11.孤児院と感謝
辿り着いたのは、孤児院。STAGEの整備員――今はシャツ姿の彼女が、入り口の扉に手をかけた。と同時に、内側から扉が開かれた。
「あっ……エヴァおネエちゃん! おカエりなさい!」
現れたのは、褐色の肌を持つ、10歳ほどの少女。少女は笑顔を浮かべると、エヴァに抱きついた。と、エルは少し目を丸くした。少女に、見覚えがあったのだ。
少女はエルの存在に気付くとビクっと震え、エヴァの陰に隠れる。が、少女もエルが、見覚えのある相手だと気付く。
「……あのトキの、おニイちゃん?」
「あれ? アンタ達、知り合いなの?」
エヴァが不思議そうにする。褐色の少女はこくりと気恥ずかしそうに頷く。確かに、普通はどう考えても接点なんてなさそうな組み合わせだ。
だが、エルは納得していた。あの時、この付近で少女が虐められているのを見かけたのも、エヴァがここへ連れて来たのも。この場所に孤児院があったからなのだ、と。
それも、おそらくここは……外国人や、ハーフの子供ばかりが集められた、孤児院だ。ちらりと窓から見えた子供達は皆、外国人の血を色濃く表した外見をしていた。
「……って、ここで立ち話もなんだね。ほらっ、入って入って」
エルは促され、中へ足を踏み入れる。中は、丁寧に掃除がされているものの……どこもかしこも、ボロボロだった。今時珍しいくらい、古ぼけた建物だ。
エヴァに案内された先――大部屋には、十人前後の子供達がいた。小学校から、中学生くらいまで。女の子の方が少し多い。みんながエヴァの帰宅を喜ぶ。
「オ帰リ!」
「エヴァ姉ちゃんお帰り!」
「お帰りなさい!」
「……こっちの人は?」
と、子供達の視線がエルへと移る。急に皆が静まり返る。エルは子供達の視線に、敵意と怯えが半分ずつ入り交じっている事に気付く。エヴァはそんな子供達を安心させるように笑みを浮かべ、エルを紹介した。
「この人は、アタシの友達だよー! みんな、エルお兄ちゃん、って呼んであげてねー!」
「友達……?」
すると、皆のエルを見る目が一気に変化する。警戒から一転、急接近してくる。エルはあっという間に、子供達に取り囲まれてしまった。
「もしかしてお姉ちゃんの恋人っ!?」
「どういう関係!?」
「どっから来たの?」
「何歳?」
「お仕事は? 収入は? 貯金は? 将来設計はどうなっていますか?」
エルは子供達の勢いにたじろぐ。と同時に、エヴァが言うなら大丈夫――そんな、エヴァへの強い信頼を感じた。
「はいはい、みんな! エルお兄ちゃんが困ってるから、質問は順番に!」
エヴァは前のめりな子供達をテキパキと処理していく。エルはお行儀よく並んだ子供達の質問に、ヘトヘトになるまで答え続けるハメになるのだった――……
* * *
ようやく解放されたエルは、テーブルに突っ伏していた。子供達はようやく興味が薄れたのか、互いに教え合いながら、数少ない――古いタブレットを複数人で覗き込み、勉強をしていた。
「あははっ、お疲れさま」
エヴァがテーブルに、コトリと水の入ったコップを置く。喉がカラカラになっていたエルは、「助かる」と遠慮なくそれに口を付ける。と、隣の席についたエヴァが、勉強する子供達を見ながら言った。
「アタシさ……この子達を守ってあげたいんだ」
エルは飲み干したコップをテーブルに置き、エヴァへ視線を向けた。「おかわりいる?」「いや、十分」「そっか」と笑い合う。
エルはずっと気になっていた事を問うた。
「なぁ、エヴァ。ここに大人の人は……」
「……うん。いないよ」
エヴァは、そう困ったように笑う。
「いや、いるにはいるんだけどね……一回しか会った事ないや」
「こんな放置……許されるのか?」
「許されるんだよ、アタシ達は外国人だから」
エルは思わず怒りに歯を食いしばる。そんなエルに、エヴァは八重歯を見せて、笑った。
「だからその分、アタシがこの子達を守ってあげるんだ」
「っ……」
エルは何かを言おうとして、そして何も言葉が出てこず、口を噤んだ。代わりに、もう一つ気になっていた事を訪ねる。
「ここ……運営費はどうなってるんだ?」
「……全然、足りてないよ。だからアタシは、STAGEに入ったんだ」
エヴァは言った。
「アタシはこの子達を守りたい……でも、そのためにはお金がいる。STAGEでは、命の危険に晒される可能性もあるからね……こんな外国人のアタシでも、高く雇ってもらえるの」
エルは思わず訪ねてしまう。
「お前は……それでいいのか?」
「もちろん」
エヴァはエルと同年代……遊びたい盛りではないのだろうか、と思ってしまう。いくら外国人の孤児院とはいえ、ここまでしなければ生活費すらも賄えないなどという事があるのだろうか、と。
「何か……政府から援助金とかは……」
「援助金は……」
エヴァが言葉を詰まらせる。取り繕うように彼女は「ちゃんと貰ってるから安心して」と続けた。が、何かを隠しているのは明白だった。
エルは彼女をじっと見た。詳しく話せ、と。
「……あはは」
エヴァは、しまったなぁ、と苦い笑みを浮かべる。
「まあ……なんとかやってるよ」
「なんとか、じゃねぇだろ」
エルはイライラしてくる。別に自分の事ではないのに、なぜこんなにも腹が立つのだろうか。エヴァは諦めたように溜め息を吐き、話した。
「……全部、院長が持ってっちゃうから」
それは、諦念の滲んだ笑みだった。
「ッ……!」
エルの表情は怒りに染まった。力が入り、思わず立ち上がろうとする。が、エヴァは慌ててエルを嗜めた。
「違うの! 待って……! 今の院長はすごくイイヒトなんだよ。政府からの援助金だけで、満足してくれるんだから」
「……おい、どういう意味だそれ?」
怒りを通り越して無表情となったエルの問いに、エヴァは小さくなる。後ろめたい事を隠すかのように、視線を揺らした。だが、しばらくエルに睨まれ続けた後、ぽつり、と離した。
「……その前の院長は、暴力も振るう人だったから」
エルは、自身の常識が崩れていくのを感じた。
「だからね、院長が今の院長なのは、すごく幸運な事なの。子供達が恐い思いも、痛い思いをしなくていいんだから」
「……でも、それじゃあエヴァが」
エルは思わず口にして、気付いた。なぜ自分が苛立っているのか。エヴァはずっと子供達の心配ばかりで、自分の事が一切、勘定に入っていないのだ。一回も、遊びたいだとか、辛いだとかを、口にしないのだ。
そんなエルの言葉に、エヴァは目を開き……そして、笑った。
「それでも、アタシはもう――決めたから」
その笑みは……今までの困ったようなものとは違う、本当の笑みだった。
ぽつり、とエヴァが零した。
「……アタシ、なんでアンタをここに連れて来ようなんて思ったのか、ちょっとわかったかも」
「……?」
エルは意味がわからず、首を傾げる。だがエヴァ、少しだけエルを見つめた後、「そうそう、本題を忘れてた」と、話を切るように両手を合わせた。
「アンタは、何の為に自分が戦っているのかわからないんだっけ」
エルは、やっぱりバレてるし……と思いながら、「まあ……うん」と頷いた。エヴァは言う。
「……ねぇ、この光景見てて、アンタはなんか思わない?」
「……?」
エルは首を傾げる。子供達は先ほどから変わらず勉強を続けている。特に何も変化がないようだが……。
エヴァは、何も気付けないでいるエルをクスクスと笑って、言った。
「みんなさ、アンタが守ったんだよ」
「……、ッ!」
エルは一拍遅れて、気付く。……そうだ、もしエルが最初の事件でマギクラフトに乗る事を選んでいなければ、あの事件の場所からほど近い、この孤児院にいる子供達は――マギア共の餌食になっていた可能性が、とても高い。
「アンタがいなければ、アタシは……アタシの生きる理由を失ってた。アタシの、この子達に幸せになって欲しいって願いは……永遠に、叶わなくなってた」
エヴァの眦には、涙が浮かんでいた。
「ほんとうに、ありがとうね」
エルは込み上げて来た物を誤摩化すように、そっぽを向いて言った。
「子供達は……もう皆、十分幸せだと思うよ。お前がこんなにも思ってくれてるんだから」
エルの視線の先には、笑顔を絶やさない子供達の姿があった。しかし、エヴァが黙り込んだまま何も言わない。どうしたのかとエルは振り向いた。
「……まだ、『皆』じゃないんだ」
その視線は、大部屋で勉強会をしている子供達――ではなく、廊下を……正確には、そこにある一室を向いていた。




