王都崩壊のカウントダウンとプロデューサーの決断
王都上空の空間が、まるであつらえたガラスのようにメキメキと音を立てて歪んでいた。
心地よい午後の陽光に満ちていたセントラリアの街並みは、一瞬にして鉛色の暗雲へと覆い隠されていく。
「……なんだ、この空間歪曲の数値は……!」
王立騎士団養成学院の工房で、僕は手元の観測モニターから目を剥いて飛び上がった。
「アルト、どうしたの……!外が急に真っ暗になって……!」
リゼットが不安そうに栗色のポニーテールを揺らしながら、窓辺へと駆け寄る。
「落ち着いて、リゼット。パニックを起こしている暇はないわ」
クラウディアが気丈に声を張り上げるが、その声の震えが彼女の内心の動揺を物語っていた。
「皆さん、お祈りを……いえ、それだけでは防ぎきれないほどの邪悪な気配がしますです……!」
エミリアが翠の瞳を潤ませながら、祈るように胸の前で手を組む。
「主殿、あれを見るでござる……!」
天井の梁の上から音もなく飛び降りてきた菖蒲が、引き締まった表情で窓の外を睨みつけていた。
「アルト様っ、怖いなら私がぎゅっとして差し上げますわ!あんな黒い雲なんて、私の電撃でパパッと吹き飛ばして見せますから!」
背中から僕に抱きついてきたのは、恋に焦がれる雷姫ことルージュだった。
彼女の金色のツインテールが静電気でパチパチと音を立て、僕の背中にすり寄ってくる。
普段なら彼女たちの騒がしいやり取りに頭を抱えるところだが、今はそれどころではなかった。
菖蒲が指差した王都の上空には、都市そのものを飲み込まんとするほどの超巨大な漆黒の浮遊要塞が姿を現していた。
「嘘……であってよ……あんなの、街がまるごと押し潰されちゃうわ……!」
リゼットが恐怖に唇を噛みしめる。
「星喰らいの母艦……!カミヤの言っていた星の侵略者が、本気でこの星を喰らいにきたというわけか……!」
僕は冷や汗を拭いながら、メインコンソールを叩き続けた。
要塞から放たれた目に見えない瘴気が王都の全域を包み込み、市民たちの生命力が急速に吸い取られていくのがデータとして可視化される。
「アルト、観測データの解析はどうなっているの……!」
クラウディアが僕の肩を強く掴み、切迫した声で問う。
「最悪だ……。あの母艦が放つ瘴気は、王都にいる全ての生命エネルギーを狙っている。このままでは、わずか1時間でこの街の人間は全員、生命力を根こそぎ奪われて枯れ果てる」
僕が冷徹に弾き出された数値を告げると、工房の空気が完全に凍りついた。
「1時間……そんなの、早すぎるわ……!」
「ふざけた真似をしてくれるわね……!私たちの愛するこの王都を、勝手に消し去るなど許さないでござる!」
リゼットの悲鳴に重なるように、菖蒲が小刀の柄に手をかけて殺気をみなぎらせる。
「許せませんわ……!私が愛するアルト様との愛の巣を壊そうだなんて、万死に値しますわ!」
ルージュがバチバチと紫電を散らしながら、瞳に怒りの炎を燃やした。
だが、通常の変神状態や先日の合体技だけでは、あの超巨大母艦の装甲すら傷つけることはできない。
相手は惑星そのものを喰らう異形の頂点なのだから。
「アルト……あなた、何か隠しているわね」
クラウディアの鋭い洞察力が、僕の表情の変化を見逃さなかった。
「そうだね……僕たちはこれまで数々の奇跡を起こしてきた。だが、今回は甘くない。普通のやり方では、君たち全員を生かしたまま勝つことはできない」
「ちょっと、アルト……何を言っているのよ……!」
リゼットが慌てて僕の腕にしがみつく。
「アルトさん、私たちを置いてどこかへ行ってしまうのですか……?」
エミリアが涙を溜めた瞳で僕を見つめてきた。
僕は彼女たちの頭を順番に優しく撫で、不敵に笑ってみせた。
「バカを言うな。僕が君たちを置いていくものか。だが、最高のショーを演出するためには、最高のシステムが必要不可欠なんだよ」
僕はデスクトップの奥深くに隠されていた禁断のアイコンを叩いた。
モニターの画面が血のような赤色に染まり、警告音が工房内に鳴り響く。
『オメガ・プロトコル。未完成の強制限界突破システム。起動しますか』
「起動する。リミッターを全て解除しろ」
僕がそう命じた瞬間、工房の床に描かれた魔法陣が狂ったように明滅し始めた。
それは僕自身の生命力を直接魔力に変換し、5人のプリズム・チャームへ過剰供給するための危険極まりない命綱だった。
システムが稼働した瞬間、僕の体内で心臓が締め付けられるような激しい痛みが走る。
だが僕は表情一つ変えず、血の滲む口元で笑い続けた。
「アルト……これ、何なの……身体の奥から、ものすごいエネルギーが溢れてくるわ……!」
リゼットが自分の腕に装着されたプリズム・チャームを見つめて息を呑む。
「私の剣技の出力が、先日の比ではない……!これほどの魔力、一体どうやって……」
クラウディアが自らの体に満ちる莫大なエネルギーに圧倒されている。
「翠の光が……世界中を包み込むような感覚がします……!」
エミリアが神聖な光を纏いながら目を見開いた。
「主殿……この力は、あまりにも……!」
菖蒲が全身の毛を逆立てるほどのプレッシャーを感じ取っている。
「あああっ、アルト様の熱い愛が私の中に直接流れ込んできますわ……!最高ですわ、アルト様っ!」
ルージュが恍惚とした表情で頬を染め、迸る雷の魔力を身に纏った。
「いいかい、みんな。今から君たちは、僕の作った最高の舞台で、世界を救う主役になるんだ」
僕は胸の痛みを押し殺し、プロデューサーとしての最高の笑顔を作った。
「みんな、いくわよ!」
リゼットの掛け声とともに、5人の少女たちは一斉に天を仰いだ。
「「「「「変神っ!プリズム・チェンジッ!」」」」」
紅蓮の炎、絶対零度の氷、慈愛の翠光、漆黒の影、そして紫電の雷光が工房を包み込む。
「炎の魔法戦士、セーラー・フレア!」
「氷の魔法騎士、ナイト・ブリザード!」
「癒やしの魔法戦士、ヒーリング・エンジェル!」
「闇を駆ける刃、シャドウ・ストライダー!」
「恋に焦がれる雷姫、エレク・ハート!」
5色の光が交わり、希望のヒロインたちが完璧な姿で顕現した。
「アルト……あなた、まさか……!」
クラウディアが最後に何かを察知して叫ぶ。
だが僕はそれを遮るように、力強く言い放った。
「行ってこい!僕の最高のヒロインたち!世界を救う、最高のショーの始まりだ……!」
僕の指示に従い、5人の少女たちは四方の空へと光の矢となって飛び出していく。
彼女たちの背中を見送りながら、僕は工房の片隅に崩れ落ち、盛大に血を吐き出した。
モニターの警告音は、僕の生命維持の限界を冷徹に告げ続けていた。




