第96話 先輩の、隣で
柚子先輩はどうしてこんなに可愛いんだろうか?
百四十センチという小さな身体は言うまでもなく可愛い。
肩にかかる黒髪をアシンメトリーにした片三つ編みも最高に似合っていて可愛いし、大きなまん丸お目目の上にかけた縁なし眼鏡も学年一成績が良いという知性を前面に押し出していてとんでもなく可愛い。
なんだったら湊柚子という名前からもう可愛い。
そんな可愛いすぎる先輩の後輩。俺こと、城戸翔が最近注目しているのは柚子先輩の頬――ほっぺただ。
子供のように喜怒哀楽がハッキリしている柚子先輩は最近、少しでもからかうとよく頬をぷくっと膨らませる。
え、最強に可愛くないか?
もちもちだった。
触ってみたらすごくもちもちほっぺだった。柔らかくて、すべすべなのにみずみずしくて、手触りがよくてずっと触ってられる至高のほっぺただった。
夢中になって触り続けていたら「や、やめてよー……」と俺の膝の上で身をよじらせる柚子先輩が可愛すぎて可愛すぎて……いや本当に可愛い、可愛い、可愛いなぁ。
「か、翔くん……」
「え?」
そんな柚子先輩に隣から声をかけられて、俺はハッとする。柚子先輩は声も可愛い、朝のアラームに設定したい、いやむしろ「朝だよ……」って柚子先輩に起こしてほしい。もちろん毎日。
「み、みんな来たよ……!」
「あ、はい……!」
緊張した様子の柚子先輩によって、また可愛い時空に飛びそうになった俺は現実へと帰還する。
ここは、現実。隣には柚子先輩。
暑さが増した七月の頭、放課後でも解放されている新芽高校の食堂は冷房が効いていて生徒たちにとっては憩いのスペースの一つ。その一角のテーブル席に俺と柚子先輩は隣り合って座り、人を待っていたんだ。
「ゆずゆずー、翔くんもー、お待たせー!」
「わ、わざわざ呼びだしてどうした……?」
「お姉ちゃんと学校で話すの新鮮だね!」
俺と柚子先輩、文芸部が座る席の向かいにやって来たのは俺と柚子先輩の友人であり親友であり妹でもある運動部三人衆。
先頭を歩いてきたのは柚子先輩の幼馴染で親友で女子バレー部の宮部姫乃こと、姫ちん先輩。
柚子先輩とは対照的に身長一九十センチを超える大きな身体の持ち主でありながらポカポカとゆったりした性格の優しい先輩だ。
その後ろ、女子二人に挟まれてやって来たのは俺の親友。友人Aこと、天城綾斗。スポーツ万能、成績優秀で一年生ながらに野球部でエースの四番かつ茶髪ハーフの高身長イケメンで誰とも気さくに話せるムードメーカーとより取り見取りの欲張りセットみたいな完璧超人。
だけど一八十センチを超える身長も姫ちん先輩の前では小さく見え、更に異性が苦手という唯一の弱点により現在はプルプル震えて小動物系イケメンになっている。
最後に、そんな綾斗の背中を物理的に押しているのは柚子先輩の妹。湊檸檬こと、檸檬ちゃん。
腰まで伸ばした明るい金色の髪は前髪も片側だけ長く左目が隠れている。ワイシャツを捲ったへそ出しミニスカスタイルは夏らしくて爽やかなバスケ部女子。
足が長くスラッとしたモデル体形だけど、前二人が強すぎて比較すると普通の女の子に見えてしまうバグが起きている。
そんな檸檬ちゃんは、やってきた三人の中で一番キラキラと目を輝かせていた。
「それでー、話ってなーにー?」
「野球野球野球野球……」
「姫ちゃんそんなの一つしかないよ!」
対面に座った三人。
興味津々な姫ちん先輩はほんわかとしていて、なにかを分かっている檸檬ちゃんはニッコリしていて、間に挟まれた綾斗は身を細めて小さくなりながら二人に頭を撫でられていた。
……え、綾斗なにされてるのお前?
「……翔くん」
親友が女子二人に囲まれているが逃げ出さないというレアケースに困惑していると机の下で右手に柔らかな感触があった。
柚子先輩の小さな左手が俺の右手を握っている。優しくてあたたかい手。ちょっとだけ震えているその手を俺はぎゅっと握り返した。
そう、俺たちがわざわざ親しい三人を呼んだんだった。
「言っちゃいましょうか、柚子先輩」
「う、うん……」
手から柚子先輩の緊張が伝わってくる。俺がその緊張を少しでも和らげてあげたらと思うけど、いざ本番となると俺まで緊張してきた。
「…………」
「…………」
「…………」
俺と柚子先輩のやり取りを見てワイワイしていた三人も黙り込んだ。
見られてる。なんだろうと、楽しみだなと、助けてと、三者三様の愉快な親友たちと妹に。
「えっと、柚子先輩と」
「か、翔くんと……!」
今日はそんな三人に改めて報告がしたかったんだ。
「お付き合いしています」
「し、しています……!」
俺と柚子先輩は恋人になりました、と。
お待たせしました。第二章 開幕です。
これからも二人の優しくあたたかい物語を見守っていただけますと幸いです。




