運命
夢を見た。
それは、まだ僕が友也達に出会うよりも昔の話。
僕はいつものように近所の公園に一人で遊びに行っていた。
そして……
僕がいつも遊んでいたブランコに彼女はいた。
当時の僕と同い年くらいの少女。
「こんにちは」
その少女が微笑みながら僕に挨拶をしてきた。
「こ、こんにちはっ……!」
人見知りな僕も何とか挨拶を返す。
「あなたはいつもここで遊んでるの?」
少女の問いに僕は無言で頷いた。
「じゃあ、わたしと一緒に遊びませんか?」
「う、うん。いいよ」
そう答えると少女の顔はパアッと明るくなった。
「ありがとう」
その向日葵のような少女の笑顔に僕は照れて下を向いてしまう。
「わたしシラカワミサキっていうの」
「ボクはカミヤリョウだよ」
「よろしくねリョーくん!」
「うん、よろしくミサキちゃん」
美咲が僕の手を引いて砂場へと駆けていく。
「じゃあ、まずはおままごと! わたしがおかーさんで、リョーくんがおとーさんね」
「うん」
その日は僕達は、日が暮れるまで夢中になって遊んだ。
「フフ、リョーくんと遊ぶのは楽しいな」
「ボクもミサキちゃんと遊ぶの楽しいよ」
「これからもずっとずっと遊ぼうね」
「うん!」
その日から僕達は毎日のように遊んだ。
ブランコ、すべり台、おままごと……
二人で遊んでいると、何をしてもいつまでも飽きるとこはなかった。
ある日公園に行くと、
美咲が野良犬に吠え回されて泣いていた。
「こいつ! あっちいけっ!!」
必死に美咲を助けようと、勇気を振り絞り、野良犬に向かって石を投げつける。
すると野良犬は驚いてどこかへ逃げていった。
「ミサキちゃん、だいじょーぶ!?」
うずくまって泣いている美咲に駆け寄る。
「うっ、ひっく……うえぇぇん……こわかったよ……」
「もうだいじょーぶだよ。悪いイヌはボクがやっつけたから」
慰めるように優しく美咲の頭を撫でた。
「ひっく……ありがとう、リョーくん」
「これからは、ずっとボクがミサキちゃんを守ってあげるね」
「本当……?」
「うん!」
「じゃあ約束」
「約束だ」
そう言って僕達は指切りをした。
そして、またいつもの様に遊ぶ。
「リョーくん、また明日も遊ぼうね!」
「うん、約束だよ! バイバイ、また明日!」
いつものように約束をして僕達はお互いの家に帰っていく。
そして次の日、
美咲は公園に現れなかった。
その次の日も、また次の日も美咲は公園に来ることはなかった。
後で聞いた話によると美咲は親の仕事の都合で遠くに引っ越してしまったらしい。
それが何を意味するのか小さいころの僕にはよくわからなかったけど、もう美咲に合えないのだと思うと、とても寂しかったのは覚えている。
けれども僕は泣かなかった。
毎日のように公園に通い続け、待ち続けた。
交わした約束を忘れないために……
シラカワミサキと名乗った少女の事を覚えておくために……
小さいころの約束なんて大きくなれば忘れてしまうだろう。
けれども僕は待ち続けた。
美咲とまた出会える日まで─────
────ふいに目が覚めた。
夢……を見ていた様な気がする。
否、それは夢ではない。
それは全て現実だ。
全ては僕が体験したことだ。
目の前には漆黒の闇だけが無限に広がっていた。
まるで夢の中にいるようなフワフワとしたこの感覚。
僕は、また戻ってきた。
美咲の元に……
そして全てを終わらせるために……
もう後戻りは許されない。
闇の中を美咲を探してひたすら走り続けた。
美咲は今も苦しみ続けている。
世界に決められた運命にではなく、自分自身で決めてしまった運命に。
僕は美咲をその永遠に続く運命から救い出したかった。
美咲が自分を犠牲にしてでも僕を救い出そうとしてくれたように……
もう美咲と離ればなれになるのはごめんだ。
その思いが僕の体を一心不乱にを突き動かした。
「ハァ……ハァ……」
どれほど走っただろうか?
時間の感覚なんてとうになかった。
それでも僕は走り続ける。
美咲を探して……
「ハァ……ハァ……」
美咲……僕が、僕が絶対に救い出してみせる……!!
そう心に強く誓ったとき、無限に続く闇の中に一筋の光が指した。
僕はその光に向かって思いきり手を伸ばす。
「美咲ィッ!!」
そして……
「ハァ、ハァ……やっと見つけたよ。美咲」
確かに僕は美咲の腕を掴んでいた。
「亮……君……?」
美咲が僕に向き直る。
「なぜ出てきてしまったんですか、『あの世界』から……」
『あの世界』
それはおそらくさっきまで僕がいた偽りの世界のことだろう。
「あの世界は全部偽物だ。本当のものなんてあそこには何一つ無いよ」
その偽物にすがろうとしていた自分が言えたことではないが。
「でも限りなく本物に近い世界です。あそこにいれば、もう亮君が孤独に苦しむことはないのに、何で出てきたしまったんですか!?」
美咲の瞳には強い悲しみが宿っていた。
「現実から目を背けちゃいけないって、教えてもらったからだよ」
「理解できませんっ!! 亮君は言っていたじゃないですか、風間さんや真田さん達とずっと一緒に居たいって……だから私は亮君の願いを叶えるためにあの世界を……なのに……なんで……?」
美咲が僕のためを思ったゆえの行動。
そう思ってしてくれたことを僕が責められるはずもなかった。
「でも美咲が居ない」
「……っ!!」
「僕は竜二と友也だけじゃない、美咲ともずっと一緒に居たいんだよ。だから一緒に帰ろう、僕達の世界へ」
美咲に手を差し伸べる。
しかし美咲はその手を取ることはなかった。
「それは出来ません……私が戻ったら、また亮君が辛い思いをしてしまう」
その美咲の思いに僕の心は痛いほど締め付けられていた。
「美咲……」
美咲の名を呼び、再び手を伸ばすが……
「来ないでぇっ!!」
美咲は僕を拒絶した。
「私のことは放っておいて下さい。私はどうなってもいいんです。亮君が幸せになれるのなら……」
とても皮肉なものだった。
一緒に居たいがために美咲を助け出そうとしている僕と自分の存在を消してでも僕を助けたい美咲。
僕達の考えは見事に対極に位置していた。
お互いがお互いを思う気持ちは同じなのに、何故こうもすれ違ってしまうのか?
そんなことは分かり切っている。
すべては僕の弱さが招いた結果だ。
僕が不甲斐ないばかりに竜二が、友也が、そして美咲が苦しんでいる。
そんな自分を僕は許せなかった。
でも今は違う。
今まで僕が皆に助けられてきたように、今度は僕が皆を助けてみせる。
そう、心に固く誓っていた。
僕の手を拒む美咲の肩を無理やり掴み抱き締める。
「放して下さい! 私がいたら亮君が不幸になってしまう……」
「ダメなんだ……」
「え……?」
「どんなに辛いことがあっても、それから逃げるだけではダメなんだよ。僕達はそれに立ち向かっていかなくちゃいけないんだ」
そう友也が教えてくれた。
「でも、私が戻ったら……またあの一週間が繰り返されてしまいます」
「僕の事はもう大丈夫。何度繰り返したって、僕は必ず美咲を迎えに来る。僕を信じて……美咲は僕が守る。そう、約束したからね」
「……っ! 昔のこと……思い出してくれたんですね」
「うん、今まで忘れててゴメンね。でも……これからはずっと僕が美咲を守っていく」
「私は……ずっと亮君の傍に居てもいいんですか……?」
「うん」
「亮……君……わ、わた……し……」
美咲の身体が震えている。
「もう我慢しなくていいんだよ」
「……私……わたし……」
美咲の中でせき止められていたものが溢れだす。
僕を助けるために我慢していた、僕に心配を掛けまいと強がり押しつぶしていた感情。
それは大粒の涙となって美咲の目から溢れだした。
もう美咲を縛り付けるものは何もない。
僕は美咲を抱く手に力を込める。
「大好きだよ美咲。もう絶対に離したりはしない」
「私も大好きです。亮君」
そして僕達はそっと唇を重ねた。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
僕達は手をつなぎ、しっかりと目前に広がる未来を見据える。
前に足を踏み出したとき、無限の闇に覆われていた空間に亀裂がはいった。
亀裂から光が溢れ出し世界全体を包んでいく……
何もかもを手に入れようなんて都合が良すぎるかもしれない。
そんなハッピーエンドなんで、現実には起こるはずがないと言われるかもしれない。
けれども、そんなハッピーエンドがあったっていいじゃないか。
僕はもう覚悟を決めた。
もう誰も悲しませたりはしない……
皆が笑って終えられるハッピーエンドを作ろうと心に誓ったんだ。
そのために僕達は光の中を歩き続けた。
定められた『運命』を変えるために──────




