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コツン、と小さな音がした。
庭で素振りをしていたカイルは、そのささやかな音に気がつき顔を上げる。
ぬけるように青い空、優雅に翼を広げた一羽の鳥。
艶やかな黒髪の間からのぞく青い目は何度か確かめるように瞬きを繰り返し、子供ながらも整った顔には疑問が浮かんでいた。
「あれ……」
「カイルー、なにかあったー?」
子供らしい高い声がカイルを呼んだ。
屋敷から姿を見せたのは可愛らしい少女だ。
月光を編み上げたような柔らかく波打つ金の髪。ミルク色の肌に淡く薔薇色をのせたような頬、リンゴ色の唇。
大きくぱっちりとした眼は神秘的な紫に染まり、華奢な肢体と相まって妖精の一人と見間違うほどだった。
アイボリーのワンピースを纏った少女が隣にやってくると、カイルは鳥を指し示す。
「ねえアンジュ、あれってコーラルさんのところの子じゃない?」
「あ、伝書鳥さんってこと? 魔力が動いたから、なにかと思って……」
アンジュは鳥を見つめると、やがて一つ頷いた。
「そうだね、コーラルさんの魔力もあるしお使いかな。入ってきていいよ」
アンジュがそう声をかけると、それまでぐるぐる回っていた鳥がすっと庭に入ってくる。
青い風切り羽が美しい鳥だ。人に慣れることはないと言われ、南の森にのみ生息する珍しい鳥。それがアンジュの伸ばした腕に、そっと降り立った。
足先には小さな筒のようなものがつけられており、先程アンジュの言ったように伝書鳥としてやってきたのだろう。
手慣れた様子で筒から巻かれた小さな紙を取り出したアンジュは、小さく首を傾げた。
「どうしたの?」
「なんか、コーラルさんが怪我人二人を保護したんだけど、助けてって」
カイルも受け取った紙を覗きこみ、同じように首を傾げた。
「ほんとだ。どうしたのかな」
「こんな書き方はじめてだよね。とりあえず行ってみる?」
「そうだね、行ってみよう。今は依頼もないし、この時間なら南の街まで乗り合い馬車が出てるはず。じゃあそれぞれ準備したら玄関集合で」
「わかった。あなたも了解ってコーラルさんに伝えてね」
アンジュの言葉に鳥は一声鳴くと軽やかに空へ舞い上がる。二人の頭上を一度回り、そのまままっすぐ南へと飛んでいった。
それを見送ったアンジュは屋敷に戻る。カイルも続こうと、足を踏み出した時だった。
「懐かしい気配がするな」
深く低い声が響いた。続いてゆらりと影のような白い何かがカイルの目の前に現れる。
それはゆっくりと質量を増し、やがて一匹の狼に変わった。
「ふむ、その紙か。微かだが、古い光の気配がする」
「古い光? コーラルさんから、じゃないよね。前に会った時にもそんなこと言わなかったし」
「コーラルとは違うな。あやつは緑に愛された者だ。傍にいるのも水や緑に関わる者だった。だが、これからはその他に古い光の気配と暗い血の匂いがする」
すっとカイルの表情が真剣なものに変わる。
「セイン、それはコーラルさんたちに何かあったってこと?」
「いや、新しく流れた血ではなく、染み着いたものだろう。そういった生業の者がいる……古き光と共にというのが、いささか不思議ではあるが」
「さっきも言ってたけど、古き光ってなに?」
カイルの問いにセインはパタリと尾を振った。
「昔、それこそこの国ができた辺りの頃だ。当時既に数が少なくなっていた一族がいた。自然を愛し、精霊と共に歩み、神々の血を引いた一族だ。最早失われただろう古き光の力を使う人々だった」
「その人たちの気配がするってことか。でも物騒な気配もするって、なんだかきな臭いね。コーラルさんが助けを求めてるのはそのせいかな」
もう一度紙面に目をやり、カイルはよし、と頷く。
「詳しい話も出来ないくらい、切羽詰まってるとしたら大変だ。セイン、急いで向かおう」
「承知した。準備が整い次第声をかけてくれ。向かうのはいつもの森だろう?」
「うん。乗り合い馬車を使おうかと思ってたけど、頼んでもいい?」
「もちろんだ」
そう答えたセインの体からぶわりと銀の光が巻き起こる。先ほどまでは大きな犬程度の体躯だったのが、瞬きひとつの間で三倍近く――馬くらいの大きさに膨れ上がった。
「カイルー、準備できたよー」
「僕も準備してこなきゃ。すぐに戻るね、セイン」
「ああ……光の民の末裔か、何事もなければいいのだが」
駆け出したカイルの背を見送りつつ、セインはそう小さく呟いていた。
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