【第1章】夢現実[1-2]
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【天草家;リビング】
数分後、パタパタと小走りで戻って来た輝夜が持ってきたのは、何の飾り気のないシンプルな黒い指出しの手袋だった。
ポケ○ントレーナーのサ○シが嵌めているグローブを想像してくれれば解りやすいだろうか。
苦悶の表情でそのグローブを恐る恐る嵌める、途端、スポンジが水を吸うが如く、禍々しい痣はみるみる吸収され、腕から姿を消した。
痛みが引いていったのか、焔は安堵の表情で一杯になった。
「はぁ…はぁ……な、なんとか収まったみたいだけど…」
「ハクさん…一体何が…」
「…ていうか、えっと…ハク、さん、だっけ…勝手に人の家に上がり込んで…輝夜に何もしてないだろうね?」
「に、兄さん、ハクさんは昨日の夜に、兄さんを運んできてくれたんですよ」
「…え、そう…なの?」
「ま、無理もないの、いきなりブッ倒れるんだからの」
「って、あれは君が――」
「(あれ…そういえば、なんで生きてるんだ?確か…デッカイ鎌でバッサリ…)」
寝間着の襟を伸ばし、自分の胸元を覗く。しかしそこには傷痕などどこにも無かった。
「……ない…」
「もー兄さんったら、胸がないのを気にしてるんですか?」
「いや僕♂だよ!?」
自分は男だ、と誇示しながらも反射的に胸元を押さえてしまう。
「……む、お主、やはり女子だったのか、童顔だから解らんかったわ」
その現場を見ながら、ハクが欠伸の途中でくぐもった声を出した。
焔は反論したそうな表情だが、ぐっと詰まる。
「(童顔は否めない…)」
「ふふん、まぁ茶番はここまでとして…そろそろ本題に移ろうかの」
ハクが静かな声で言った。
「本題?」
「うむ、自己紹介も兼ねて、説明の続きをしようかの」
ふと気付くと、ハクが眼前に迫っていた。
身長は150cmに充たない。腰まで伸びた銀髪を垂らし、白雪を連想させる柔らかそうな白い肌と瑠璃色の瞳。
人形のような容姿のハクは、真っ直ぐと焔を見据える。
途端に、張り詰めたような緊張感が再び蘇ってきた。
焔は、この緊張感を憶えていた。
そしてハクは、小さな口を開けて喋り出す。
「我が名は【ハク】、【九十九神狐白姫】…此度は、天草ノ血族、第27代血統当主、【天草ノ白夜】の命により…」
「第31代血統当主【天草 焔】の護衛及び先導として、今ここに参上仕った…」
「何言ってるのこの人」
「兄…さん?」
自己紹介の時点で意味不明な言葉を羅列していくハク、焔と輝夜は互いに顔を見合わせた。
そんな事はお構い無く、ハクの自己紹介はまだ続く。
焔は何とかその言葉を理解しようとするが…。
「【天草 焔】…お主は【神々の遊戯】に於いての要、故に終焉をもたらす者としての責務がある……どうか焦らず、怖がらずに聞いてほしいのだ…」
本気で意味が解らなかった。
「(いつもの日曜日の朝って…もっと、のんびりしてたハズだよね?)」
だが、今二人の眼前にいる【ハク】という少女は、言い方が悪いが、虚言癖があるのだろうか?
しかし、狐から少女へ姿が変わったのは、自分の目でしっかり見たのは憶えている。
「(一昨日…いや、昨日の夜までは変わらない毎日だったはず…)」
焔と輝夜で望み、築き上げてきた誰にも左右されない平凡な暮らし。
周りの人達の意見を押し切って掴んだ【今】。
だが、彼女、ハクの放つ言葉の一言一言で、築き上げてきたモラルがガラガラと音を立てて崩壊していくような気がした。
ダメだ、聞いてはいけない、聞いちゃダメなんだ。
立ちくらみや嗚咽感といった症状が、容赦なく焔を襲う。
このまま話を聞くのはダメだ、と脳が勝手に拒絶し始める。
「(……やめて、やめてくれ、聞きたくない、余計なことを吹き込むな、聞かせるな…やめろ…やめろ……!!)」
「焔、お主は――」
「止めろぉッ!!!」
「………!!」
「に、兄さん!?」
焔は、今まで挙げた事の無い程の叫び声を、眼前の少女にぶつけた。
込み上げた感情は、自身で制御する事が出来ずに、一人でに暴走する。
「(ダメだ…止まらない…)」
「……焔…」
「君は…何が目的でそんな戯れ言を言っているんだ!?神々の遊戯?血族?血統当主?なんだよそれは、ふざけないでよ!!」
「これ以上誰かに…僕たちの暮らしを、日常を乱されてたまるか…そういうのはもう、御免だ…!!」
「待て焔…私はお主を…」
「聞く気はない、わがままとか、逃げてるとか、そんな事を言われようと僕は聞かない!!」
「……焔…」
「…気安く名前を呼ばないでよ…頼むからもう…帰ってくれないか…」
「に、兄さん!!いくらなんでも言い過ぎですよ…!!まずは落ち着いて…ハクさんの話を…」
「…ごめん輝夜…断る」
「兄さん……」
一頻り言い放った焔は、すごすごとリビングを後にし、そのまま二階へ上がって行ってしまった。
「…あの、ハクさん…本当に申し訳ありませんでした…」
「なに、大丈夫だ、この事態は既に私の想定範囲内だったからな」
「でも、ちょっと兄さん…言い過ぎでしたし…」
「……お主、輝夜と言ったな」
「え、あ、はい…」
「唐突だが、焔が好きか?」
「好き、…って、えぇ!?」
本当に唐突過ぎる質問に、輝夜は思わず叫んでしまった。
ハクは微笑み、慌てふためく輝夜を落ち着かせ、声のトーンを上げた。
「家族として、あるいは異性として好きでもいい、とにかく奴を好きでいるかどうか、それを問うておる」
「…わ、私は……」
「うん?」
「~~~……、す、好きです…」
「……おぉ…」
「だ、だから!!それで結局何なんですか!!」
「あぁ、簡単だ、ふてくされて引き籠ってしまった奴の代わりに、お主が聞いてはくれぬか?」
「え、じゃあさっきのは何だったんですか!?」
「お主がどれ程奴を想っておるかどうか、それの合否によって話すかどうか決めておったのだが…意外にも答えは早かったの…」
「恥ずかしいからやめてくださいぃぃぃ!!!!」
「ともかく、聞くなら聞くで早くした方が良い、奴の人生にも関わる話だ」
「………え?」
リビングに突如、静寂が訪れた。
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