終わりの終わり
5月13日 (日) 午後19:00
青篠スカイタワー、某倉庫内。
「くくく……これで準備はすべて整った」
薄暗い倉庫内で男は一人、薄ら笑いを浮かべていた。
男の髪は肩よりも長く、口元には蓄えられた髭。
「ついにこの日が来た」
男がこの計画を立ててからすでに何年もの月日が経っていた。
「この腐った世界を作り替える為の第一歩」
この世界は一度滅びるべきだ。
それでこそよりよい世界ができるというも。
それが男の思想、願い、欲望。
世界中のありとあらゆる戦場を巡り、狂ったように戦い、奪い、そして殺戮を繰り返してきた男がたどりついた答えだった。
破壊の後の創造にこそ真価がある。
それこそが、この男の絶対的価値観。
そこには誰かのために、ましてや自分のためになどと言った意味はなく。
破壊の後のに訪れる創造にこそ意味がある。
ただそれだけ。
その考えだけが男を支配していた。
長かった。
本当に長かった。
この日のために組織をつくり、実験と称して飛行機の爆破テロも行った。
今日という日を境に世界は破壊の限りを尽くされていくだろう。
しかし、それでいい。
なぜならそのあとの創造にこそ価値があるのだから。
すでに男の思考は常軌を逸してしまっていた。
「そうだ、まずはこのタワー内にいる生贄たちに挨拶をしなければいけないな」
破壊のための礎となる者達にもつねに礼儀を忘れない。
顎髭に手を当て、何かいいものはないかと考える。
「あまり長いのも考え物だ……できるだけ簡潔にしておくか……よし」
礎達への最後の挨拶も思いついた。
後はすでにジャックしておいたこのタワー内の回線に男の最後の挨拶を流すことで準備は完了だ。
そしてあいさつが終わり次第、タワーの爆破を決行する。
それですべてが終わり、すべてが始まる。
まさにそれこそが『終わりの始まり』というもの。
それこそが破壊の後の創造。
男は懐から無線機のようなものを取り出し、このタワーの回線に数値を合わせていく。
「くくく……くく、はーはっはっはっはっはっ……!!」
男はこの後に起こることを想像し、弾けるように笑いだした。
「おっと、いかんいかん」
本当に喜ぶのはすべてが終わった後、男は踊る心を鎮める。
「くくく……この瞬間すべてが報われる。私の苦労も、今までに犠牲になった尊い命達も……私はこの日を待ちわびていた!」
男が最後の行動に移ろうとする。
今まさに終わりの始まりが目前に差し掛かった。
「僕も待ちわびたよ。この瞬間をね……」
男の耳に届いた、誰かの声。
口元に近づけていた無線を降ろし、男が周囲に対する戒心を強める。
声の感じからして、性別は男、だがまだ子供のように若い。
それでも男は警戒を緩めることはしなかった。
この時間、この場所には自分以外の人間が居るなんてことはありえない。
そんな予想外の状況に男の中には小さな焦りが生まれていた。
「……ん?」
入口側の方向から、一人の少年が丸腰で歩いてくるのが見えた。
学生服に身を包んでいたその少年は男の数メートル先で止まり、男と対峙する。
「君は……あの時の少年か」
それは数日前に男が駅前の福引所であった学生の一人。
そう、男の前に立ちはだかっていたのは亮だった。
「奇遇だね、こんなところで何をしているのかな?」
男はフランクな雰囲気を醸し出し、亮にそう話しかける。
なぜこんなところに一端の学生が居るのか、男には知るすべもないが、たとえ学生と言えども、この計画を知られるわけにはいかなかった。
「おじさんこそ、こんなところで何をしているんですか?」
亮は質問を質問で返す。
「私かね? 君はまだ知らなくていいことだよ。まっ、いずれ知ることになるだろうがね……」
無気味に笑いを浮かべた。
「そうですか」
亮は顔色一つ変えずに話を続ける。
「そういえばおじさん」
「なにかね?」
「…………その髭、取れかけてますよ」
「……ッ!?」
亮の指摘に男はあわてて口元に手を持っていく。
だが、髭は問題なく定位置についている。
しかし、男が驚いたのはそんなことではない。
なぜ、まだ一言二言しか交わしたことのない目の前の子供が、それを知っているのか……
何を隠そう男は国際的にも指名手配されているほどの人物。
この付け髭も、ちゃちなものであるが変装の一種だった。
何とも底の見えない亮に男は警戒心を更に強める。
そんなことを気にも留めずに亮は更に男の確信に迫った。
「あなたがこのスカイタワーを爆破しようとしてることは、すでにお見通しです」
この一言が男にとって決定的となった。
この瞬間から男は亮を学生ではなく一人の敵と認識する。
「なぜ貴様がそのことを……!?」
男の目つきが変わった。
「さぁ、なぜでしょうね」
殺気が滲み出ている男の鋭い視線にも亮は眉ひとつ動かさない。
「綿密に計画を立てていたはずだが……まさか、たかが学生に知られているとは……」
「もう、あきらめて降参してください」
亮の強気な発言。
「フッ……」
しかし男は一笑に伏す。
「何を言うかと思えば、君一人がそれを知っているからと言ってなんだ?」
言って男は懐から拳銃を取り出した。
「悪いことは言わない。おとなしく最後のディナーを楽しんできたらどうかね? どのみち君を含むこのタワー内の人間は一人残らず天に還ることになるのだ。いくら抵抗しても無駄だよ」
「そんなことは……やってみなければわからない」
「だが、君一人で何ができる? 君一人では私に勝つことはできないよ」
男は余裕に口元を緩めた。
だが亮は、その男にも自身に向けられている拳銃にも物怖じ一つしなかった。
「確かに僕だけじゃ無理かもしれない……」
静かに漏れた亮の言葉。
しかしその言葉の中には、決して挫けることない強さが宿っていた。
「でも……僕はもう一人じゃないっ!!」
その気迫に男は一瞬だが萎縮してしまう。
刹那……
亮は手を振り上げ思い切り床に何かを叩きつけた。
その動作に男は反射的に腕を上げ、守りの体勢に入る。
次の瞬間、床に叩きつけられた小石のように小さな物がパンッという大きな音と共に弾け飛ぶ。
その音に驚き男の体がビクリッと痙攣した。
時間にすれば、一秒にも満たない一瞬。
だが、それが男の隙を生んだ。
「竜二ッ!」
「おうよ、うおおらあああああっ!!」
男の背後から鬼気と迫る竜二の渾身の攻撃。
「くっ!!」
驚きで一瞬、硬直した身体。
しかし男は驚異的な反射神経で紙一重に竜二の攻撃を躱した。
「まだまだっ!!」
体勢を崩した男へ竜二がさらに追い打ちをかける。
だが、男はそれすらも背後に飛び、躱した。
しかし攻撃が躱されることは竜二も百も承知だった。
竜二の狙いは……
「友也ァッ!! 出番だぜ!」
拳銃を構える男の背後に向かってそう叫ぶ。
「何ッ!!」
驚いたように男もすぐさま背後に目を移す。
だが、そこには誰もいなかった。
代わりに、再び小さな爆発音が別の方向から倉庫内に鳴り響く。
「こっちか……!」
音のした方向に銃口を向ける。
しかし、そこに居た人影は、男に向かうことなく、再び闇の中へと紛れていった。
「俺はここだっ! はあああああああっ!!」
男が銃口を向けた瞬間、男の背後を取る様に、物陰から飛び出してきた友也が男に襲いかかった。
男は身を翻し攻撃を躱そうとするが、
「おっと、俺様を忘れてもらっちゃ困るぜ!!」
竜二が男の逃げ道を塞ぐ。
今すぐどちらかを弾丸で打ち抜くことも出来るが、代わりにどちらかの攻撃を確実に受けてしまう。
まだ誰が隠れているか分からない以上、男に無理は出来なかった。
「くそ……!」
あきらめたように、男が別の二人のいない方向へと走り出そうとする。
だが、それを読んでいたように放った友也の蹴りが、狙ったように男の拳銃を持つ手に当たり、弾き飛んだ拳銃が地面を転がっていった。
「白河ッ!!」
「はいっ!!」
その声を合図に、さらに別の場所に身を潜めていた美咲が転がった拳銃を取りに走った。
男もすぐに追いかけようとするが、竜二と友也に阻まれてしまう。
「亮君ッ!!」
「うんっ!!」
美咲が闇の中から現れた亮に向かって拾った拳銃を投げ渡す。
亮はそれを受け取り、銃口を男に向けた。
男が現在持っている武器は亮の持つ拳銃が一丁だけ。
それに加え。今は1対4。
この状況を不利と判断したのか男は両手を挙げ、降伏の意思を見せた。
「竜二、お願い」
「おう」
亮に指示された竜二が、男の両手を背中側で固め、地に伏せさせる。
学生に一杯食わされたことに対し男は信じられないという表情だった。
「バカな、こんなことが……私はこの日のために何度も綿密なシミュレーションを 重ねてきた。それが貴様達のようなガキに……」
「238回……」
ボソリと亮が男に話しかける。
「僕がこうしてあなたと対峙した回数だ」
「何?」
亮の言っている意味が男には理解できていなかった。
「何を言っている……?」
「長かった……ここにたどり着くまで、本当に……長かった」
亮の口調はまるで遠い過去を思い出しているかのようにも見えた。
238回。
それは亮がこのタワー内の倉庫で男と対峙し、今の様に激しい攻防を繰り広げた回数だった。
そして、それは237回、亮が男に対して敗北したことを意味していた。
238回目の今日、亮は男に対し初めて絶対的優位に立つことが出来たのだ。
しかしそれはあくまでも、亮がこの倉庫で男と対峙してからの回数。
そこに至るまでの道のりは、果てしなく気が遠くなるほどに長く、そして辛いものだった。
『運命を変える』
これは言い換えれば、その時々で無数に存在する選択肢の中から前回とは別の選択肢を選んでいるということだ。
そしていくら亮が運命を変えていると言っても、それは些細なものでしかない。
いくら選択肢を選び変えても、大幅に結末が変わるわけではなく、そこに至るまでの過程がほんの少しだけ変化するだけで結局結末はいつも同じだった。
しかし、それは友也も同じこと。
無数に繰り返される一週間のなかで、友也も無数にある選択肢の中から一喜一憂しながら様々な選択をし、このタワー内にいる人間を救おうとしていた。
だが、結局結末までもを変えることは出来ず、己の無力さと残酷な運命に絶望するも、それを受け入れ、いつしか友也の目的は、唯一生き残れる可能性のあった亮を助けることに変わっていったのだ。
運命を変えるために必要な要素、それは『記憶』だ。
そして亮と友也の違いはここにあった。
テロの直後しか前回の記憶を思い出せない友也と次週に記憶を持ち越せる亮。
それこそが二人の唯一の違いだった。
運命に抗う力を持つ友也と運命を変えることの出来る亮。
なぜ、そんな二人の違いが生まれているのか……
それはそういう星の下に生まれてきたとしか言いようがない。
しかし、いくら亮が記憶を持ち越せると言っても、それはほんの一部であり、いくらその一週間で様々なことを学び、体験したとしても、また最初の月曜日に戻れば記憶もほとんどリセットされてしまう。
これが亮が運命を少しずつしか変えられない原因でもあった。
そのため亮は何度も何度も一週間を繰り返し、その度に記憶を少しずつ積み重ねていったのだ。
それは気の遠くなるような時間と、それに耐えるだけの精神力を持って初めて可能となる。
男の事を調べるだけでも、どれほどの時間が掛かったことだろうか……
繰り返した回数も、1000回を超えたころには亮も数えるのを止めてしまっていた。
亮はそれの何倍、何十倍……いや、もしかしたら何百倍もの時間を費やしてきたのかもしれない。
ときには、心が壊れかけてしまったこともあった。
全てを投げ出し挫折しかけてしまったこともあった。
しかし、その度に亮は、それを乗り越え、襲い来る運命に立ち向かっていった。
全てはこの日のために……
大切なモノをすべて守るために……
もう誰も悲しまないハッピーエンドを迎えるために……
それが亮が心に掲げた唯一の決意だった。
何度繰り返そうが、その決意だけは変わることはなかった。
大事な親友達のために愚直に前に進み続ける。
それが『神谷 亮』という人間の本質だったのだ。
「あなたがどんな作戦を立てようと同じこと……僕はこれから起こることも、自分がどうするべきかもすべて知っている。何度も何度も僕はこの瞬間のために繰り返してきたのだから」
「いい気になるなよ。私が失敗したと分かれば、すぐにでも私の仲間達が動き出す」
そういう手筈で男は動いていた。
この作戦は男にとって万に一つの失敗も許されない。
だが、それも無駄に終わる。
「それも、もう手は打ってある。今頃は国際警察が全勢力を挙げて動いているだろうね、このタワーももうとっくに包囲されているよ」
「嘘も休み休み言いたまえ、一体どうやって? たかが一学生のいうことを警察が鵜呑みにするはず……」
「確かに僕達の言葉だけじゃ、無理だったかもしれない」
亮は男の言葉を遮った。
「でも証拠を見せれば……」
「証拠だと?」
「例えば展望室に隠してある『爆弾』とか」
「なっ……!」
男は驚愕した。
「なぜそれを……この建物内に設置してある爆弾の情報操作と隠蔽工作は完璧だったはずだ!」
「言ったはずだよ。僕はすべてを知っていると」
勝負は完全に決まったかに思えた。
しかし、この男はただのテロリストではない。
仮にも今までいくつもの死線を潜り抜けてきた経験がある。
男の両腕は後ろに回され竜二に締め上げられている。
竜二と男では単純な腕力の勝負では、自分に勝ち目がないと締められている本人が一番理解していた。
そして目の前には銃を男に突き付けている亮がいる。
本来ならここは、男が命を乞う場面。
しかし男には策があった。
所詮は学生。
いくら拳銃を持っていたとしても、その引き金を引く勇気が、誰かの命を奪う覚悟があるはずはないと……
命を奪うという行為には決して折れぬ信念と、強靭な精神力が必要。
でなければ、命を奪ったという事実に本人が耐えられず、心が破滅してしまうからだ。
そんな覚悟を目の前にいる子供が持っているはずがないと男は確信していた。
残る問題は腕を占めている竜二だが、いくら腕力が秀でているとはいえ所詮は素人。
技のかけ方自体が荒い。
腕の関節を外せば、即座に抜け出せる。
その直後、亮の一瞬の隙をついて、拳銃を奪い返せばすべては終わる。
それが男が思い描いていた展開だった。
この作戦に失敗などあってはならないのだ。
男は即座に行動に移る。
自分の腕の関節をはずし竜二の拘束から抜け出す。
この間、約1秒そして有無を言わさず、亮から拳銃を奪い返すために体制を変えようとした。
その時……
無情にも響き渡る発砲音。
見ると男のすぐ目の前に弾痕が出来、地面が火薬で黒く焦げずんでいた。
男があと数センチ前に出ていたら、確実に頭に命中していたであろう距離。
「次は、外さない」
「な……あ……あ……」
男は無意識につばを飲み込む。
そしてゆっくりと顔をあげ、亮の顔を見やる。
自分の姿が映っている亮の瞳を見たとき男は静かに、そして深く恐怖した。
そこには、もう誰かの助けを待ち、ただ泣き叫んでいた亮はいなかった。
その瞳には覚悟が、何があっても貫き通すという信念が宿っていた。
幾重もの辛い経験が……
失った友を取り戻すという覚悟が……
そしてたった一人の大切な者を守り抜くという決心が……
亮を強くしていた。
その運命すら捻じ曲げてしまうほどに……
男は自らの死をも覚悟した。
完全に心の折れてしまった男にはもう成す術などなく、
「……私の……負けだ…………」
この瞬間、男は全てをあきらめた──────




