第142話 先輩の、ボタン
柚子先輩のお腹を触る事になった。
何を言ってるか分からないかもしれないけれど、俺も何故なのかよく分からない。
分かるのは柚子先輩が見た目全然変わらないのに太っちゃったって主張している事とそれに――。
「ほ、本当にこの姿勢でやるんですか!?」
「う、うん……」
――柚子先輩が、俺の膝の上に乗っているという事だった。
今日も今日とて、幸せに柚子先輩を膝の上に乗させていただいている日常。
だけどいつもと違うのは、今が昼休みという事と読書ではなく俺が柚子先輩のお腹を触るという目的の為だった。
「お、お腹を触るだけなら座らなくても良かったのでは!?」
「だ、だって……前からだと……恥ずかしい、し……」
お耳を真っ赤にして俯いちゃう柚子先輩が可愛い。
だけどその可愛さよりも、何て言うかこれからやろうとしているいかがわしさの方が勝っている気がした。
確かに俺は柚子先輩を膝の上に乗せてそのサラサラの髪を撫でたりもちもちすべすべなほっぺたを楽しんだりはしたけれど、お腹を触るのはまた別問題である。
俺の膝の上にチョコンと座っている柚子先輩の細い身体を、そのお腹を、後ろから手を回して触ってほしいと柚子先輩が言っている……!
――頭の中で、ミニキャラになった檸檬ちゃんがエッチエッチと連呼していた。
「……俺に触られるのは、恥ずかしくないんですか?」
「ぼ、ボク……お、お嫁さん……に、なる……もん……」
「…………お腹を触る前に抱きしめたくなりました」
「今はお腹を触るだけだよ!?」
柚子先輩のいじらしさと健気さと可愛さが融合して、俺の情緒が大変な事になってしまうところだった。
週末のデートからずっと、柚子先輩は俺のお嫁さんって言ってくれている。
嬉しい……!
嬉しすぎて、涙が出そうになった。
柚子先輩の後輩から椅子になって、念願の恋人になった後は柚子先輩が俺のお嫁さんになろうとしてくれている。
今すぐ抱きしめて……それから、えっと、抱きしめたかった。
「……分かりました、柚子先輩。俺も覚悟を決めて、柚子先輩のお腹を触ります!」
「う、うん……! ぼ、ボクも……お腹を引っ込めるとかしないからね……!!」
俺は柚子先輩のお腹を触る為に気合を入れる。
すると柚子先輩も俺に振り返りながら頷いてくれた。
今日はいつもの縁なし丸眼鏡の奥からは、決意に満ちた瞳が覗いている。
大好きな柚子先輩のお腹に触るんだ。
俺も全力で、そのお腹を触らなければならない。
「じゃ、じゃあ触りますね……!」
「あ!? ちょ、ちょっと待ってね!!」
「え? あ、はい」
改めて覚悟を決めた俺が柚子先輩のお腹に手を回そうとすると、柚子先輩は大きく首を横に振った。
少しだけ出鼻をくじかれた気分だけど、柚子先輩が待ってと言ったのだからそれは待つしか無いのである。
だって覚悟を決めた俺は、柚子先輩のお願いなら何でも聞くのだから――。
「今、ボタン外すから……」
「はい! …………はい?」
――ぷち、ぷち。
狭い文芸部の部室の中で、俺の膝の上で。
柚子先輩が、ワイシャツのボタンを外す音が響いた。




