福引と温泉と、大部屋の波乱
『星喰らいの一族』という宇宙規模の脅威との死闘から、数週間。
僕たちプリズム・ナイツが死守した王都には、まるで悪夢が嘘だったかのような、穏やかな日常が戻りつつあった。
トントンカンカン、という復興の槌音は、未来への希望を奏でるファンファーレのように、街の隅々にまで力強く響き渡っている。
そんな活気に満ちた王都の、目抜き通り。通称・太陽のプロムナードは、週末ということもあり、大勢の人々でごった返していた。
「わー!すごい人ですね、アルトさん!なんだか、お祭りみたいです!」
僕の隣で、目をキラキラさせているのは、聖母の如き癒やし手、エミリア・シフォンさんだ。その優しい翠の瞳は、人々の笑顔の一つ一つを、愛おしそうに見つめている。
「主殿!あれは『りんご飴』という菓子でござるか!?指南書で見た!『祭りの夜、想い人と分け合えば恋が成就する』と記された、伝説の果実…!」
反対側では、黒装束ではなく、慣れない町娘の着物に身を包んだ犬神菖蒲君が、興奮気味に屋台を指差している。彼女のその純粋な反応に、通行人たちが「あらあら、東の国のお嬢さんかい?可愛いねぇ」と、温かい笑みを向けていた。
そう。僕たちプリズム・ナイツ一行は今日、束の間の休息を利用して、街へと繰り出していたのだ。
発端は、もちろん菖蒲君のこの一言だった。
「主殿!拙者、この目で『しょーてんがい』なるものを体験してみたいでござる!」
彼女の、子犬のように期待に満ちた瞳に、僕が「ふむ、市場経済の実地調査も兼ねて…」と頷く前に、他のヒロインたちが「賛成!」と声を揃えたのは言うまでもない。
その光景を、少し離れた場所から、二人の少女が、母親のような、あるいは、油断ならぬ恋敵を見張る猛禽類のような、極めて複雑な表情で見守っていた。
「もう、菖蒲さんったら、はしゃぎすぎよ。アルトから離れたら、迷子になっちゃうでしょ」
世話焼き幼馴染の鑑、リゼット・ブラウンは、そう言いながらも、その口元は緩みっぱなしだ。平和な日常が戻ってきたこと、そして、大好きな幼馴染と仲間たちと過ごすこの時間が、彼女にとっては何よりの宝物なのだ。
「フン。非論理的な行動ね。あのような人混みに自ら飛び込むなど、危機管理の観点から言えば愚の骨頂だわ。…ですが、まあ、民衆の生活レベルが回復しているデータを確認するのも、騎士の務めではありますから」
氷のツンデレ令嬢、クラウディア・フォン・ヴァレンシュタインは、腕を組み、澄ました顔でそう宣う。だが、その横顔が、ほんの少しだけ楽しげに見えることを、僕の高性能な観察眼は見逃していなかった。
僕たちの周りでは、時折、人々が足を止め、畏敬と親愛の入り混じった声をかけてくる。
「おお!プリズム・ナイツの皆さんじゃないか!」
「フレアちゃん!この前の戦い、かっこよかったよ!このニンジン、おまけしてやるよ!」
「ブリザード様、いつも王都の警備、ご苦労様です!その凛々しいお姿、我が息子にも見習わせたいものです!」
「エンジェル様…!先日は、怪我をした父を癒やしてくださり、本当にありがとうございました…!」
「おおっ!あれが噂の四人目、シャドウ・ストライダー殿か!影の如き活躍、しかと聞き及んでおりますぞ!」
その声の一つ一つに、少女たちは、少し照れくさそうに、しかし、誇らしげに微笑んで応える。
ヒーローが、悪を打ち破り、人々の笑顔を取り戻す。
僕が、ずっと夢見ていた光景が、今、確かに、目の前に広がっていた。
(ふむ。民衆からの支持率は、概ね良好と見ていいだろう。特に、各メンバーのキャラクター性に合わせた声援が観測されるのは、僕のプロデュース戦略が正しかったことの証明に他ならない。実に、興味深いデータだ)
僕が、そんな科学者としての悦に浸っていると、リゼットが僕の袖を、ぐいっと引っ張った。
「ねえ、アルト!見て、あれ!」
彼女が指差した先。そこには、ひときわ大きな人だかりができていた。
掲げられた看板には、『がんばろう王都!復興支援チャリティー大福引大会!』と、威勢の良い文字が躍っている。
「福引…ですって?」
「これが『ふくびき』でござるか!巨大な八角形の箱を回し、出てくる玉の色で運命が決まるという、古来より伝わる神事でござるな!」
(いや、神事ではないと思うが…菖蒲君の指南書は、一体どこで売っているんだ?)
ガラガラガラ…という軽快な音と、カランカランカラーン!という景気の良い鐘の音が、僕たちの好奇心を刺激する。
「面白そうじゃない!ねえ、アルト、私たちもやってみましょうよ!運試しよ、運試し!」
リゼットが、僕の腕に自分の腕を絡め、期待に満ちた瞳で上目遣いに見つめてくる。この物理法則を無視した上目遣いの角度は、いつ見ても驚異的だ。
「あらあら、楽しそうですね。皆さんの幸運を、わたくし、お祈りしていますです」
エミリアさんが、胸の前で手を組んで、にこにこと微笑んでいる。
「ふむ。福引か。確率論とランダム性の観点から言えば、極めて非合理的な遊戯だが…まあ、民衆の射幸心を煽り、経済を活性化させるという社会的な意義は認められる。データ収集の一環として、参加してみるのも一興か」
僕がそう結論付けると、リゼットは「やったー!」と飛び上がって喜んだ。
だが、一人だけ、このお祭り騒ぎに冷や水を浴びせる人物がいた。
「…馬鹿馬鹿しい。運などという、非科学的で、論理的根拠の欠片もないものに、一喜一憂するなど、時間の無駄だわ」
クラウディアが、ふんと鼻を鳴らす。
「私は、ここで待っているわ。あなたたちだけで、どうぞ」
「えー、そんなこと言わないで、クラウディアさんも一緒にやりましょうよー!」
「そうですよ、クラウディアさん。きっと、楽しいです」
リゼットとエミリアさんが説得するが、氷の令嬢は頑として首を縦に振らない。
その時、菖蒲君が、ぽん、と手を打った。
「そうでござるか。ならば仕方ないでござるな。指南書によれば、こういう時、女の気を引くための常套句は…『俺についてこい』でござったか。ささ、主殿!」
「いや、なぜ僕が言う流れになるんだ」
僕がツッコミを入れるより早く、リゼットが、悪戯っぽい笑みを浮かべて、クラウディアに詰め寄った。
「ふーん、いいんだー?クラウディアさんがここで待ってる間に、もし、もしもよ?アルトが特等を当てちゃって、二人きりの豪華ディナー券とかだったら、どうするのかなー?」
「なっ…!?」
リゼットの、あまりにも的確な一点攻撃。
クラウディアの、ポーカーフェイスに、初めて、明確な亀裂が走った。
「べ、別に、そんなもの、欲しくなど…!」
「へぇー?そうなんだー?じゃあ、もし当たっても、クラウディアさんにはあげなーい。私とアルトで、二人きりで、夜景の綺麗なレストランで、ロマンチックに…」
「…っ!わ、わかりましたわよ!」
ついに、クラウディアが折れた。
彼女は、顔を真っ赤にしながら、ほとんど叫ぶように言った。
「騎士たるもの、民が催す復興支援の場に参加し、その成功に貢献するのも、また重要な務め!ええ、これは任務よ、任務!決して、あなたたちの下らないお遊びに付き合ってあげるわけじゃないんだから!」
(見事なまでの、論理のすり替えだ。彼女の思考回路は、時に、僕の創造するどんな機械よりも複雑怪奇な挙動を示す)
こうして、半ば強引に、僕たち五人は、福引の列に並ぶことになったのだった。
福引券は、一人一枚。
まずは、トップバッターのリゼット。
「えいっ!」と気合を入れて回すが、出てきたのは、白玉。
「あーん、残念!参加賞のポケットティッシュね…」
次に、エミリアさん。
「神様、仏様、アルト様…」と謎の祈りを捧げながら回すが、これも白玉。
「あらあら、うふふ。ティッシュは、いくらあっても困りませんから」
その聖母のような微笑みに、福引のおじさんも、思わずもう一つティッシュをおまけしていた。
続いて、菖蒲君。
「忍法・幸運招来の術!」と印を結びながら回す。出てきたのは、赤玉。三等だ。
「おおっ!『商店街で使えるお食事券』でござる!主殿、これで、あの『ぱふぇ』なるものを、ご馳走するでござるよ!」
その健気さに、僕の胸が、少しだけ温かくなる。
そして、ついに、最後の一人。
「…なぜ、私がトリなのだ…」
不満を隠そうともしないクラウディアの番が来た。
「いいから、いいから!ほら、クラウディアさんなら、きっとすごいのが当たるわよ!」
「そうですよ、クラウディアさん!」
リゼットとエミリアさんに両脇から背中を押され、彼女は、やれやれと溜め息をつきながら、ガラポンのハンドルに、その白魚のような手をかけた。
「…非論理的だわ」
もう一度、そう呟くと、彼女は、まるで精密機械を操作するかのように、一定の速度、一定の角度で、ハンドルを、ゆっくりと回した。
ガラガラガラ…。
他の誰よりも、静かで、滑らかな回転。
だが、次の瞬間。
その静寂を破るように、けたたましい音が、商店街に響き渡った。
カランカランカランカラーン!!
けたたましい鐘の音。
福引のおじさんが、それまでのだるそうな態度をかなぐり捨て、目を剥いて叫んだ。
「で、出たーーーっ!特等!金の玉が出ましたぞーーーっ!」
僕たちが通りかかった、まさにその時。
「非論理的だわ」と呆れながらも、リゼットに無理やり引かされたクラウディアの持つガラポンから、まばゆいばかりの金の玉が、ことり、と転がり出た。
「お、おおおめでとうございまーす! 特等が出ましたーっ!」
周囲の野次馬から、どっと歓声と拍手が沸き起こる。
当のクラウディア本人は、自分の手元から転がり出た金の玉と、熱狂する周囲の光景を、信じられない、という顔で、ただ呆然と見比べていた。
福引のおじさんが、興奮気味に、景品パネルを指し示す。
「特等は! 最新スパリゾート『王都 湯楽城』一泊二日、豪華ディナー&極上スパトリートメント付きペア…いえ、お客様方はグループでいらっしゃいますな!特別に、グループご招待券といたしましょう!」
その言葉に、最初に我に返ったのは、リゼットだった。
「お、お、温泉旅行!? やったーーー!!」
彼女は、クラウディアに飛びつかんばかりの勢いで、喜びを爆発させた。
「皆さんと、ご旅行…!まあ、素敵です!うふふ」
エミリアさんも、心から嬉しそうに、ふんわりと微笑んでいる。
「『おんせんりょこう』…!指南書によれば、恋仲の男女が、その仲を飛躍的に深めるための、最高の舞台でござるな…!主殿と…!じゅるり」
菖蒲君は、完全に自分の世界に入り込み、何か良からぬ妄想を繰り広げているようだった。
僕もまた、科学者としての好奇心を、隠すことはできなかった。
「温泉か。その含有成分が、プリズム・チャームの装着者の生体エネルギーに与える影響について、詳細な臨床データが取れるな。特に、硫黄成分とマナ粒子の相関関係は、かねてより研究対象として興味深かった。これは、またとない機会だ」
全員が、それぞれの思惑で、この幸運を喜んでいる。
そんな中、ただ一人。
この幸運を引き当てた張本人であるクラウディアだけが、顔を真っ赤にしながら、そっぽを向いていた。
「べ、別に、嬉しくなんてないわ! ただ…連日の復興作業と戦闘による、皆の疲労を回復させるには、最も合理的で、効率的な選択肢かもしれないと、そう判断しただけよ…!」
その、あまりにも見事なツンデレっぷりに、リゼットが、ニヤニヤしながら彼女の脇腹を肘でつつく。
「へぇー?さっきまで、非論理的だって言ってたのにー?」
「う、うるさいわね!これは、チームのコンディションを管理する、筆頭騎士としての、義務よ、義務!」
こうして、僕たちプリズム・ナイツは、週末、王都随一と名高い豪華温泉施設「王都 湯楽城」へと、傷心を癒やす(という名目の、新たな波乱への)旅に出ることになったのである。
その豪華絢爛な施設の門をくぐり、美しい着物に身を包んだ女将に出迎えられた僕たち。その、あまりにも完璧な滑り出しに、誰もが、最高の休日を確信していた。
受付で、女将が、にこやかにこう告げるまでは。
「プリズム・ナイツ様、ようこそお越しくださいました。皆様は、グループ様でいらっしゃいますので、当館で一番広い、特別室をご用意させていただきました。皆様ご一緒に、ごゆっくりとお寛ぎくださいませ」
「「「「ご一緒に(でござるか)!?」」」」
四人の少女たちの、驚愕の声が、綺麗にハモった。
その瞬間、彼女たちの間に走った、目に見えない火花のような緊張感を、この時の僕はまだ、単なる静電気の一種としか認識していなかった。
完璧な滑り出し、ではなかった。
波乱の幕は、すでに、静かに上がっていたのだ。




