1 道脇淳 どんな季節も君と
今日は、バレンタインデーだ。待ち合わせをしている噴水の前で待っていると、楓が勢いよく駆けてきた。
「淳お兄様!」
駆けてきた楓を抱き留めると、楓は幸せそうに笑った。そんな楓の顔をみると、僕まで幸せな気持ちになってくる。
「これ、いつものコーヒー豆です」
毎年、楓はバレンタインデーにコーヒー豆をくれるのだ。それを有難く受け取ると、楓は緊張した顔をした。
「楓?」
「えっと、あの、その」
何だか歯切れが悪い。僕がそのことを追求すると、楓はしばらく唸っていたが、やがて観念したように、早口でしゃべりだした。
「あの、淳お兄様が毎年たくさんのチョコレートを貰っていることは知っているんです。だから、ご迷惑になるってわかっていたんですけど、でも、その、どうしても、チョコレートを渡したくて」
だから、これも受け取って貰えませんか? と楓はピンクの包みを差し出した。
「……本当に嬉しいよ。ありがとう。……実は、楓から貰えないかなって、今年のチョコレートは全部断ってきたんだ」
「えっ!」
楓の顔がわかりやすく真っ赤に染まる。おそらく僕も同じような顔をしているだろう。
僕たちがお互いに照れていると、楓は急に不安そうな顔をした。
「……でも、淳お兄様は本当に私でよかったんでしょうか。私は、お姉様のように、品があるわけでも、美しいわけでもないし、桃のように、可愛くて、愛嬌があるわけでもないのに」
そう言って、楓はうつむいてしまった。楓は、自分に自信がない。おそらく、叔父様と叔母様の愛情の量にも問題があったのだろうと思うけれど。
「僕にとって、楓は十分魅力的だよ。楓以上に大切にしたい人なんていない」
そして、おそらくそう思っていたのは僕だけじゃなかった。
「楓こそ、僕でいいの? 僕は楓が思っているような人間じゃないよ」
本当は楓が思っているような、優しい人間じゃない。優しい人間なら、あのホワイトデーの飴に秘められた意味を伝えるべきだった。そうできなかった僕は、とてもずるい人間だ。
「私は淳お兄様が好きです。どんな淳お兄様でも、貴方のことが大好きです」
そう言って楓は微笑んだ。その笑みに胸が熱くなる。
「僕も楓のことが好きだよ」
きっと、ずっと前から。僕が自分の思いに気づいたのは、楓が中学一年生だった頃のバレンタインデーの日だったけれど、本当は、ずっと前から楓のことが好きだった。一見、無表情に見えるけれど、本当は、誰よりも感情豊かで、すねるとアヒル口になって、笑うとえくぼができて、歌が苦手で、面倒くさがりのくせに妙に行動力がある楓のことが。
僕がそういうと、楓はまた顔を真っ赤にした。
■ □ ■
楓と手を繋ぎながら、近くの店を散策する。
バレンタインデーだからか、どこも熱に浮かされていた。
そういえば、と思う。
――楓は、気づいているのだろうか? 楓の方向音痴が治っていることに。
以前なら、楓は待ち合わせ場所を決めていても、それとは逆方向で待っていることもあった。でも、今日は、偶然かもしれないけれど、ぴったり待ち合わせ場所にきた。
楓にそのことを言うと、楓は頬を膨らませた。
「だから淳お兄様、私は元々、方向音痴じゃありません。……でも、もし方向音痴が治ったとしたら、淳お兄様のおかげですね」
「? 僕の?」
「だって、一番に会いたい人ができたから。だから、もう、迷わないのかも」
そう言って、楓は笑った。
「……っ」
ああ、どうしよう。街中だというのに、今すぐ楓を抱きしめたい。僕も、大概熱に浮かされて馬鹿になっている。こんな姿一樹に見られたら笑われそうだな、なんて思いながら必死の思いで気持ちを抑える。
「淳お兄様?」
楓はそんな僕に気づかず、顔を覗き込んでくる。
「ううん、何でもないよ」
――と、ふいに空を見上げると雪が降ってきた。
「雪ですよ、淳お兄様!」
楓は無邪気に歓声をあげた。
「そうだね。もう、二月だから」
笑って返して、繋ぐ指に力を籠める。
――暖かい春も、熱い夏も、涼しい秋も、寒い冬も。楓と一緒に歩んでいく。これからも、二人で。




