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第一章 七話 たった一つの願い

光粒子バリア内の一般市民視点から始まります。

また、短めです。お許しください。



 そのOLは帰り道を急いでいた。


 上司は怒るし、取引先のオッサンの加齢臭は臭いし。

 あげくの果てに、遅くまでの残業。

 対人の仕事も多いため食事の時間まで気にしているのに、と内心憤慨していた。


 会社を出て十数分歩き駅に向かう。

 こうやって歩いて少しでも体型維持に努めてるのに、とイライラが沸き続けていた。

 大通りの交差点に差し掛かる。

 信号は待ち時間が長いし、いざ歩行者用の信号機が青になれば横列も縦列も動いて邪魔臭いし。

 そう思い、車道を挟んで対岸のビルの大きなテレビを見上げて首を傾げた。


 いつもなら、NHKかパチンコの宣伝が垂れ流されている筈の大テレビの映像が突如乱れる。

 ノイズが走り、音が乱れるという普段見ない様相を見せていた。


(……配線でも千切れたのかな? 外付けのやつだし、錆びてるのかも)


 そう思い目を前に戻す。

 信号機の赤い人形の横のメーターは半分を過ぎた辺り。

 まだかな、とイライラがさらに溜まり、指が無意識に遊び始める。


 そして、大テレビのノイズがはれた。


『──聞こえて、いるだろうか』


 夜の東京に、謎の声が響く。

 発生源を無意識に探し、音をたどり、周囲の人の視線に合わせて見上げ──息を飲んだ。


 画面いっぱいに男の顔が映されている。

 少年と言うには成熟した、かといって青年と言うには少し足らない様な年齢だろうか。

 黒と白の入り交じった不思議な髪色が目につく。


 背景は何処ともしれない少し崩れた場所だ。

 どこだろうか、と思う間もなくその少年が口を開く。


『まず勘違いしないでいただきたいのが、これはテロ等の行為ではないということだ。端から見ればテロ行為にしか見えないだろうが、そこは納得してもらうより他はないと思う』


 交差点の人々全員がその映像を見上げているのをなんとなく感じる。

 自分と同じで状況の飲み込めてない人が殆どのようだ。


『では、自分の事をまず明かしましょう。俺の名前は鴻上辰生。もう察している方がいるのかはわからないが──アビス能力者だ』


 誰かが悲鳴を上げた。

 アビス能力者、という単語に反応したのだろう。

 かくいう私も、少し震えが出ているのを感じる。


『もうわかっている人もいるだろう。ここは、光粒子バリアの外側……これを見ているであろう貴方たちが"死界"や"外界"と呼ぶところだ。その一角からこの映像を流している』


『このような行動に出たのは、先程もいった通りテロ行為ではない。むしろその逆……一つ嘆願があるんだ』


 私は、彼が何を言っているのかわからなくなっていた。

 一度に与えられた情報が多すぎたのか、理解の範疇を越えていたか、その両方だと思う。

 突然何を、と思っただけだ。


『俺が設立し、動かしているアビス能力者の組織……ナイト・バタフライのメンバー、総勢二十四名の願いが一つだけある。どうかそれを……聞いてほしい』


 少年が一呼吸起き、口を開く。

 その内容は、私には信じがたいもので。



『俺たちは、ナイト・バタフライのメンバーの願いは……普通の生活をおくることだ』


『五年前のあの日、世界が壊れてからの俺たちに人権なんて物はなかった。いや、人としてすら扱ってもらえていない』


『当時の俺達は中学生になりたてだった。やりたいこと、なりたい物、叶えたい夢がある。でも、俺たちはあの日のあの一瞬で、バケモノと呼ばれるようになってしまった』



『優遇しろだとか、そういった事は一切無くていい。──ただ、普通に。普通に生きたいんだ』



 完全に静まった夜の街に、その声は、願いは、しっかりと響き渡っていった。

 目の前の画面に映る少年は、未だ真摯に画面の向こうにある自分を見つめている。


『今、この映像を見てくれている方。俺の姿が、異形の怪物に見えるだろうか? 暴れまわり街を壊す狂人に見えるだろうか? ──この俺は、人の形をしていないか?』


 手を広げ、画面いっぱいに己の姿を見せる。

 色褪せ、所々解れながらもしっかりとした黒い服。

 日本人らしい黒目。

 普通の日本人と違うのは、黒白の入り交じった髪くらいだ。


 彼の後ろで銃声や金属音が連続して響く。

 このような映像を送信している裏では激しく戦闘が行われているのかもしれない。

 だが、音で揺れる後ろの扉には目もくれず少年は続ける。


『他にもアビス能力者の組織はあるかもしれない。そこまでは、俺たちは知らない。でも一つだけ言えるのは、ナイト・バタフライは争いはできるだけ避けたいということだ。人をできるだけ殺さない。これはルールとして定めてある』


 そこで少年はこちらに向かって少し視線をきつくした。

 その目には、悔しさが溢れていて。


『すまないが、完全に殺さずというのは現状無理だ。日々アイヴァンスの襲撃に備え、陸軍に攻められれば対抗しなければならない。銃を向けられたら、応戦しないわけにはいかないからな。だが、できるだけ避難か戦闘力を奪うだけにしている』



『──もう、誰も、この手に掛けるような事はしたくないんだ』



 そして、強い意思が宿り。

 少年は、終わりへ向けて言葉を紡ぐ。


『普通に、ただそれだけでいい。ただそれだけを俺たちは願っている』 

 

 それでは、失礼する。

 そう言葉を残し、が途切れた。


 信号機の青のメーターがゼロになったことにも気がつかず、しばらくそのまま立ち竦んでいた。


 


◆ ◆ ◆



 映像の放送が切れたのを確認し、"メラ"が再び宙に浮いた。

 第一段階である放送が終了したことに一息をつきたい気になるが、まだ俺たちの作戦は終わったわけではない。


『お疲れさま、辰生』


「楓か」


『うん。帰りは私が、っていうのが約束だったからね。さて、今から作戦は次の流れだね。指令を出してねリーダー』


「第一から第三侵攻チームに指令。今より帰還を開始する。随時、できるだけ安全を確保しつつ小隊ごとに帰還を開始。いつも通り、撒くのも忘れずにな」


『通達完了したよ。防衛チームは?』


「侵攻チームの帰還の補助と引き続きアイヴァンスへの警戒だな。サポートを頼む」


『了解っ。気を付けて帰ってきてね、辰生』


 通信を切る。

 それと同時に、時雨たちも目処がついたようだ。

 セントラルポール内の陸軍兵士は殆ど気絶させ、退路の確保も完了している。


「戻るぞ」


「了解っ!」


 メンバー三人の返事を聞き、拠点へと向けて走り始めた。

 あまりグズグズしていると陸軍の援軍が来てしまうかもしれない。

 また、後をつけられる事の無いように、と気を付けるためかなりシビアかつ速い行動が求められる。


 常に気を張るのはいつも通りか、と思い直し下り階段を駆けおりた。





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