第一章 六話 最初の一手
──侵攻チームが第二段階にはいってすぐの事。
陸軍側では、ようやく異変を捉えはじめていた。
「ん……? おかしいな……」
「どうかしたか?」
「連絡が来ていない見回りの班が、今日は多めな気がします」
巡回の兵士から連絡を受けて、それの応答と監視を仕事としている兵士がそれをふと口にした。
完全に前線のエリアで、基地に残りオペレーターをしている彼は兵士の中でもそれなりの階級に位置している。
優しげな面と丸みのかかった眼鏡がそう思わせていない所が本人の悩みではあるのだが。
「多めとは言っても、いつもより数件多いだけじゃないか」
「まあ、それもそうなんですけどね。ただ、少し気になりまして」
五年のうちに荒廃した東京には、通信の中継地点などもちろん残されてはいない。
初期のアイヴァンス討伐時に銃弾に巻き込まれて壊されているか、アイヴァンスに容赦なく潰されている。
そして、見回りの兵士は地上もだが一応地下道にも配備されている。
そのため、通信が届かず連絡が来ないことはそれなりにありはするのだ。
「そこまで気になるなら、確認用の兵でも出してみるか?」
「そうですね。一応ですが、お願いします」
そこで通信係りの男の上司は虚をつかれた表情となった。
そこで余裕を見せられるからこそ通信係りにいるというのに、この冗談に素で返してくると思わなかったのだ。
「お、おいおい……そこまでするほどか? なにか根拠はあったりするのか?」
「すみません。勘、としか言いようがないです。ですが、お願いできませんか?」
「……わかった。よし、待機している三個小隊を出動させろ。通信の少ない地下道の探索が任務内容。逐次連絡を……いや、通信しながら進むように言え」
了解、と返す声をきいて上司の男は所定の椅子に戻った。
万に一つ予感が当たらなければ良いが、と思うと同時に、通信係りの男の言葉に同感な思いの自分もいた。
だが、その予感は奇しくも当たることとなる。
それは予想とは違う形、地底から突然火が飛び出てくるという怪奇な様相でだった。
次々と通信が取れない部隊が増えていっていた。
「待機部隊含む兵士戦力、二割投入。それと、今すぐ本部に連絡を。用件は、対アビス能力者部隊のできるだけ早い配備だ」
「了解っ!」
「さっき送り込んだ小隊はどうなっている?」
「先程からの攻撃以降、断続的な振動を感じる以外は今のところ異変は見つかっていません!」
待機している部隊の投入の報告を聞いて、報告を待つ。
そして、上司はその間次の対策を考えていた。
対アビス能力者部隊の到着まで持たせられるだろうか?
兵士ははたして足りているのだろうか? 武装は?
巡回の兵士の遺体を回収できるだろうか。
相手の目的はなにか──。
「あ、あの……」
「どうした?」
「前線にいた巡回の兵士からの報告です。その、今まで発見した巡回の部隊員に……死者は見つかっていないようです」
「……なに?」
「全員が気絶、まれに縛られているようですが、無事なようです」
──相手の目的が、さらにわからなくなった。
陸軍側への侵攻が目的ではないのか。
今派手に暴れている数名と、他にもう少しの人数しか確認されていない。
どういう意図で大きな攻勢に出たのかが、わからなかった。
「それでもやれることをやるだけ。対アビス能力者部隊も要請したんだ、持たせてみせる」
◆ ◆ ◆
陸軍側が本格的な対策をし始めた頃。
地下道の辰生達第一侵攻チームは、着実に目的のセントラルポールに近づいていた。
『宮っちからの通信で、陸軍側が本格的な戦力を投入し始めたって通達あり。予想より早いね』
「こちらは目標までもう一息で着く。その後、予定通りゆっくりとセントラルポールの防衛に切り替えだ」
『かなり第一侵攻チームはハードになるけど、いいの?』
「燈榎よりはハードじゃないからな。楓達は?」
『しっかりと動いてもらえてるよ。楓はこっちと代わりたそうにしてるけど、どうする?』
「撤退の時は楓に頼むさ」
通信を一旦落とす。
幸いにも、陸軍に遭遇せずにここまでこれたお陰でここまでは順調だ。
残りの三人である時雨達も力を温存できている。
その通信から数分後。
地下道の先に、扉が見えた。
重そうな、だが錆び付いた金属扉だ。
扉の前の通路で待機し、通信をする。
「連絡。セントラルポール前に待機完了」
『りょーかーい。こっからがハードだね』
「セントラルポール内は結局調査が進まなかったからな。"メラ"の操縦、頼むぞ」
『"メラ"は要だもんね。第二、第三侵攻チームは本格的に防衛に移行開始してね』
「よし。これより、第一侵攻チームは目標のセントラルポールに浸入する」
通信を切る。
そして、合図を出し、四人で扉へ走る。
時雨が扉の隙間に刀を差し込んで縦に斬り、
「──突撃」
その扉を蹴飛ばして中へ入った。
セントラルポールの内部は陸軍の兵士が巡回をしている。
だが、浸入経路すら少ししかないため、内部の探索が全くと言っていいほど進んでいない。
ここからはぶっつけ本番になる。
『赤外線探知、開始したよ。でも、ラグが出てきているからあんまり過信しないで』
「了解」
『それから、場所によって情報の伝達にムラがありそうだねぇ。もし通信がぷっつり切れても自動操作になるけど、その間は完全にお荷物になるから気を付けてね』
「わかっている。それから、もう少し音量を落としてくれ。案外響く」
突入をし、四人で並んで走る。
反応が早い時雨を先頭に、俺が三人目の位置だ。
細い通路だったのか、剥き出しになったコンクリートの床の上を通ると音がよく響くのだ。
もちろん、話し声も。
『はいはい、これくらいでいい?』
「ああ。現状わかる塔の構造は?」
『調べた情報では、十二階建て。"メラ"の移動から何となくの範囲とかは随時データに起こしてるけど、今のところ何もわからな────時雨っ!』
「わかってる。もう抑えた」
燈榎が"メラ"で教えると同時、いやそれより少し早くに時雨が突如スピードを上げた。
そして、一瞬後には数名の倒れる音が通路に響く。
銃を構えさせなければ、連絡の暇も許さぬ早業だ。
『……悔しいけど、やっぱりラグが目立つね~。そんな少しの壁くらいなら、見えていない位置の探索なんてほとんどノータイムでできるはずなんだけど……こっちに伝達されるまでが遅い』
「その隙間を埋めるためにも私が先頭にいる。燈榎は安心してついてくる操作をしていればいいさ」
『操作を私がしていたらそれこそラグにやられるよ。塔に入る前に自動追従に切り替えてるんだな』
「……この話の間に探索は済んだんだろうな?」
『ささっ、辰生進め進めぇ』
いつもとテンションを崩さないやつがいるだけで、無駄に入った肩の力が抜ける。
しかし、探索は本当にしていなかったわけではなく、探索できる範囲ギリギリを既に済ましているようだった。
だが、それも走れば数秒で走り抜けてしまう範囲でしかない。
しかも見つけた道が音をたてることがほとんどであり、否応なしに発見される率が増えていく。
『時雨、隣の道にいる!』
「くっ、タイミングが悪い。"斬叉"!」
勢いよく走り抜けようとした二歩手前でようやく探知が追い付き知らせる。
時雨が反射的に進行方向を切り替えて無力化にかかるも、そこにいた四人の兵士の手は既に動いていた。
そして殺到した銃弾を時雨が弾き峰打ちを四度する。
『結果はー?』
「陸軍の兵士四名を無力化。発砲はされたが無傷。ただ……一番後ろにいた奴が、連絡をした可能性がある」
『うひゃぁ、まだ三階なのに見つかっちゃったかぁ』
音に敏感なアイヴァンスであれば、即座に襲いに来ていただろう銃撃音。
走る音に会話する音。
そして、極めつけは今の銃撃音と連絡。
陸軍側に襲撃の本命がばれてしまった可能性がある。
「辰生さん、近づいて来る音が多数です。まだ位置を完全に把握したわけでは無いからでしょうが、気持ちゆっくりです。ですが、余裕は無いと思うべきかと」
「わかった。ここまで登ってきた構造からある程度の構造の把握はしたな? さらに飛ばすぞ」
音、"メラ"による探索の二段構えで事前に兵士の位置を把握しておく。
そして、それに合わせて時雨や残りのメンバーが無力化を繰り返した。
「辰生さん、また閉鎖扉です」
「これは時雨が斬り飛ばすのは無理なタイプだな。……燈榎?」
『んぅ? まーた電子閉鎖扉ー? 本当にここ廃塔なのか怪しくなるレベルだねぇ』
「仕方ないだろ。それに、アイヴァンスとか整備する手が入ってないだけで動くところは動く」
まあ、九割方錆び付いていてびくともしないのだが。
そこはアビス能力者としての力で抉じ開けたり、時雨が容赦なく斬り飛ばしている。
そして、燈榎の異能である"機器操作"は機構さえあれば自由に動かすことができるのだ。
よって、
『んー、前までの電子閉鎖扉と同じ型みたいだね。ほいっと、開けー』
ラグの数秒を挟み、扉がひとりでに開く。
燈榎の異能はこうした機械相手にはめっぽう強いのだ。
「階段です」
『次は十一階だよ。確か、十一階に操作室があるはず』
「陸軍兵士、アイヴァンスの反応は?」
「今のところ感じませんね。予想していた通りなら、この階層に人員を置く必要がないから、といった所でしょうか?」
『同じく、こちらの解析でも見当たらないよ』
確認をし、十一階へ。
一風変わった、大きめの扉を開け……中へ入る。
俺は機械に疎いのでわからないが、燈榎が通話越しに思わず声を漏らした辺りこれが送信用のシステムなのだろう。
「やれ、燈榎」
『あいあいさー! くぅ~、こんなに大きい装置動かすのは初めてだよ!』
"メラ"が機械に取りつき、何らかの操作を開始した。
その間に、俺を除く三人は扉近くや扉外で待機防衛にまわった。
『──調べたところ、開始できるのは八分後くらいかな。言う台詞は大丈夫?』
「もちろん大丈夫だ。それより、他の侵攻チームはどんな感じだ?」
『さすがに目的がセントラルポールってのは隠しきれて無いね。でも、いい具合に抑えてるよ』
問題がなさそうで良かった。
まあ、こちらの負担にならないように、と少し脚色されている可能性もあるが。
待っている八分の間は意外と長かった。
外での戦闘音が結構聞こえる。
そして、聞こえはしないが伝わってくる仲間の声を想像し、意識を固める。
『いけるよ、辰生』
「わかった」
"メラ"のカメラがこちらを向く。
俺は、このレンズに向けて話すしかない。
相手の様子は、もちろんわからない。
それでも、俺は。
「やってくれ、燈榎」
『ラジャー。ラグ含んで十五秒後から開始ね。開始したら"メラ"が光るから。それじゃ、スタート!』
変えるための一歩を踏み出す。




