第97話 先輩の、するぅ
「うあー……」
「柚子先輩、そろそろ元気出してくださいよ」
所変わってここは文芸部部室。
柚子先輩は机に突っ伏して力なく伸びている。
俺と柚子先輩はさっきまで食堂にいた。そこでお世話になった仲の良い三人を呼んで、ちゃんと付き合いましたって言おうとこの数日間念入りに話し合っていたんだけど……。
◆
ちょっと前、食堂で。
『あー、そのことかー!』
『え、どうした……改まって?』
『うん、知ってた!』
意外性なんて何も無く、三人は笑っていた。
それもこれも俺と柚子先輩が恋人になってから早、一週間が過ぎていたんだ。
俺は当然、親友の綾斗に嬉しさのあまり報告していたし柚子先輩も同じで姫ちん先輩と檸檬ちゃんに話していた。
けどその当然の事実が俺たちの頭の中からすっぽりと抜け落ちていて、お互いにまだ言っていないものだと思い込み……綾斗の言葉通りの改まった報告になってしまったんだ。
『二人揃って教えてくれるなんて、すっごい仲良しさんだねー!』
『お、俺はてっきりもっと先の報告するのかと思った……』
『え!? それってエッチな話!?』
それどころか勝手に話が飛躍して運動部だけでやいのやいの盛り上がって。
『うあ、うぅ……』
緊張しないようにと文芸部で特訓した努力が水の泡になった柚子先輩が顔を真っ赤にして、可愛そうだけど可愛かった。
◆
そして今。
文芸部でこうして、だらんとしている柚子先輩。
「うあー……」
ゾンビみたいに呻いていて、可愛い。
柚子先輩になら噛まれたって構わない。
「むしろ噛んでください」
「……え? なに、なんの話?」
「あ、いえ、おはようございます」
危なかった。
思わず口に出してしまって、まさかそれに反応して起きるなんて。顔を横にして寝ていたので右のほっぺただけ赤くなっていて可愛い。
もちもちしたい。
「昨日ぜんぜん寝れなかったのに、檸檬めぇ……」
お怒りの矛先が檸檬ちゃんに向いてしまった。
まあ確かに、付き合った次の日には昼休みに俺たちスポーツ科の教室に檸檬ちゃんが乗り込んできて綾斗まで巻き込まれて一騒動あったりと最初から最後まで全部知ってたのは間違いないだろう。
「まあまあ、これで隠す必要も無くなったんだし。良いじゃないですか」
「そ、そうだけどさぁ……」
「寝不足ならお昼寝します? まだ下校時間までありますし」
「するぅ」
とてとて。
二×三に向き合った机の中心からこっちへ。対面に位置した歴代文芸部部長が座る由緒正しい机から立ち上がった柚子先輩が回りこんで俺の膝に座った。
え、いや、なに、いまの、するぅ、って?
「えへへへ……」
俺の、彼女が、可愛い。
横向きに座って照れくさそうに見上げてくるその仕草はいつ見ても可愛い。一瞬で機嫌が良くなるのが最高に純粋でチョロくて可愛い。
「翔くん、優しいし良い匂いしてあたたかいから、すきぃ」
うわ、どわ、ぐあ、ぎゃぁ。
久しぶりの寝不足甘えモードな柚子先輩の破壊的可愛さが俺を襲った。
「お、俺も好きです」
だからちょっと声が上擦った。だって可愛すぎるんだもん、仕方ない。
「じゃあ、よしよし……」
最後まで言わずに俺の胸に寄りかかってくるんだ。
ああ、アア、嗚呼、可愛いから無限に頭を撫でてしまう。
「えへ、えへへへ、えへへへへへへへへ……」
七月の暑さなんて吹っ飛ぶほどの可愛さだ。
……あ、そうだ。七月と言えば。
「柚子先輩、ちょっと良いですか?」
「えへへ、なーにー?」
とろけきってるけど会話は出来そうだからこのまま話そう。まあ可愛いし、大丈夫大丈夫。
「今度、旅行に行きませんか?」
「……りょこー?」
訂正、大丈夫じゃない可愛さだった。




