13.彼のイベント
というわけでレイルとの面会である。
ひとまずゲームに再度チャレンジしたいと伝えてもう一度ホテルのテラスへと来てもらっていた。
そしてミモザはというとーー、帽子を目深にかぶり、ダミーの鼻のついた眼鏡をかけて草むらに潜んでいる。
いわゆる鼻メガネというやつである。
やや赤っぽい色をしたでかい鼻と、その下についたカールを描くちょびひげがチャームポイントである。
場所は庭園だ。
レイルとの待ち合わせ時間は午後二時。現在は午後一時五十五分。
(狙い通り!)
ちょびひげの下でミモザはニヤリとほくそ笑んだ。
まだ時間の前だが、庭園にはゲームの時に見た五人の令嬢達がそれぞれの場所にスタンバイしている。
一般に開放されている庭園のため、ミモザが入っても特に咎められることはない。ただしズルをしていることがバレるのは都合が悪いため、極力見つからないように庭園の生垣の影に潜んで行動していた。
ミモザは懐から一枚のメモ帳を取り出す。
そこには黒いペンで少女の顔が描かれていた。
緩くウェーブを描く長い髪に優しげな瞳をした、レイルに似た綺麗な顔立ちの少女だ。
髪の部分には「金色」、瞳の部分には「緑色」と矢印で注釈が書かれている。
描いたのはジーンだ。
レイラの顔がわからないミモザのために描いてくれたのだ。
意外な才能である。
見れば見るほどレイラはレイルと似ている。しかしその優しげな表情はレイルの硬質なものとは似ても似つかなかった。
(まぁ、思い出補正がかかってなければの話だけど)
なにせ描いたのは夢見るジーンである。多少の美化はあってもおかしくはない。
とりあえず目の前にいる令嬢と見比べる。同じ金髪ではあるものの、その顔は別人だ。
(期待は薄いけど……)
この庭園にレイラがいない、というのがジーンの勘違いの可能性もある。そうであればこの『盗み見作戦』でゲームは勝てるのだ。
ミモザは他の四人の顔も確認するためにほふく前進を開始した。
「遅かったですね」
数分後、約束の時間より五分ほど遅刻してホテルに到着したミモザにレイルはそう言った。
「申し訳ありません。ちょっと寝坊してしまいました」
ミモザはひょうひょうとうそぶく。
結局、庭園で見た五人はみんな、レイラの似顔絵とは似ても似つかない別人だった。
その確認を済ませた後、急いでホテルへと来たのだが、それでも少し待ち合わせ時刻に間に合わなかった。
「……なんだか洋服が汚れてますね」
そんなミモザの姿を見て、レイルはいぶかるように言う。
「そうでしょうか?」
「土汚れがついているように見えます」
ほふく前進の名残りである。
とはいえそんなことを言うわけにもいかない。
「そんなことないですよ」
「頭に葉っぱも付いているように見えますが……」
ミモザは自らの髪に触った。ぱらぱらと小さな葉っぱが舞い落ちてきた。
その葉っぱを見た後、レイルと視線を合わせる。
彼はどこまでも不審げだ。
しかしミモザは表情を変えずに、
「そんな見方もできますね」
すっとぼけた。
「……、まぁ、いいでしょう」
彼は諦めたようだ。問い詰めても時間の無駄だと思ったのだろう。
ミモザに自分が座る椅子の正面の席にかけるよう仕草で促した。遠慮なく腰を下ろさせてもらう。
彼は慣れた仕草でテーブルに置かれたティーポットからカップへと紅茶をそそいでミモザへと差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ちょっとした運動により喉が渇いていたミモザはありがたくそれを飲み干した。空になったカップを差し示す。
「おかわりをいただいても?」
「…………。かまいませんよ」
若干眉をひそめつつも、彼は再び紅茶をそそいでくれた。
「今日はジーンさんは一緒ではないのですね」
「ええ、今日は僕一人です」
ミモザは首肯する。
なにせ今日の目的はゲームではなくレイルの攻略である。ジーンが居てははかどらない。
(さて……)
これから好感度を上げるぞ、と内心で舌なめずりをしたところで、はたと気づく。
(あれ? どうやって上げるんだ?)
ミモザが明確に思い出したのは『ジーンのイベントシーン』だけである。
『レイルのイベントシーン』は思い出していない。
つまり、ノーヒントだ。
「えーと……、いい天気ですね?」
「曇ってますよ」
なるほど、見上げた空は暗かった。
「……うーん、ご出身は……?」
「ここ、エリスフィアです」
当然の話だった。
(やばい……っ)
話題が思いつかない。
事前に準備していたならともかくとして、まったく何も考えていなかったミモザである。
「あーうーっと、あ、家族! 妹さんとは仲がいいんですか?」
やっと無難、かつ情報収集にもなる話題を思いついて尋ねる。
「まぁ……、仲は良い方でしょう」
彼はゆっくりと瞬きをして言った。
「…………」
「…………」
しかしそれ以降は何も言わずに黙り込んでしまった。
(キャッチボール……っ!!)
会話のキャッチボールが難しい。
ミモザはがくりと肩を落としてうなだれる。
ボールを投げるのが下手なミモザにも問題はあるが、受け取る側のやる気もなさ過ぎる。
最近友達が一人できたばかりのミモザには難易度の高過ぎる相手だ。
(そういえば……)
ジーンのことを思い出しついでに、彼の言っていたことも思い出した。
「確か、妹さんは優秀なお兄さんに引け目を感じておられるようでしたよ」
その言葉にレイルはわずかに目を見開いた。しかしそれは一瞬のことでまた元の無表情へと戻る。
「……ジーンさんからの情報ですか」
「ええ」
「しかしそれは勘違いです」
「勘違い?」
ジーンはレイラ本人から聞いたようだが、と首をひねるミモザに、レイルは静かに頷く。
「それは長兄のことでしょう。僕はそんなにできが良い人間ではありませんから。むしろ同じ悩みを妹とは共有していて……、レイラには良い相手と巡り合ってもらいたいんです。できれば、兄による劣等感など忘れさせてくれるような」
ゆっくりと、彼はそうつぶやくように告げた。
その視線はもうミモザのことを見てはおらず、庭園の方を向いている。
一体何を見ているのだろうと、ミモザもそちらへと目を向けてみたがわからない。
そのまましばらく二人の間を無言の時が流れた。
(え、どうしよう……)
ミモザは冷や汗をかく。
ここからどう会話をしたら良いかがわからない。
ついでに彼がどこを見ているのかもわからない。
(ここからも第三の塔が見えるな……)
現実逃避でそんなことを考え始めた時、
「第三の塔ですか」
彼の視線が再びミモザへと戻ってきた。そしてミモザの視線の先を見てつぶやく。
マイペースな男である。
「そういえばミモザさんは『聖騎士』でしたね」
「え? ええ」
「ならば試練の塔には詳しいのでしょうか?」
その質問にミモザはきょとんと瞬く。
詳しいか詳しくないかでいえば、
「まぁ、ちょっぴり……?」
詳しい可能性もある。
「ではご存知でしょうか、願いが叶う石の存在を」
「『願いが叶う石』?」
残念ながら存じ上げていない。
態度からそれを察したのだろう。彼は噛んで含めるように説明してくれた。
「エリスフィアでは有名なのですが、やはり地元でだけ知られている伝説なんでしょうか。なんでも第三の塔にある可能性が非常に高いのだそうで……」
「……っ」
その言葉を聞いた瞬間、強烈なめまいがミモザのことを襲った。思わず額を押さえてうつむく。
「ミモザさん?」
「……なんでもありません」
くらくらとする。視界が二重にぶれて見えた。目の前にいるレイルと、まったく同じもう一人のレイルの姿が重なるようにして見える。
(これは記憶だ)
ゲームの記憶がわずかにだが蘇ってきている。
おそらくゲームでも、同じ話が彼の口から出たのだ。
「……もう少し詳しくお伺いしても?」
まだわずかに揺れる視界に目を細める。それでもなんとか体勢を整えるとミモザは微笑みを浮かべてそう言った。
この話はおそらく彼の攻略に必要な情報だった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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