第10話「二つの道、同時に」(下)
第6部
重力均衡研究部と新天地探索部、
二つの部署が発足してから、
数ヶ月が過ぎていた。
会議場には、
両部署の中核を担う
技師や学者たちが、
初めての合同報告のために
集っていた。
吾郎は、
両部署からの定期報告を、
緊張した面持ちで聞いていた。
「重力均衡研究部から、
報告します」
研究部長が、
資料を手に立ち上がる。
周囲の技師たちも、
それぞれの担当分野の詳細な数値を、
手元に準備していた。
「試作した補正装置、
小規模な実験では、
局所的な重力の乱れを、
一時的に緩和することに
成功しました。……ですが、
銀河団全域に及ぼすには、
桁違いの出力が必要です」
「実現の見込みは?」
「理論上は可能です。……ですが、
必要な出力を得るための
装置建設には、少なくとも
二十年はかかるかと。……」
吾郎は、静かに眉を寄せた。
「猶予は、
それより短いかもしれない
のだったな?」
「はい。……最新の解析では、
深刻な影響が出始めるまで、
十五年から三十年という見立てです。
二十年という建設期間は、
あまりに際どい」
会議室に、重い沈黙が落ちた。
研究部の若い技師の一人が、
遠慮がちに手を挙げた。
「監督官殿。……
出力を高める代わりに、
複数の小型装置を、
銀河団各所に分散配置する案も、
検討の余地があるかもしれません」
「分散配置、か。……
詳しく聞かせてくれ」
「一極集中でなく、
負荷を分散させれば、
建設期間そのものを、
短縮できる可能性があります。
まだ試算段階ですが、……」
「有望な案だ。……
並行して検討を進めてくれ」
新天地探索部の部長が、
静かに口を開いた。
「探索部からも、報告があります。……
聖国の版図内、
幾つかの候補宙域を調査した結果、
一つ、
有望な未開拓の銀河を発見しました」
「詳細を」
「まだ人跡未踏の、若い銀河です。
居住可能な星系も多く、
この銀河団の民を
受け入れるだけの余地は、
十分にあるかと、……」
探索部長の声には、
長い旅路の末に
ようやく見つけた発見への、
静かな誇りが滲んでいた。
「距離は?」
「……現在の技術で、
片道十年ほどかかります。
数千億の民を移送するとなれば、
輸送だけで、
さらに長い歳月を要するでしょう」
吾郎は、両部署の報告を、
静かに比較していた。
どちらの道も、決して平坦ではない。
「一つ、提案があります」
探索部長が、慎重に続けた。
「補正技術が完成するまでの
繋ぎとして、まず、
リスクの高い
一部の銀河の民だけでも、
先行して新天地へ
移送してはどうでしょうか?」
「全員でなく、一部を、か?」
「はい。……
重力の乱れが
最も深刻な銀河から優先し、
残りの銀河は、
補正技術の完成を待つ。
二つの道を、
同時並行で活かす形です」
法務担当の補佐官が、
慎重に付け加えた。
「監督官殿。……
その優先順位の決め方一つで、
深刻な不満を招く恐れがあります」
「分かっている。……
だからこそ、恣意的な判断ではなく、
客観的な観測データに基づいて、
優先順位を決めねばならない」
吾郎は、しばし考え、静かに頷いた。
「悪くない。……
だが、『一部を先に』という判断は、
必ず不公平だという声を生む。
丁寧な説明が要る」
彼は、この提案を、
次の銀河団総会に諮ることを決めた。
一方、レグナは、討伐の合間、
探索部が発見した新天地の安全確認に、
自ら足を運んでいた。
「未知の脅威がないか、
俺が先んじて確かめておこう。……
民を送り出してから
危険が見つかったのでは、遅い」
「感謝します、レグナ様」
「案ずるな。……
この程度、庭園を広げてきた俺には、
慣れたものだ」
新天地に降り立ったレグナは、
その手で幾つもの星系を巡り、
潜在的な脅威の有無を、
丹念に確かめていった。
「土壌も、大気も、健全なものだ。……
澱の残滓のような気配も、
今のところない」
聖宮では、アーロンが、
この報告に静かに頷いていた。
「二つの道を、同時に進める、か。……
吾郎らしい、堅実なやり方だ」
セレスティアが、静かに付け加えた。
「そういえば、
聖国ルネサンスの方でも、
面白い動きがありましたわ。……
各地の監督官が
持ち寄った土地の音楽を集めた、
合同演奏会の構想が
持ち上がっています」
「合同演奏会、とは?」
「銀河団それぞれの伝統楽器や旋律を、
一つの舞台で披露し合う催しです。
……編纂生たちが、
各地から届く
報告書の中に埋もれていた、
音楽にまつわる小さな逸話の数々に
目を留めたのがきっかけだとか。……」
アーロンは、興味深げに目を細めた。
「それは良い。……
力や仕組みだけでなく、
そうした催しもまた、
この庭園を結びつける糸になるだろう」
「ただ、
演奏の様式があまりに違いすぎて、
どう一つの舞台にまとめるか、
編纂科の若手たちが
頭を悩ませているようですけれど」
「無理にまとめずともよい。……
それぞれの音色が、
それぞれのまま響き合う。
それでこそ、
この庭園らしいのではないか」
セレスティアは、静かに微笑んだ。
「ええ、私もそう思います。……
早速、その旨を伝えておきましょう」
明朝 7:30 に投稿します。




