前編
昔、会津の川桁駅から沼尻迄沼尻鉄道という軌道が走っていました。そこではきっとこういう営みがあったのではないでしょうか。
正に、託す気持ちで書きました。
(2026/04 改稿)
沼尻の駅から発車する時は硫黄を満載した貨車一輌一輌の手ブレーキをかけてから発車する。そんな事をしている鉄道を順次は聞いた事がなかった。列車の総重量が重い上沼尻を出て直ぐ下りの急勾配になるので、貨車の手ブレーキが利いていないと機関車の制動だけでは速度が出過ぎて危険だからだ。従って発車には気を遣う。慎重に編成全体を引き出す。勾配を下っている間はずっと車輪が軌条を擦る音に耳を澄ます。沼尻駅で発車前に手ブレーキを強く掛け過ぎていた場合車輪は軌条の上を滑っているに過ぎないので、緩やかな曲線でも十分脱線の危険があるのだ。それを耳と、その日の編成の重量の程度と機関車のエンジン音、そして牽引の感触で知る。慎重にギアを入れ替え加減速する。これが技術というものだ。
この沼尻を出る時の下り勾配が順次にとっては仕事で一番楽しい時だった。仕事には誇りが必要だ。それを順次は存分に堪能する事が出来た。そして下り勾配が落ち着いた木地小屋の駅で停車した時に貨車の手ブレーキを解除する。後は川桁迄特に心配する事は無い。途中線路上でビー玉などして遊んでいる子供達に遠くから警笛を鳴らす位なものだ。踏切に車が通る事などまず無い。
順次は中学を卒業後、他の殆どの同級生が故郷を離れて行く中で地元の沼尻鉄道に奉職した。順次は老いた両親のもとを離れないという選択をしたのだった。順次を含め多くの、いや順次の友人の家で家庭が豊かな者など一人だに居なかった。中学を卒業したら一刻も早く就職して自活しなければならないし、出来れば親元に送金出来る様にならなければいけない状況の子弟ばかりである。皆等しく貧しかった。しかし順次の家では親がそれを順次に期待しなかった。
「順次、これから御前はどうしたい?」
「僕は、父ちゃん母ちゃんと一緒がいいんだ」
「御前の良いと思う様にせえ」
それだけで順次の進路は決まった。順次は喜んで地元の鉄道会社に勤め始めたのだった。
最初は工員だった。施設やそれに関連する設備の修繕が仕事だった。最初は何一つ解らず駅の電灯の修理からだったが、順次は元々そういう作業が嫌いではなかった。一つ何かの仕事を憶えるのが楽しくてならなかった。それで一歩ずつ一人前の大人に近付いて行くのだから。駅のベンチやまるで物置小屋の如き途中の駅の外壁修理、川桁駅での国鉄貨車へのベルトコンベアを使った硫黄積替作業の監督、川桁、沼尻駅をはじめその他の駅構内の線路保守、ありと凡る雑用を引き受けた。自分の知識が小さな岩礁の様に大海に浮かぶ。それだけでは何の役にも立たない。自分で物事を考える事が出来ない。しかし新しい知識を身に付ける度にその岩礁が増えて行き、次第に島となり島嶼となって行く。指示された仕事以外に自分で合理的な仕事を見付ける事が出来る様になる。これは大きな喜びだ。それを順次は着実に経験した。
そんな順次の仕事への打ち込み、それらを毎日楽しそうにこなす姿を見ながら、順次の両親はとても喜んでいた。もう老齢で仕事を退職していた父は或る日軌道に乗って沼尻迄出掛けた。すると途中の樋ノ口駅で転轍機の整備点検をしている順次を見掛けた。順次は転轍機を操作しながらあちこちに注油し何度も操作して動作を確認していたが、その作業をしている順次は穏やかな笑顔だった。家に帰ってから父はその事を母に言った。
「順次が樋ノ口の駅で、機嫌良く仕事していたよ」
「それは、良かったです」
母は順次がこの土地に残ると自分から言ったがそれは順次の本心なのかと密かに心配していたので、こういう話を聞くと特に喜んだ。
「嬉しいです。此処に残ると言ってくれた順次が喜んでいるというのは」
順次がその日の仕事を終えて家に帰って来ると母親が順次に言った。
「今日ね、父ちゃんが樋ノ口の駅であんたが働いているのを見たって」
「そうなのか。声掛けてくれたら良かったのに」
順次は母と父ににこりと笑い、そして言った。
「父ちゃん、母ちゃん、軌道の仕事、僕は楽しいよ」
或る冬の日に不図順次は思い付き、スキー客満載の列車の後に続行運転で予備の機関車を沼尻に向かわせる事を上役に進言した。
「木地小屋からの登り勾配、あれだけ箱を繋いでいたら危ないと思います」
この進言は直ちに採用され、待機室で煙草を吹かせて寝そべっていた機関車運転士に出撃命令が下った。順次の心配した通り、限界まで客車が増結された旅客列車は木地小屋から沼尻への急勾配に挑む前、木地小屋迄の緩勾配で既に車輪を空転させており、満載のスキー客が車外に降りて乗降用の手摺などを持って側面から編成を押していた。順次の進言で列車を追いかけた後続の機関車が到着するや直ぐに後補機として列車を後押しし、更に木地小屋から沼尻への急勾配では前後の機関車が全力を出して何とか列車を沼尻駅に進入させる事が出来た。沼尻駅長からの電話で事の次第を知った軌道会社の重役は直ちに順次に褒賞の金一封を出したが、順次はそれを開けもせずに家に持って帰ってきて両親に手渡した。
「母ちゃん、こんなの、貰ったよ」
「えーっ、これは、金子かい」
「父ちゃんも見てよ。今日、仕事で褒められたんだ」
「そうか」
父は静かに、しかし嬉しそうに笑顔で返事した。
「父ちゃん、中、開けて」
「御前が開けろ。御前が貰ったんだから」
「いや、父ちゃんに開けて欲しいんだ」
父が金一封と書いてある封筒を開けるとそこには順次の一ヶ月分の給料と大略同等の額が入っていた。
「これは、父ちゃんと母ちゃんが貰っておいてね」
父も母も順次が自分でつかうなり貯金するなりしろと言ったが、順次は両親につかってもらった方が嬉しいと言う。そこで両親が自分達のそんなに多くない貯金に加える事になった。この日の順次の家は毎夜の団欒に増して頻繁に笑声があがっていた。
軌道会社入社八年目には順次は軌道会社の立派な施設設備保守担当の責任者になっていた。軌道会社の上役は順次に言った。
「君には是非、運転士になってもらいたい。そうすればもっと給料も上げてやれる」
そこで順次は一年程勉強し、また先輩の運転士にも教えてもらい、機関士の免許を取った。『動力車操縦者運転免許証』、そう大書された免許証書を順次は嬉しそうに両親に見せた。
その後順次はディーゼル機関車やディーゼルカーの運転士として働く様になった。そしてよく知っている筈の自分の故郷で今まで全然知らなかったものを目にし、また体験する事が多いのに驚いた。
冬の朝途中駅から発車しようとすると積雪の壁からいきなり乗り遅れた子供が飛び出してきて轢きそうになったり、この土地では満足な就職先が見付からずに泣く泣く都会に出稼ぎに行く若者を涙ながらに駅で送り出す老夫婦、反対に故郷に帰って来る子を駅で嬉しそうに待つ母親。狭い軽便車輛の中に担架で担ぎ込まれる急病人、更には乗客どうしの喧嘩などなど、旅客列車運行の現場には凡る人間の生活がそのままにあらわれていた。順次が直接軌道会社の職員として対処しなければならない事も勿論あったが、それよりもただ黙ってその印象を精一杯感受していればいい、否、精一杯感受しなければならない事が多かった。これらの出来事は順次にはそれぞれが自分の故郷を飾るとても人間的で温かい装飾の様に思えたのである。
春秋の内野辺りを走る時には観光客からも歓声が上がった。運転士の順次も溜息が出る程に美しかった。軌道沿線は全て磐梯山の麓であるがこの辺りは山裾がそのまま大地に下りてきており、左右に土地が開けていて広々とした平野部を行く。視界を遮る物は何も無い。そしてこの祝福された大地の上に高い高い碧空の天蓋がある。唄い出す乗客もよくいた。順次は此処を走る時いつも思うのだった。
「此処には、人間の一生の人生がそのまま、全部有る。必要なものは、全部有るのだ。此処で良いのだ。此処で生きるので、良いのだ」
順次にとっては本当にそうだった。給料日にしか入らない川桁駅前の食堂で飯を食べる愉しみも、白木城駅近くでいつも遊んでいる小さな仲良しの兄妹が時々だが喧嘩しているのを観るのも、そして通学に乗って来る若者の語る素直で真直ぐな夢も、子を街に送る親の悲哀も、そしてそれをよく分かっている優しい子の孝心も、全てが順次にとって必要なものだった。
順次は運転士として働く毎日の中で何か出来事があれば、否、何も無くても想った事を、家に帰れば必ずその日のうちに自分の両親に話した。
「父ちゃん、母ちゃん、今日ね、こんな事があったよ」
「そうか、それでお前はどうしたんだい。どう思ったんだい」
順次がこれこれこう対処したとかこう思ったとか言うと、いつも母親は嬉しそうに笑っていて父親は一通り順次の話を聞き終わった後で、短く、
「それでええ」
と言うのだった。
しかし一つだけ順次が両親に言わない事があった。川桁の駅を発進してから直ぐに線路の左右に粗末な家が立ち並んでいるのだが、その中に物干し台がある二階建ての立派な家があった。其処でよく順次は物干し台に洗濯物や布団を干している綺麗な娘を見掛けるのだった。これも最初は別に視ようとしていた訳ではない。進行方向直ぐ左手にそういう家があるのだから運転士として前方注意を守っていれば否応なしに目に入るのである。ところが毎日定期的に出逢うと気になり出す。これも仕方が無い事なのだ。順次の罪ではない。そのうちこの物干し台の綺麗な娘は順次に会釈する様になった。順次はこれがどうにも、いつも気になっていたのである。まあ気にするなという方が無理だ。何しろ相手は綺麗な娘なのだし、別に列車を運転している順次に向こうから挨拶する義理などないのに挨拶してくるのだから。ふと順次は思いついて、あの立派な家の娘が軌道会社の関係者か否かをさり気なく同僚に尋ねた。
「なあ、あの立派な家って、この会社の関係者の家かな」
「いいや。御前、どうしてそんな事を訊くんだ」
「いや、この辺では一番立派な御屋敷だろう? だから……」
「あの家は若松の大きな会社の社長さんの家だ。うちの会社とは関係無いぜ」
(後編に続く)
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