悪意の渦
一応注意。
翌朝十時。
俺と他三人は既に準備を終え、出入り口近くに集合していた。
陸軍の実験が何時から行われるかはわからないが、必要な時間の不明な実験だから早く行われるだろうという予測のもと、いつでも出られるように待機している。
早めに控えると、アイヴァンスを一時的に処理しに陸軍が来る可能性がある、ということで拠点で待機することになったのだ。
それに急な予定変更があった場合対応することができない。
よって、朝から出入り口前で待機し時を待っている。
刻一刻と時が過ぎていく。
燈榎は既に空中投影ディスプレイに張り付きの状態だ。
"メラ"を操作し、現場の情報を探っている。
「今のところ、陸軍側に明確な動きは無し。このままだと昼を回るかも」
「アイヴァンスたちが活発に動きやすいのは夜だからな。夕方頃に始まるのかもしれん」
その話のあと、飲み物を用意していた楓が昼御飯の仕込みを始めた。
昼過ぎになっても始まらず、四人で早めの昼食を食べる。
動きが出てきたのは、昼を過ぎ日が随分傾いてきてからだった。
「きたっ。陸軍の車がポイントに向かってる!」
燈榎が空中投影の画面を見ながらそう叫ぶ。
その画面には、補強をされ少々歪な形になったトラックが走行している様子が写し出されている。
それだけを確認し、四人で拠点から飛び出した。
ルートは既に覚えてあるので、その通り地下道を走り抜ける。
燈榎が一応"メラ"で誘導をしつつ現状を報告してくれる。
『陸軍のトラックは今も変わらず走っているね。アイヴァンスを刺激しないようにって考えるとあまり速くはできないのかな』
おそらくその通りだろう。
音をたてて走ればアイヴァンスは大挙して押し寄せる。
それでは実験の意味がないし、戻るときに引き連れてしまうからだ。
『"メラ"はもうかなり遠目から見ることになるかな。熱源感知されちゃうし』
「了解。桐山でもわかりそうな位置になったら教えてくれ」
『らじゃあ~』
奇跡的にもアイヴァンスに出くわすこと無く実験予定エリアにたどり着くことができた。
時が来るまで待機する予定のエリアにたどり着く前には、桐山も車の振動を感じられるようになり、"メラ"は燈榎がこちらを確認するためだけになっている。
「陸軍の実験の場所は、事前の情報と同じか?」
「今のところ同じだな。窪地に続く道を走っている」
「なら、予定通りでよさそうだな。燈榎は一応偵察用の外に出てる"メラ"の電源を切ってくれ。熱源感知されて変更されたら困る」
『もう切ってるよ。全部切ったけど大丈夫かな?』
「桐山が大雑把とはいえ感知できるから大丈夫だろう。さて、俺たちもそろそろポイントに着く」
あと地下道を二百メートルも行けば待機予定のポイントだ。
そこでならおそらく熱源感知も届かず、桐山が陸軍の動向を感じられる。
間もなくポイントについた俺たちは武器をしまった。
子供たちを怖がらせないための措置だが、もしもの場合のためにすぐに取り出せるようにはしている。
「どうだ?」
「思った通りの進路だな。そろそろ陸軍が窪地に到着する」
それから数秒後には桐山でなくとも音や振動がわかるようになった。
荒廃しひび割れた土地をとばして走っているからか、振動は結構大きめだ。
陸軍が到着し、子供たちを放つ。
そして陸軍の車がある程度放れたら作戦開始だ。
「陸軍の車、停止。何人かの足音も聞こえるな」
「子供たちのだろう。そのまま継続して現状把握をたのむ」
五分もないうちに陸軍の作業は終了。
バタン、というトラックの閉められた音が遠くで聞こえた。
そして再び、大きな音をたてて車が走り出した。
「来るときよりかなり速いスピードだ」
「子供が乗っていたからだろう。その場を放れるためだけならスピードはだして大丈夫なんじゃないか」
陸軍の車の音がだんだんと聞こえなくなっていく。
桐山はまだわかる範囲にいるようだが、もう数分もないうちにその圏もぬけるだろう。
「全員、準備。怖い顔はするなよ?」
「宮地、この誘導に関してはお前が要だ。人数が多い今回はなかなかに大変だぞ」
「了解です!」
沢村には周囲の注意だ。
改めて役割を確認し、期を待つ。
既に走る音は聞こえないが、桐山はまだ感知できるらしい。
燈榎の"メラ"で直接確認するわけにいかないのがかなりの枷になっており、動きにくい。
根気強く待ち続け、ようやくその時がきた。
「そろそろ俺の感知可能な範囲から抜ける。振動はもう結構離れたぞ。Uターンしてきても、まあまあ余裕はあるはずだ」
試算では、どれほど陸軍が急いでも五分は絶対かかる。
その間に、全員保護する。
陸軍が感知できなくなった。
待機している場所から動き始める。
「燈榎、今から子供たちを保護しに向かう」
『りょーかい』
それだけ連絡をし、通路の出口へダッシュで向かう。
隠した扉を抜けて、外へ出た。
その扉から数十メートル先、子供たちは訳がわからないと立ち竦んでいるのが見える。
放置され、どういう状況かもわからないからだろう。
近寄って声をかける。
「大丈夫か?」
「ひっ!? に、人間?」
急に声をかけられ驚いたのか、怯えた表情だ。
この子は十歳くらいだろうか。
まだあどけなさが見える。
「そうだ、お前たちと同じだな。安心してくれ、俺はお前たちの仲間だ」
「仲間?」
「ああ。ここは危ない。安全な所へ──」
保護する、と言おうとした矢先。
視界の端に、あり得ないものを見た。
「──全員伏せろ! 桐山達はできるだけカバーをしろ!」
言い終わる間もなく、それは窪地のど真ん中に着弾した。
なんとか目の前にいた二人を抱え込み伏せることには成功した。
だが、その衝撃で体は抱えたまま転がっていく。
たった今着弾したもの。
それは陸軍の保有する武装のひとつ。
「ミサイル、撃ちやがった……」
砂煙がゆっくりと引いていく。
そこには、凄惨な光景が広がっていた。
窪地の中心には真新しい穴があき、ひび割れていた。
俺と桐山に守られていた子はなんとか無事なようだが、あの着弾地点にはまだ子供がいたはず。
吹き飛び、壁の近くで全身をぐったりとさせている子。
全身の傷から血を流し、倒れている子。
目の前には、千切れた頭が。
見回し、生きていそうな子は数人とわかった。
そしてその生きている子の近くで、沢村と宮地は倒れている。
沢村は全身を火傷し、左足を失った状態で。
宮地は、強く打ち付けられたのか骨が何ヵ所も折れているようだった。
「桐山、動けるか?」
「なんとかな。長時間は無理だ」
抱えていた二人は、光景のショックで気絶している。
桐山のほうの子も同じ様子だ。
ギリギリ端の方にいた、中学生くらいの少年はなんとか自力で生き残っている。
「生きている子を連れて、撤退を──」
「させないぞ、バケモノども」
窪地の上の方から声が聞こえた。
総勢十二名、内指揮官を除く十一名がこちらに銃を向けている。
全員が陸軍のマークのついた防護服を着用していた。
「な、なんで陸軍がもうここにたどり着いているんだ……」
桐山が、信じられない、と声を漏らした。
陸軍が去ったことを確認した本人だけに驚きが強いのだろう。
試算では、どれだけ早くともこの窪地に陸軍がたどり着くのには五分はかかるはずだった。
ミサイルを撃ち込む時間があったとはいえ、既に集まっているなどあり得ない。
「分かりやすく言えば、撒き餌だ。可哀想な能力者の子が殺されると知れば、お前たちは絶対にでてくる。全勢力ではないにせよいくらかは絶対に釣れる」
そして釣れた能力者をまとめて吹き飛ばす。
それが陸軍の建てていた計画だった。
「さすがバケモノ、なかなかにしぶとい。即死するかと思っていたのだがな。だが、これで終わりだ」
指揮官が手を上げる。
それが降り下ろされれば、銃弾の雨が降り注いでくる。
間髪いれず手が降り下ろされようとしたそのとき、視界を炎が遮った。
「辰生さんっ! ここは俺と宮地が抑えますから、生きてる子供たちを連れて撤退を!」
「沢村……」
躊躇してしまう。
確かに二人は全身ボロボロだが、まだ治療をしたら生き残れるはずだ。
沢村の炎が弱まる。
それに合わせて、宮地が手を陸軍に向けた。
「は、灰倉大尉! 敵の姿が見えません!」
宮地は、誰もいない、という映像を陸軍兵士に送ったのだろう。
だが、宮地の上げた手の震えからもう数分ももたない事がわかる。
「宮地の異能の効果が切れたら、今すぐ銃弾の的です。そして、せめてもの撹乱に向いているのは俺の異能です。撤退を、お願いします」
確かにそうだった。
宮地が抑えており、無闇な乱射もされていない。
そしてもしもの時に手っ取り早く抑えられるのは宮地の異能だ。
「辰生」
桐山が放つのは、この一言。
それですぐに伝わる。
「桐山と俺で二人ずつ抱えられるな。すまないが、君は一人でついてこられそうか?」
端の方にいたお陰で助かっていた、中学生くらいの少年に声をかける。
少年が頷いたのを確認し、通路へと走る。
「行くぞ、撤退だ」
沢村と宮地を残して。
◆ ◆ ◆
残された──いや、自ら残った二人は、もう数秒しかもたない宮地が異能で支える時間を使い、最後の会話をする。
同期の二人は組むことが多く、話題には事欠かない。
どちらかの口が常に動いていた。
「まさか、ミサイルがくるなんてな。宮地、これは予想してたか?」
「まさか。むしろ、桐山さんが感知してたのにそれを欺いた事に驚いていて、今の今まで痛みとか分からなかったくらいだよ」
「はは、そうだな。脚、千切れてんのにまだあるみたいな痛みがあるんだよ。不思議だ」
宮地の異能の力が弱まる。
送る映像がぶれ、陸軍の兵士たちは元の視界を取り戻した。
即座に撃たれるかと思ったが、そうでもないようだ。
何か話しているが、それすらほとんど聞こえない。
それでも、いつも隣にいた声はよく聞こえる。
「そういや沢村、お前たしか奈摘の事好きだったんじゃなかったか?」
「そーだよ。でも俺は炎、お前は支援系。お前の方が一緒にいられる時間が多いし、何度か嫉妬もした」
「嫉妬か。俺からしてみたら炎なんて王道なものを操れる沢村は充分羨ましかったけどな」
「ま、どっちもどっち、ってことか」
時間を稼ぐために沢村が火を放つ。
だが、弱りきった体から出る炎は弱々しい物だけだ。
ゆっくりと意識が遠退いていく。
近づいてきた陸軍兵士によって腕が拘束されたのを感じながら、その流れに身を任せて二人は意識を手放した。




