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70:エピローグ

本日、完結まで三話連続更新しています。

こちらは最終話となりますので、ご注意願います。

(3/3話目)

 寒い冬の間も子どもたちは雪にまみれて遊び回っていたけれど、やはり春は待ち遠しかったのだろう。穏やかな陽気にはしゃぐ声が里のそこかしこで響いている。

 瑞雲国の都ほど大きくはないけれど、やはりどこか中国を思わせる木造の家々が並ぶ街並みに、狐尾を揺らして走る子どもたちの姿が可愛らしい。


 滅びゆく青藍城を離れ、誠英の伯父がいるという九尾狐族の里へ来てから、清乃は五度目の春を迎えていた。


 初めて清乃がこの里を訪れた時、驚いたのは意外にも尻尾を九本持つ者は少ないという事だった。

 妖力の多さで尻尾の数が決まっているようで、族長である誠英の伯父はもちろん九本だったけれど、里のほとんどの妖狐は尻尾の数が二、三本という所らしい。

 現に、店先で掃除をしていた清乃の前を今しがた駆けて行った子どもの尻尾も二本だ。


 結界で閉ざされていた瑞雲国と違い、九尾狐族の里も他の国同様人間と妖怪が共生しており、数は少ないが人間も住んでいるし他種族の妖怪もいる。

 とはいえそんな中で、一本しか狐の尻尾を持たない半妖は誠英だけだ。当然視線を集める事となったけれど、攫われた姫君の忘れ形見だからだろうか。里の者は皆、誠英に好意的だった。


 あまりに気さくなものだから、誠英は肩透かしを食らったように唖然としていて、清乃は燦景たちと思わず笑ってしまったほどだ。

 その伴侶としてやって来た清乃の事も、族長を始め里の者たちは快く迎えてくれたから、清乃もあっさりと里に馴染む事が出来ている。


 九尾狐族の族長は、誠英の伯父というだけあってとんでもない美丈夫だった。寿命の長い妖怪の見た目は人間でいう二十代の頃で成長が止まるそうで、誠英と並ぶと伯父と甥というより兄弟にしか見えない。

 そんな族長は未だ結婚しておらず子もいないため、誠英に後継となってほしかったようだが、誠英は半妖である事を理由に断った。


 その代わりというわけではないけれど、誠英は神通力を活かして里に貢献する事を決め、今は相談役という名の何でも屋になっている。警備隊に加わって里周辺に出る害獣を駆除したり、医師のように怪我や病気の人を治療する毎日だ。

 不良皇子と呼ばれていたのは何だったのかと思うほど、誠英は精力的に働いている。半妖と異世界人という二人が穏やかに暮らせているのは、誠英の頑張りも関係しているだろう。


 里についてから、誠英と清乃はすぐに祝言を上げた。燦景や黄龍たち、族長はもちろん、瑞雲国の後処理に追われていた諫莫もその日ばかりは駆けつけてくれて、里の皆にも祝福されて清乃は誠英の妻となった。

 家は族長の屋敷の離れを与えられる事になり、妻となった清乃は何もしなくていいと言われたけれど、そういうわけにもいかない。働くのが常だったものだから、何もしないなんて暇すぎて性に合わなかった。


 そこで清乃が始めたのが小料理屋だ。里の大通りに面した店を一軒貰い受け、和食を中心とした元の世界の料理を出す事にした。

 一番人気は当然の如く油揚げを使った料理で、客足が絶えることはない。あまりの繁盛ぶりに清乃一人では当然回らないので、燦景も従業員として手伝ってくれている。


「あー小腹が空いたのう! 清乃、何か食べさせておくれ」

「朱雀、まだ開店前ですよ」


 さて、今日も綺麗に店先の掃除が出来たと道具を片付けていた清乃の元へやって来たのは、かつて綺羅蘭たちに倒された朱雀だった。今は人型となっているため艶やかな美女の姿なのに、長年魔鬼と戦っていただけあって豪快な一面もある。

 清乃は嗜めながらも仕方ないなと苦笑して、朱雀を店内へ通した。


 瑞雲国を出た後、黄龍の願いを聞く形で清乃と誠英は四神の眠る地を巡った。

 目覚めさせるのには少々苦労したけれど黄龍がいた事もあり、助けた後も国を滅ぼした事を咎められたりする事もなく。むしろ、皇家の裏切りに気づかなかった事を謝罪されたりもして、特に問題なく現状を受け入れてくれた。


 そんな彼らは誠英の母を死なせてしまった事に責任を感じたようで、九尾狐族の里まで同行すると言ってくれたのだ。

 誠英を無事に送り届け族長に謝罪すればさよなら、となるはずだったのだけれど、旅の途中、ほんの数回あった野営時に清乃が用意した料理を気に入ってしまったらしい。そのまま里に居着いてしまった。


 なので今、九尾狐族の里には神通力を使える半妖の誠英に加えて、五神獣までいる事になる。

 完全に過剰戦力と言えるけれど、里といっても一つの国家のようなものだし、すぐ隣は諫莫の故郷である獬豸の里だ。正義と公平さを重んじる獬豸の目の前で神獣たちの力を悪用するはずもないから周辺国ものんびりと構えている。

 尤も、彼らが荒事とは無縁の暮らしをしているからというのが一番なのだろうけれど。


「また来たのか、朱雀。ちゃんと店が開いてから来いよ」

「堅苦しい事を言わずとも良いではないか、白虎よ。清乃とは他人でもないのだし」

「他人だろう、どう考えても。長にはまたフラれたんだろう?」

「失礼な事を言うでないわ! 妾はまだフラれてはおらぬ!」

「まだ告白してないのかよ……」


 三十席ほどある店の中、迷わずカウンター席に腰掛けた朱雀に呆れた目を向けたのは白虎だ。

 黄龍が蛇のように小さくなれた事から、神獣も姿形を変化出来るのだと知ってはいたけれど、彼らの人型はどうしてこうも美形揃いなのか。神獣たちの中では最も若いらしい端正な顔立ちの白虎は、上衣の袖を襷掛けにしてうどんを打っている最中だ。


 料理をする清乃を見るうちになぜか麺打ちにハマってしまった白虎は、今は清乃の店の従業員になっている。うどんを基本に時々蕎麦も打ってもらっているが、これがなかなか美味しくて評判だ。

 朱雀はといえば、誠英の伯父に一目惚れして以来さり気なくアプローチをする毎日で、五年経った今でも食客として里に滞在している。族長が執務に入ってしまうと、こうして店に顔を出しにくるのが常だった。


 すっかり慣れてしまった小気味良い二人のやり取りを聞いていると、食材を取りに行っていた燦景が裏口から入ってきた。客寄せには女性の方がいいだろうと、店員になっている間の燦景は女の姿になっている。

 そんな燦景は油揚げが詰まった箱を調理台の端に置くと、ちょうどいいと朱雀に笑いかけた。


「朱雀、また来てたんだね。荷車から下ろすの手伝ってよ」

「なぜ毎度妾に頼むのじゃ。そなたが男になれば良かろう」

「別に手で運ぶわけじゃないんだからいいじゃないか。どうせ暇してるんだからさ」


 族長とは旧知の中だという燦景は、朱雀が族長に片想いしているのを知ってからというもの、神獣相手だというのに強気に出ている。

 そして朱雀もそれに折れてしまうのが常だ。朱雀は文句を言いながらも手伝いに立ち上がった。


 店で使う食材は、月単位で契約しているものばかりだ。しかもその作り手は残りの四神だ。長い時を生きる四神はよほど退屈しているものなのか。清乃が持ち込んだ異世界の料理に、白虎と同じく興味を持っていた。

 その結果、青龍は醤油や味噌など和食に欠かせない調味料作りにハマってしまった。玄武は豆腐と油揚げ作りにハマっている。そんな二人は、五年経った最近では豆作りにも手を出し始めた。


 四神の凝り性には物凄いものがあるが、正直清乃は当初、神獣にこんな事をさせて良いのかと頭を抱えたものだ。

 けれど結果的に、こうして何ら害のない趣味全開に生きているからこそ、強い力を持っている四神が里に集まっていても文句は出ないわけで。世界平和に役立っているのならそれでいいかと思うようになった。


 荷運びを手伝ってくれた朱雀には、味見と称して少々早めに料理を出したものの、開店は時間ピッタリだ。

 店を開ければあっという間に満席になってしまうけれど、朱雀の隣、カウンター端の二席だけは必ず空けている。一つは当然、誠英のために空けてあるのだけれど、もう一つは黄龍のためだった。


 旅の中で、黄龍もまた清乃の料理を気に入っていた。だからなのか、それとも四神がここに残ると決めたからなのか、黄龍も食客としてこの里で暮らしている。町では人型の方が過ごしやすいようで、今では本性を現す事はほとんどない。

 そんな黄龍は人間に力を貸すのはもう懲り懲りだと、隠居老人のように釣りをしたりして自由気ままに遊び歩いているけれど、昼食だけは必ず清乃の店で食べていた。


「なんだ、まだ誠英は来ておらぬのか」

「はい。今日は忙しいのかもしれませんね」

「族長からこれを預かって来たのだがな」


 昼を少し過ぎた頃、やって来た黄龍は「我をこき使うとは、全くけしからん」と文句を言いつつ諫莫からの文を取り出した。

 諫莫は今もまだ瑞雲国のあった地で魔鬼の対処に明け暮れているが、そこから族長の屋敷へ届いたものを黄龍が運んでくれたようだ。


「向こうの始末がようやくついたらしい。近々戻ってくるそうだぞ」

「そうなんですか。誠英様も喜びますね」


 誠英にとって、諫莫は父のような存在なのだと清乃は聞いている。族長もそれを知っているから、少しでも早く知らせてやりたいと黄龍に文を託したのだろう。

 清乃が微笑みを浮かべると、黄龍は何かに気づいた様子で片眉を上げた。


「ふむ、どうやら二重の喜びになりそうだな」

「二重の? まだ何かあるんですか?」

「気付いておらぬのか。朱雀に白虎もいるというに、誰も教えていないとは。お主ら、食い意地が張りすぎてるのではないか?」


 黄龍に睨まれて、のんびり食後のお茶を飲んでいた朱雀と、打ち立てのうどんを茹でていた白虎が驚いた様子で肩を揺らした。

 慌てて振り向いた二人は、清乃を上から下までマジマジと見た後、満面の笑みを浮かべる。

 そのまま叫び出しそうな二人に、黄龍が釘を刺した。


「騒ぐでないぞ。誠英に最初に知らせてやるべきだ」

「分かっておるわ、そのぐらい。なぁ、白虎」

「おう」

「私に何かあるんですか?」


 一体何の話をしているのかと首を傾げる清乃の耳に、黄龍がこっそりと囁いた。


「ややこがな、そなたの胎におる」


 思いがけない言葉に清乃は一瞬だけ固まったが、理解すれば自然と笑みが溢れた。


 清乃も誠英も血を分けた肉親を失っているし、幸せとは言えない中で育った。子どもはいなくても構わないと誠英は言ってくれていたけれど、清乃としては誠英のためにも家族を作ってあげたかった。けれど五年経っても妊娠しないため、清乃は悩んでいたのだ。

 誠英によると、どうやら清乃の身体はもうただの人間のものではないらしいが、元が異世界人だからダメなのか、それとも成長期に虐げられた事で身体に異常があるのかと不安を感じていた。


 誠英からは、半妖の自分との間ではどんな子が出来るかも分からないとも言われていたけれど、我が子が何者でも清乃には構わなかった。もちろん、誠英と二人きりで長い時を生きるとしても後悔はなかったけれど、やはり望みは捨てきれない。

 そんな中で、愛する人との子どもがようやく来てくれた。安堵と共に手は自然と腹に伸びて、清乃はそっと撫でさすった。


「誠英様、喜んでくれたらいいな……」

「何を言うか。喜ぶに決まっておるわ」

「うん、そうですよね。きっと」


 呵呵と笑う黄龍に、清乃は笑みを返す。

 カウンターの端でヒソヒソと固まって話す清乃たちは、側から見れば不思議に思われるだろう。給仕に店内を動き回っていた燦景が、訝しげに足を止めた。


「少奶奶、次の注文だよ……って、何やってんの? こんな忙しい時に」

「えっと……」

「これこれ。もう少しすれば分かるから、お主はそれまで待っておれ」

「はぁ? 何それ。私だけ仲間外れってわけ? 菅原清乃、私とあんたの仲なんだから教えてくれるよね?」

「えぇ……? こんな時だけ昔みたいに呼ぶなんてずるいよ、呂燦景」


 五年経て、清乃と燦景はすっかり親友になっている。だというのに、後から親しくなった神獣たちだけが訳知り顔でいるのは嫌だったのだろう。燦景は露骨に眉を顰める。

 清乃としても教えたい所だが、黄龍たちの言う通り真っ先に誠英に知らせるべきだろう。どうやって燦景を宥めようかと苦笑していると、待ち侘びた声が響いた。


「何を騒いでいる」

「誠英様、おかえりなさい」

「ただいま、清乃。遅くなってすまなかったな」


 清乃がカウンターから出て迎えれば、誠英は清乃を軽く抱きしめて額に口付けを落とした。

 今日の誠英は、屋根の修理中に落ちた老人の治療をしてきたらしい。ついでに修理も手伝ってきたから遅くなったと話す。


 それを聞きながら、どうやって切り出そうかと清乃がソワソワしていると、我慢ならないといった様子で燦景が声を上げた。


「大哥、聞いてよ。少奶奶が黄龍たちと何か隠し事をしてるんだ」

「隠し事? 何かあったのか?」


 心配そうに見つめられて、清乃は照れながらも口を開いた。


「あのね、誠英様。赤ちゃんが出来たみたいなんです」

「……赤子? 本当に?」

「はい」


 目を瞬かせた誠英に、清乃は赤くなりながらも頷く。黄龍たちも笑顔で頷いたのを見て、実感が湧いたのだろう。誠英は感極まった様子で、清乃をギュウと抱きしめた。


「よくやった、清乃!」

「苦しいですよ、誠英様」

「ああ、すまない。子のためにも、身体を大事にしなければ」

「うわっ、誠英様⁉︎」


 急に抱き上げられて、清乃は驚いて誠英の首にしがみついた。誠英は満面の笑みで燦景に振り返る。


「そういうことだ。しばらく店は任せたぞ」

「おめでとう、二人とも! それなら黙ってて当然だね。こっちはしっかりやっておくから、落ち着くまではゆっくり休んでな。もうあんた一人の身体じゃないんだからさ」


 燦景の中では、安定期まで清乃が休むのは決定事項のようだ。そこまで厳重にしなくてもと清乃は思ったが、口を挟む前に誠英は颯爽と店を出てしまう。


 店内からは「今日は祝いじゃ! 来た者らにきつねうどんを振る舞うぞ! 妾が奢ってやろう!」という朱雀の声が響き、次いで客らの歓声が聞こえてきた。

 これは大変な事になりそうだと思いながらも、皆に祝福してもらえる事が嬉しくて清乃は誠英に身を任せる事にした。


「誠英様、喜んでくれてありがとうございます」

「何を言う、当然だろう。お前は私を選んでくれただけでなく、子も授けてくれた。私はお前から奪ってばかりだというのに」

「奪われてなんていませんよ。全部私が望んだことですから」


 今となっては、誠英のいない人生など考えられない。もうすっかり清乃の身も心も誠英に囚われてしまったのだから。

 とはいえそれは、幸せな事だ。決めたのは清乃であり、これから先もこの優しい腕の中から出る事はない。


 そう誠英に伝えれば、蕩けるような笑みが返ってきた。


「ならばお前が心地よく過ごせるよう、より一層励まねばなるまいな」

「もう充分ですよ」

「私とてお前に囚われたようなものだ。私のためにもやらせておくれ」

「それならお互い様ですね」


 かつて不幸で不運だと思っていた菅原清乃はもういない。虐げられてきた不良皇子も同様だ。二人はオマケでも半端者でもなく、互いがこの世で唯一の存在だと知っている。

 きっと今の清乃を見れば、亡くなった両親も安心してくれるだろう。もちろん、誠英の母親も。


「あ、そういえば文を預かっていたんでした」

「文? 誰からだ」

「睿諫莫からだそうです。もうすぐ帰ってくるらしいですよ」

「そうか。会うのは祝言の時以来になるな。子が出来たと知れば彼奴も喜ぶだろうが、まずは伯父上に報告しに行こう」

「はい、ぜひ!」


 こんな幸運が異世界で待っているなんて知らなかった。そしてきっとこれから先も、清乃が思いもしないもっとたくさんの幸せが二人を待っているに違いない。

 穏やかな春の日差しの中、清乃はそう確信して誠英と笑い合った。



 〈完〉

これにて完結となります!


最後の最後で体調を崩してしまい、更新が滞って申し訳ありませんでした。

お待ちくださった読者様、最後まで読んでくださった皆様に心から感謝申し上げます。


よろしければ、下の⭐︎マークで評価頂けると嬉しいです。

本当にありがとうございました!


次回作は今作とはガラリと作風を変えて、男子高校生を主役に近未来を舞台にした気楽に読める学園ラブコメを予定しています。

もう少し体調を整えてからの投稿になるかと思いますが、そのうち現実恋愛ジャンルで見かけた際はお立ち寄り頂ければ幸いです。

ではまた!

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