第48話 先輩の、露骨な逃亡
柚子先輩と幸せな朝電話をすることができた。
きっと今日は良い日になる。
そんな確信を持って登校すると、早速下駄箱で柚子先輩を見かけた。
「ゆずゆず、あたしが取ろうかー?」
「だいじょうぶ……大丈夫だから!」
今日も今日とて、背伸びして自分の上履きを取る柚子先輩が可愛い。
「ほ、ほらっ! 今日も取れたよ!」
「おー! 凄いよゆずゆずー!」
誇らしげな柚子先輩にお友達も拍手している。
あの背の高い人は確か、姫ちん先輩と柚子先輩が呼んでいたっけ。
高身長イケメンの綾斗よりも圧倒的に背が高いから凄い。
「ふっふーん! ボクにかかればこれぐら、い……」
「んー? どうしたのー、ゆずゆず?」
上履きを片手に柚子先輩が固まった。
視界の先には俺がいて。
「……ぼ、ボク先に行くね!」
「あ、待ってよゆずゆずー。廊下を走っちゃ危ないよー?」
猛スピードで上履きを履いて走り去ってしまった。
秘密って言ったけど、ちょっと悲しくなる朝だった。
◆
朝のHRが終わって、一時間目は移動教室だった。
俺と綾斗は教科書と筆記用具を持って廊下を移動中。
「朝から移動教室なら、最初からそっちに集まればよくね?」
隣を歩く高身長爽やかイケメンの綾斗が不満を口にする。
「ていうか移動教室ばっかだよな、ウチ」
「まあスポーツ科だし、普通科とは違うんじゃない?」
「俺はずっと同じ教室で引き篭もっていたいぜ……」
高身長爽やかイケメンで天才高校球児とは思えない発言だった。
「そうすりゃ……女子に会わずに済むのに。なあ、翔!」
「いや、それは同意できないかな」
「なら今からお前は敵だ!」
「中学からの腐れ縁はここまでかっ!」
お互い教科書と筆箱を両手に持って構えるけど、特にその先がある訳じゃない。
ただの親友同士の悪ふざけ。
その発端は、異性に対して苦手意識を持っている綾斗らしい悩みだった。
「ごめんねゆずゆずー。待ってもらっちゃってー」
「ううん大丈夫だよ姫ちん」
「ヒッ!?」
その時だ。
反対側から歩いてくる二つの人影があった。
その身長差からとても目立つ二人組みだった。
そう、柚子先輩と姫ちん先輩。
どうやら二人のクラスも移動教室らしい。
ちなみに最後の悲鳴は高身長爽やかイケメン女性恐怖症の綾斗のものだ。
「移動教室多いと困っちゃうよねー」
と、姫ちん先輩。
どうやら普通科も移動教室が多いらしい。
「うんうん。本当だよ、ね……」
「ゆずゆずー?」
そして固まる柚子先輩。
視界の先には、やっぱり俺がいて。
後ついでに俺の背中に隠れる綾斗もいて……関係ないか。
「どうかしたー?」
「う、ううん。べべべ別に何も!? あっ、ボク教室に忘れ物しちゃったから先行ってて!」
「え? ゆずゆず、あたしも行くよー?」
そしてまた走り去ってしまった。
悲しさの追い討ちだった。
「き、危機は去ったか……!?」
「お前とは袂を分かつ時がきたみたいだ」
「え、まだ続いてんのそれ?」
今、敵になったんだよ。
◆
昼休み。
俺は食堂に来ていた。
新芽高校が誇る食堂はメニューが豊富で、安く美味しいので大人気。
今日も生徒たちで賑わっている。
「おーい翔! こっち! こっちだ!!」
その人混みの一席から、高身長爽やかイケメンの綾斗が手を振る様はとても絵になりよく目立っている。
だけどそれは猛獣の檻に入れられた小動物のように悲痛なものだった。
女子に大人気のイケメン綾斗はそんなことをしなくても視線を集める。
一人じゃ心細かったんだろうな。
「サンキュー綾斗。いつも悪いな」
「いいってことよ! 親友だろ?」
綾斗は走れない俺に代わって食堂ダッシュをして席と昼飯を確保してくれていた。
こういうことを恥ずかしげもなくスラっと言えるのが綾斗の良いところだ。
正方形の四人席、対面で座る俺と綾斗。
「ほら、さっさと食って教室に戻ろうぜ!」
早くもホームシック、いやクラスシックの綾斗は席の上に広げていた教科書を自分の膝に置く。
他の生徒が座ってこないようにする為のカモフラージュだった。
マナーが良いとは言えないけど、俺が来るまでの防衛措置なので勘弁してあげてほしい。
三人の女子に囲まれたらきっと綾斗は死ぬ。
「あー、良かったここ開いてるー! 隣、良いですかー?」
「どぅえっ!? ど、どどどど……どうぞ……」
ほら、こうして食べ始めたらちゃんと席を譲る度胸も持ってる。
「ありがとねー」
「う、うっす!」
と、山盛りの学食が積まれたトレーを盛って綾斗の隣に座った姫ちん先輩……姫ちん先輩?
「おーい、ゆずゆずー! こっちだよー!」
「あ、ありがとぉ……ここいつも人が多いよ、ね……」
残された席は俺の隣の席で。
学食のトレーを持ってきたのは柚子先輩で。
テーブルは四人席。
震える綾斗、笑顔の姫ちん先輩、固まる柚子先輩。
「お、お疲れさまです……」
そして苦笑いの俺だった。




