとっくにおかしくなってます!」
「……でしょうね」
元気いっぱいに言い切る彼女に、ジーンはため息をついた。
時刻はもう深夜である。あれからずっとアルベルトくん像をひたすら並べ続けるという苦行を二人は行っていた。ちなみにバーナードは側でメモを取る役である。どのパターンを行ったかを忘れないために記載しているのだ。
作業自体は単純だが、それゆえに苦行である。続けているうちに段々と微かに聞こえるシンギングフラワーきぬよ達の歌声が気になるようになり、その煩わしさから合わせて歌い始めたのが一時間ほど前のことだ。
そろそろミモザも喉が痛くなってきていたので良い辞め時であった。
「次で最後だぞ」
「あなたは平気そうですね、バーナード」
淡々と告げる彼にミモザは声をかける。それにバーナードは顔を上げると首を傾げた。
「研究というのは地道な作業の積み重ねだ」
「なるほどー」
もはやなんの感慨もなく、ミモザとジーンはアルベルトくん像を最後のパターンの位置に移動させた。
「……何も起きませんね」
「そうですねぇ」
そして案の定、何も起きない。
これだけあるパターンを試して最後の最後が正解であるなどという出来すぎたことはやはり起こらなかった。
「やはり嘘か」
バーナードもむしろ納得したように頷く。
嘘というのは隠し場所の説明にあった『この説明には嘘がある』という文章のことだ。
「まぁこれで見つかるなら世話ないって話ですよねぇ」
ミモザは重い石像の上げ下げで痛くなった腰をぐっと伸ばしながら同意した。
この状況からわかることとしては、おそらく『12の中で必要なのは2つだけ』という文章が嘘であるということだ。
これが本当ならば全パターンを試した今、願いの叶う石が見つかっていないのはおかしい。
「つまり、必要な石像がいくつかわからないということですか? その全部のパターンをやるとか言い出さないでしょうね?」
地面に座り込みながら、恨めしそうにジーンはミモザのことを見上げてくる。
「謎解きを優先させた方がいいんじゃないでしょうか?」
「うーん、いやぁ、でも嘘がひとつだけとは書いていない以上、いろいろと試していく必要は出てくるんですよ」
例えば『置くのは1日の終わりと始まりの場所』、『始まりは北にある』という文章。単純に考えればいくつかの石像のうちひとつは一番北側にある台座に置けばいいと思われるが、この文章のどちらかが嘘だった場合は全く違う結論になってしまう。
「今何時です?」
「午前3時ですね」
ミモザの問いかけにジーンが時計を見ながら答えた。
この場所にミモザ達が来たのは午後の3時頃である。つまりぐるりと十ニ時間ほど居たわけだ。
『置くのは1日の終わりと始まりの場所』という文章には『1日』という時間に関係する言葉が含まれているわけだが、ここまで過ごした時間の中では、時間経過で何か発動する仕組みがある様子もなかった。居なかった午前3時から午後3時までの時間に何かが起こる可能性もゼロではない以上、少なくともすべての時間をここで過ごしてみる必要はあるだろう。
「どの文章が嘘なのか、実際にやってみて探るしかないと思うんですよねー……、あっ!!」
「どうしました?」
突然大きな声を出したミモザにジーンはやっと視線を彼女へと向けた。その瞳には何か思いついたのかと期待する光が宿っている。
その黒い瞳を爛々と輝く青い瞳が振り返った。
「見てください、ジーン様! 重なりましたよ!」
そう弾んだ声で言うミモザの前には、二体のアルベルトくん像が絶妙なバランスで積み上がっていた。
「……」
ジーンは無言でその積み上がったアルベルトくん達のことを蹴倒した。
(うーん……)
数時間後、ミモザはレイルとの待ち合わせ場所であるホテルを訪れていた。
まだ約束の時間には早いため、いつものベランダのテーブルにはミモザのみが座っている。
結局あの後、特に何の進展もなくミモザは帰路へとついた。
試練の塔に泊まり込むことも考えたのだが、レイルとまた『ゲーム』をする約束をしていたため、一度宿に戻って仮眠を取ってから来たのだ。
(レイラ嬢も見つけないとなぁ)
庭園を見下ろす。そろそろ時間が近いからだろう。いつもの五人の偽物令嬢達が所定の位置にスタンバイし始めていた。
「うーん……」
『願いの叶う石』を見つけるか、レイラを見つけるか、そのどちらかができればレイラとジーンとの再会は叶うわけである。
とはいえ、石が見つからなければレイラは病死してしまうわけで、優先度としては石の探索の方が高い。
しかし。
しかし、である。
レイラの病状的に、ゲームの記憶によるとタイムリミットは一週間。
すでに五日が経過している。つまり、残り二日間である。
(無理ゲーでは?)
しかし見つけられなければレイラは病でなくなり、ジーンと結ばれることはなくなってしまう。
ゲームのように。
(そういえば……)
ミモザはふと思う。
ゲームでステラは『願いの叶う石』を見つけられなかったのだろうか?
そうでなければ、レイラが亡くなることはないはずである。
(……でも、主人公なのに?)
ミモザよりも優秀なステラが、見つけられないことなどあり得るのだろうか?
「ちちっ」
ふいにチロが空を見上げて声を上げた。見るとそこには一羽の鳩が旋回している。
真っ白な羽に青い魔導石のついた首輪をした鳩は、そのままゆっくりとミモザの元へと降りてきた。
伝書鳩だ。
しかもこれは……、
「レオン様……?」
レオンハルトが『個人的な用事』に使用している鳩だった。
足首から手紙を外すと案の定、小さく折りたたまれた封筒の送り主の名前はオルタンシアでもエイドでもなく、レオンハルトである。
仕事関係の文を彼が『個人用』の鳩で転送してきた、というわけでもないようだ。
ミモザは首をひねった。




