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MAGI-Craft(マギクラフト)  作者: スプライト
第一話「絶望の始まり」
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last.別れと約束


 家に帰ったエルを待っていたのは、拍子抜けする程の日常だった。

 意識を失っていた時間と、治療と、検査と。幸い怪我は大した事がなかったとはいえ、合わせて数日ぶり。だというのに、何も言ってこない。


 久々の手料理……とはいっても、ツグナは一切料理ができないので、キッチンに立つのは妹のココロなのだけれど、それを食べ、風呂や歯磨きを済ませて、寝る。違う事と言えば、普段なら学校の課題をしている時間が、身辺整理になった事くらいだった。


 今後はSTAGEで暮らす事になる。とは言っても、会えなくなるわけではない。許可を貰ったら外出も出来ると聞いた。だからこんなに淡白なのだろうか。

 だとしても、家族が死地へ赴く事になるというのに。


「……なんか、いつも通りだな」


 微かな星明かりが差し込む中、エルはベッドに横になる。その視界には、物が箱に収められ、どこか物足りなさを感じる自室の風景があった。と、気付く。あの見慣れていた自室の風景はもう、見れなくなってしまったのだと。


「……ああ、そっか」


 エルは今更に、母や妹の思いやりに気付く。彼女達は、残り少ない時間を……『いつも通り』を、少しでも自分に与えようとしていたのだと。

 その瞬間、エルの胸に込み上げてくるものがあった。小さな嗚咽が、部屋に響いた。


「……っ」


 が。それは、エルの口から溢れた物ではない。嗚咽は、隣の部屋から壁越しに聞こえていた。それは、押し殺された、兄を呼ぶ声だった。

 それを聞いてしまったエルもまた、我慢が出来なくなる。夜の闇に、嗚咽が二つ、いつまでも、響き続けた――……


   *  *  *


 翌朝。まだ寒気さの残る空気を感じながら、エルは片手を上げて挨拶をした。


「よう」


「……おはよぉ〜、エルくん〜」


 通学途中のアイコは、いつもの待ち合わせ場所に……いや、いつもの待ち合わせ場所だったそこにいたエルの姿を見て、その目を瞬かせ、しかしにへらと笑った。

 エルはちょいちょい、と今は数がすくなくなってしまった公園を指差した。



 二人は並んでベンチに座る。


「ほい」


「ありがとぉ〜」


 自販機で買ったホットコーヒーと、ホットのレモンジュース。それに口を付けながら、まったりと話し始める。

 アイコの横顔をちらりと見る。怪我が見受けられない事に、ほっと息を吐く。無事だとは聞いていたが、こうして直接目にしてようやく、安堵の息を吐く事が出来た。


「俺、STAGEのパイロットになった」


「……そぉ〜」


 おもむろにそう切り出す。アイコは、にへらと笑った。


「良いだろ。マギクラフトのパイロットだぜ?」


「……そうだねぇ〜」


 冗談めかして言うも、アイコはにへらとした笑みを浮かべたままだった。エルはそんなアイコの顔へ、手を伸ばした。ぐにぃッと頬を抓り上げる。


「い、いひゃいいひゃいぃ〜っ!」


「だったら、んな顔してんなっつーの」


 パッと手を離したエル。アイコは指摘されて、自分が作り笑いを作っていた事に気付いたようだった。


「……エルくんには、なんでもわかっちゃうんだねぇ〜」


「何年の付き合いだと思ってんだよ」


 エルが笑い、アイコも笑った。ようやく二人の距離感が、いつものものになる。


「……ねぇエルくん。昔よく、この公園で一緒に遊んだよねぇ〜」


「そうだったなぁ。お前のロボットごっこに、よく付き合わされたっけ」


 懐かしい、とエルは邂逅する。


「わたしねぇ〜、エルくんとはずぅ〜っと、ずぅ〜っと一緒にいるんだろうなぁ〜って。そう、思ってたよぉ」


 アイコはどこか過去を懐かしむように言った。


「……でも、違ったんだねぇ」


 ぽたり、とアイコの頬を涙が伝った。いつものほほんとした彼女の言葉が、感情的になっていく。


「ねぇ、エルくん……やだよぉ〜……やだよぉっ……! もっとぉ、ずっと一緒にいたいよぉ〜っ……!」


 からん、とペットボトルが地面に落ち、その中身が零れる。とくとく、と中の飲料が地面に消えていく。アイコがエルの身体にしがみ付き、懇願していた。髪の隙間から、涙に濡れる彼女の瞳が見えた。

 エルは思わず開きかけた口を、食いしばるように閉じて、頬を釣り上げた。笑みを作ってみせる。


「なーに言ってんだ馬鹿。一緒だろうが」


「……え?」


 アイコが不思議そうな目でエルを見上げる。


「お前が言ったんだろ。高校卒業したら、STAGEに就職するって」


「っ……!」


 アイコの目が、見開かれる。


「俺は、先に行って待ってるだけだ」


「……うんっ……うんっ!」


 アイコは涙を零しながら頷いた。彼女はエルの服をくしゃくしゃになるほど握りしめ、そして離した。袖で涙を拭い、笑ってみせる。


「じゃあ将来はわたしが、エルくんの専用機を作ってあげるよぉ〜」


「ははっ、そりゃ楽しみだ」


 どちらともなく立ち上がる。一歩、二人の距離が離れる。


「それじゃあ」


「うん、また……ね」


 エルは背を抜け、歩き出す。その背にアイコは小さく声を掛けた。


「助けてくれて、ありがとう……」


 エルは思わず漏れそうに嗚咽を、歯を食いしばって堪えた。そして、立ち止まらずに歩き続けた――……


   *  *  *


「んじゃま、行ってくるよ」


 エルが肩をすくめて言う。


「はいはい。まー元気にやりなよー」


「兄貴、元気でね」


 最後の別れはあっさりとしたものだった。エルは背を向け、自宅前に停まっている装甲車に乗り込もうと足を掛けた、その時。


「兄貴っ……!」


 妹のココロが叫んだ。エルは振り向く。しかし彼女は、『しまった』という表情で固まった。「あの……その……」と取り乱し始める。その内、我慢できなくなったように、嗚咽としゃくりが混じり始める。


「あー、エル」


 それをフォローするように、母のツグナが声を掛けた。そしてケースに入った何かを放り投げてくる。受け取ったエルが開けてみると、中に入っていたのはグラスビュアだった。


「普段使い用のやつ。あんた、前の壊れちゃったでしょ」


 エルがモニターをしていた試作品のグラスビュアは、マギアとの戦闘で壊れてしまっていた。今のエルは、STAGEから貸し出されたグラスビュアを使用していたのだ。


「……うん、サンキュ」


 エルは照れ臭そうに笑う。その間にココロもなんとか落ち着きを取り戻したようで、ぎこちないながらも笑顔を浮かべた。


「兄貴……行ってらっしゃい」


「おう、行ってくる」


 エルはココロの頭をくしゃっと一撫ですると、装甲車に乗り込んだ。車が走り始める。どんどんと、家が遠ざかっていく。エルはちらりと一度だけ、後ろを振り返った。

 そこには、互いの肩を抱いてなく、母と妹の姿があった――……


   *  *  *


 ――そして彼は、STAGEの施設へと辿り着く。

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