第137話 先輩の、メス顔(柚子先輩視点)
「あうあうあうあうあぁぁぁぁぁぁ……!」
「……ママー! お姉ちゃんがソファでメス顔晒してるー!」
「もっと違う言葉あるよねっ!?」
夜、リビングで。
ボクが悶えていると、それを見た檸檬が大声でママを呼ぶ。
それは良い、いや良くないんだけど、その内容がもっと駄目だった。
「だってお姉ちゃんからメスの匂いがするし」
「メスの匂い!? メスの匂いって何!? どこで覚えてきたのさそんな言葉!?」
「少女マンガ、とか?」
「今の少女マンガってそんな過激なの!?」
「別に普通だけどねー。それ言ったらお姉ちゃんが読んでる小説だって結構すごい事書いてない?」
「文学! 文学だから!!」
ボクの妹ながらに将来が不安になってくる。
同い年なのに翔くんはもっと清純で真っ直ぐで、照れた顔も可愛くてぇ……。
「えへ……えへへ……えへへへへへへへへ……」
「ママー! お姉ちゃんが翔くんとのデートの話したくて仕方ないんだってー!」
「言ってないよ!?」
「あらあら聞くわよっ! 晩ご飯作るのやめてピザ頼んじゃおっかなっ!」
「ママまでっ!?」
どうやらボクはこの家でゆっくり今日の事を思い出したり反省会をするのも禁止されているらしい。
エプロン姿のママまでキッチンからやってきて、ボクはソファの上で完全に包囲されてしまった。
「さあさあお姉ちゃん! 翔くんとはどんなえっちなことをしたの!?」
「ていうか何で帰ってきたの!? 土曜日でしょ? お泊りはっ!?」
「二人とも姉と娘を何だと思ってるのっ!?」
本当ならボクが一番色々言いたいのに、それ以上の事を聞いてくるママと檸檬。
ていうか何でえっちな方面で聞きたがるのさ二人ともぉ……。
「え、えっちは無かったけどぉ……」
「そう語る時のお姉ちゃんって、だいたいえっちな事してるよ?」
「聞いてよ!?」
「そうよ檸檬。柚子はね、お父さんと似て無自覚なところがえっちなんだから。今は泳がせておきましょ?」
「何の話っ!?」
話が、話が進まない……!?
ていうかママは隙あらばパパとのそういう話を語ろうとするの何なのっ!?
実の娘に泳がせておこうなんて言葉、普通使わないよっ!?
「それでお姉ちゃんは翔くんとどんな水族館えっちを」
「えっちから離れてっ! ふ、普通にデート……したけどさぁ……」
「けど?」
「ち、ちゅー……しちゃった……」
「うん。それは知ってるから、続き」
「何で知ってるのぉ!?」
待って、ねえ待って待って待って!?
まだボク言ってないよ!?
翔くんとちゅーしたって一回も言ってないのに、ねえ何で!?
「だってお姉ちゃん、帰って来てからずっとふにゃふにゃしながら時々ちゅーちゅー言ってたし」
「言ってたの!? ボクが!?」
「うん。それにほら、テーブルのスマホ。プリクラにこの犯行現場がバッチリと」
「わー!! わわー!! わーわーわーわーわーっ!?」
「でもこれ、翔くんの身体と抱っこされてる柚子の後頭部しか映ってないけど、別アングルは無いの?」
「あったら盗撮だよ!!!!????」
うっかりしていた。
翔くんと撮ったプリクラ写真を見て悶えていたけど、よく考えなくてもここはキッチンだった。
うぅ……あの時から、何してるんだよボクはぁ……。
「き、嫌われちゃったかな……?」
「この流れでマイナス方面に舵切れるお姉ちゃんがすごいよ」
「だ、だってぇ……き、急に、ちゅー……しちゃったし……」
翔くんがカッコよくて、翔くんが素敵で、いつも、まっすぐ、二人きりで、あんなに嬉しいことを言ってくれて、気づけば、ちゅー……しちゃってた……。
翔くんの腕の中でだっこされて、翔くんのたくましさと温かさを感じながらしたはじめてのちゅーは、すごい、心地良くて……。
「そ、その後から全然お話出来なかったんだよぉ~……!?」
「赤くなったり青くなったり忙しいね、お姉ちゃん」
「初心初心ねぇ~」
ボクが悶えても、ママも檸檬も追撃を緩めなかった。
うぅぅ……ボクは気が気がじゃないって言うのにぃ……!
「でも翔くんも、別に嫌だって言った訳じゃないんでしょ?」
「そ、それはぁ……そうだけどぉ……手は繋いだけど、何話して良いか分からなくてぇ……」
「それは翔くんも同じだと思うなぁ」
「だから困ってるんじゃんかぁ……」
嫌じゃなかったかな、とか。迷惑じゃなかったかな、とか。
色々話したいこと聞きたいことがあったのに全部ボクが駄目にしてしまった。
本当に、来週からどんな顔して合えば良いんだろ……。
「まーまー。お泊りの前に翔くんと良い雰囲気になってちゅー出来たんだからまずはさっきのメス顔みたいに喜んでおかないと駄目だよー?」
「だからメス顔じゃないってぇ!? お、お泊りもそうだけどそもそも翔くんと何を話したら良いかも分からないんだからさぁ!!」
「こうは悩んでいるけれど月曜日の夜にはまた翔くんとの新しいえっち部活の感想を言ってくるのがお姉ちゃんの最大の強みなんだよね」
「文芸部だよ!?」
檸檬は本当にボクの部活を何だと思ってるのさ。
それは、まあ、たしかにぃ……? お外じゃないから翔くんに気兼ねなく座れるけどぉ……。
「このメス顔を撮って翔くんに送れば一発で解決すると思うんだけどなぁ」
「やめてよねっ!?」
「可愛い彼女からのメス顔を喜ばない彼氏はいないよ!!」
「何で男の子視点で語ってるの檸檬は!?」
本当にボクの妹の将来が心配だ。
去年までは本当に大人しくて……いや、中身はあんまり変わってないなぁ……。
「いーもん……檸檬にはボクの悩みなんて分からないもん……」
「お姉ちゃん! 拗ねて喜んでも可愛いだけだよ!!」
「そーいうところだよ!?」
こ、この子はぁ……!
「それに、ボク……もう彼女じゃなくて、お嫁さんにしてもらったもん……」
駄目だ、考えがまとまらない。
後でゆっくり、お部屋で一人反省会をしよ……う?
「…………」
「…………」
「…………え? 檸檬? ママ?」
と、思ったら。
檸檬とママが固まっちゃってた。
ジッとボクを見つめていて、なんかこわ――。
「お嫁さんにしてもらったってなにーーーーーーーーっっっっっ!!!!????」
「お赤飯っ!? 出前でお赤飯頼んじゃおうかしらーーーーっっ!!!!」
「うわああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!?????」
――この後、ちゅーの話の比じゃないぐらい。
ボクはママと檸檬に、もみくちゃにされてしまったんだ。




