16.送喚の日に
緩やかな日々は割と早く進んでしまって。いつのまにか送喚の日を迎えてしまった。
蒼い月の出る日の朝。誠二は一人召喚時の服装、つまりは学生服に着替えていた。
いつもならばティアが控えているのだが、今日は式典の準備の方にかり出されている。
とは言っても、特にそこまでさみしいとは思わなかった。
もうお別れは昨日の送別会で済ませているし、最終日である今日はどちらかと言えば儀式の方優先だ。
これは最初から決めてあったことで、いまさらどうこういう問題でもない。
ティアがすごくさみしそうな顔を浮かべたり、姫様が、勇者さまぁーとがち泣きをしていたりしたのだけど、逆に一夜思いっきり泣いたおかげで今日はすっきりとしているはずだった。
さみしくないといえば嘘になるけれど、かといって元の世界の生活を捨てることもできない。
遠距離恋愛とかの嫁入りとかだとこういう感じになるのだろうか、と誠二はちょっと変な感想を持ってしまった。
故郷を捨てるとは言わないけれど、それでも離れて結婚するというのはどういう気持ちなのだろうか。
残念ながら誠二には、いくらこちらでモテたとしても、帰らないという選択肢は浮かばなかった。
そして。日が昇ると送喚の儀式が始められる。
使用されるのは、王の謁見の間だ。
送喚は、式典が終わった後に行われる。
世間的には、誠二は「魔王を倒した勇者」扱いであることは変わらなかった。
真実を知ったとしても、それを表に出せないのは、政治上よくあることだ。
たとえ相手が種族の違う相手だといえ、「戦う気のない相手に、一方的に先制攻撃を加えた」ことは、それなりに世間的には醜聞扱いされるものには違いはなかった。そんなことを為政者が言うはずもない。
そして、勇者である誠二の送喚の儀を行う本日は、この国の住民達の多くが城のそば近くまで集まっているのだった。
すでに魔王討伐の時に盛大な祭が催されていたのだが、それにも勝る賑わいが城下の町にはあった。
正直、城のバルコニーから見えた群衆達の数と熱気に、誠二は悲鳴をあげそうになったほどだ。
みな、感謝の言葉をつぶやき、そして救い主の帰還に歓声を上げている。
その一言一言が、罪をえぐるようで心苦しい。
「このたびは、我らの無理な願いを聞き届けていただき、勇者、誠二どのには感謝の念が絶えることはありませぬ。貴方のこれからに幸あれと祈らせていただきますぞ」
「ありがたいお言葉をいただきました。この二年この地での経験は私にとっても貴重なものでした。今後この国がますます発展することを私も祈らせていただきます」
王様の言葉と、恭しく返す誠二の言葉に、謁見の間の人々は感動すら覚えるものもいたようだった。
うやうやしく、聖剣カラドボルグを王に献上する姿は、後世にまで絵画が描かれることだろう。
ちなみにこのやりとりはもともとカンペがあって、すでにリハーサルも何度か行っているものだった。
しっかり噛まずに言えたので、誠二としてはほっと一安心だ。
そして、王様が玉座に着くのと入れ替わりで、宮廷魔術師長でもあるオジが誠二の前に立った。
近くにはマレイの姿もある。
ちなみにミリィとティアもお別れをするために一番誠二に近い特等席で待機中だ。
マレイが杖を地面に打ち鳴らすと、謁見の間に薄いヴェールのようなものがかかった。
おぉ、と城にいた人達からは声が上がった。
未だ、この場には多くの城の者達がいる。
そんな彼らに別れを邪魔させないための、マレイの結界術が発動しているのだった。
これで、うっすらモザイクがかかったような状態に外からは見えているはずだ。
「では、勇者どの。送喚するまえにお聞きしますぞ。こちらでの二年の記憶、どうなさいますかな?」
オジの一言に、ティア達は息をのんだ。
時々、誠二がつらそうな顔をしているのは知っている。
自分がやってしまったことに対しての罪悪感が薄れていないこともわかっている。
けれども、彼がこの世界での事を忘れさってしまいたいと思わないで居てくれることを、心の底で願わずには居られない。
「俺は自分がやってしまったことは抱えていくことにするよ。それにみんなのことも覚えていたいしな」
「誠二さま……」
「さすがにござる」
うんうん、とミリィやティアは誠二の決断に頬を緩ませる。
「その決断は良し、かの。では、マレイ。聖杯をこちらに」
「どうぞ」
大賢者の後継からはずされたマレイは、それでもオジのサポートは続けているようで、今日の儀式の要になる魔法の道具を運んできた。
黄金に輝くその器には水がたっぷりと入れられており、オジが受け取ると中の水はうなりをあげて、広間に魔方陣を刻んで行った。
複雑なその模様も、綺麗に水が走るのに合わせて完成に近づいていく。
「では、お送りしますぞ!」
オジが地面に手をかざすと、そこに描かれた魔方陣から光が飛び出し、地面とは垂直に二つの光の魔方陣を形作った。
なにもない空中に、平行にそれらは並んでいるといった具合だ。
マレイも手伝うのかと思いきや、聖杯を用意しただけで特別なにかをする様子はなかった。
二人いないとどうのと、サーシャたちは言っていたような気もするのだが。
儀式は思い切りオジだけで行うようだった。
「この魔方陣の上に乗っちまっていいんだっけか?」
「踏んでしまっても消えませんからな。さぁ乗ってくだされ」
水で描かれたそれは、軽く水がはねるような動きを見せている。
誠二がそれを踏んでも特別消えてしまうようなことはなかった。
「勇者さま! あの、僕……その。誠二さまのお世話ができて、楽しかったです」
「ああ、俺もずいぶん助かった。これから大変だろうけど、この城、綺麗にしてやってくれな」
「はい。もちろんです」
ティアの頭を軽くぽふぽふなでると、僕も忘れないです、と涙混じりの視線を向けてくる。
「ミリィとは……なんかあれだな。正直これで最後って感じしないのがアレだな。気がついたら町中にいたりとかしてな」
「はははっ。拙者は風来坊にござるからな。誠二どのとばったりということもあるかもしれんでござる」
「いろんな面で世話になった。おっさんに見えてもおまえの人の良さはなんら変わらなかったしな」
「拙者、あのおっさん姿もいけてると思ってるでござるよ」
時代は、おっさんにござるな! とミリィは豪快な笑顔を浮かべた。
「んで、マレイ。なんか最後はひどい目にあわせちまってすまなかった。でも、ま。おまえなら何でもうまくやるだろ」
「僕の方こそ。巻き込んでしまって申し訳なく思ってるよ。でも誠二と一緒の時間は楽しかった」
表情は出すなって言われてるけど、今日くらいはいいんじゃないかな? とマレイは無理矢理作った笑顔をはりつけた。
誠二には、いい顔を覚えていて欲しいから。
「さてと、お別れも済んだかの。では、勇者どの」
「ああ、頼む」
この魔方陣が発動すれば誠二は元の世界の元の時間に戻ることができる。
この二年の経験を思い出にしながら、日常生活を始めることができる。
そんな風に思っていたら、不意に胸元に暖かな感触と衝撃が感じられる。
「おっと、忘れ物ですじゃ」
ほい、とオジがマレイの背中を押した。ちょ、うわぁと声を上げながらマレイはよたよたと魔方陣の中に足を踏み入れる。
まさに、ぽふりと、誠二に抱き留められるような格好になったマレイは、体を離すことはできずに、それでもあわあわと首を左右に動かして周りの状況をチェックしているようだった。
「おまえさんはまだまだ学び足りないことがたくさんある。だから、あちらの世界で見識を広めてくるがいい」
「ほぅ。それはまた……これは誠二どのだけを送るものではないのでござるか?」
「なに。我らとて研究はたくさんしてきましたからの。数名ならば飛ばすことは容易ですじゃ」
「ちょ、おじぃ。それどういうこと? 僕なんにも聞いてないんだけど」
いきなりそんなことを言われても、とマレイは困惑顔だ。
それでも誠二にくっついているのは、あまり動いてしまうと陣自体に影響がでるかもしれないと思っているからだ。
「そりゃそうじゃよ。今の今までいうとらんかったし。ほれ、さっさとしないと、わしの魔力が切れてやり直しになってしまうぞい」
そんな遠慮せんと、もっと勇者どのにひっつくといい、とオジは元弟子を叱りつける。
少し強引にでも誠二に触れさせようと思うのは、祖父代わりとしての配慮というやつだろうか。
そして。気がついたらそんなマレイの隣には、ミリィがずんと仁王立ちしていたのだった。
「陣に乗れるだけは連れて行けるということなら、拙者もぜひとも誠二どのの世界に連れて行って欲しいでござる」
異世界にいけるチャンスなどそうそうござらぬからな! とミリィはにこやかな笑顔を浮かべた。
「それに、オジどのがマレイをいかせるということなら、戻ることもできるということにござろう? あちらの世界を満喫したら拙者、マレイに送ってもらうことにするでござるよ」
「み、ミリィさま! それなら僕だってお供したいです!」
「残念ながら三人乗りみたいでござる。華奢なティアならなんとかなる……でござるか?」
「ほっほ。勇者どのに皆でくっつけばあるいは、というところですかの。でも、ティアには残ってもらわねば困りますぞい。客分の方が去るのとこの城の優秀なメイドがいなくなるのでは、影響の度合いが違いますからのう」
ほれ。マレイとわしがそれぞれの世界に居れば、連絡くらいはつけられるじゃろうて、とオジがティアをなだめている。
「ほっほ。誠二どのに飽きたら戻ってくるといい。後継者は……まあ、しばらく空席にしておくでの」
「そういうことなら、見識を広めてきますよ」
せーじさえよければ、とマレイはもう一度きゅっと誠二にひっついた。
「マレイだけずるいでござる。拙者も誠二どのにきゅっとするでござる」
ほれ、これで両手に華にござると、おっさんの姿をしていないミリィが誠二の二の腕を抱きかかえた。
「はぁ……最後まで賑やかじゃのう。それでは、送喚の儀を行うぞい。ちょいとばかり衝撃があるかもしれんが、まあ、なんじゃ、達者でな」
幸せにな、というオジの声とともに両サイドに展開していた光の魔法陣が移動して三人を包み込む。
そしてそれが消え去ったあと。謁見の間に三人の姿はきれいに消え失せていたのであった。
それから数十年後、この地に新たな大賢者が誕生することになるのだが。
その傍らに勇者が居たかどうかの記録は、残念ながら存在しない。
結果はそう。皆の胸の中にだけ宿るということで。
無事に完結いたしました!
え、最終的にはハーレムじゃねぇかって? いや……はい。ミリィさんがあんまりにも「おっさんになっても良い子すぎて」こりゃ置いてきぼりにできねぇということになりまして。
結果的にこういう形に落ち着きました。
我らがティアたんが一緒にいけないのは、作者的にもえぇーってなったんですが。
きっと、次の蒼い月の日にでも異世界への扉を開いたりしておっかけていくのではないでしょうか。
後輩は育てましたので! とかいって。
ま、これより先のIFは、想像してみていただけるといいかなと思います。
さてここからは、全体を通してですが。
もともとこの企画を考えていた時は、「ノンケ男子は男の娘を受け入れられるのか」から始まりました。
最初の方の誠二も言っていますが、「理解はして、存在を否定はしなくても、だからとして恋愛対象にはならない」というのが実際なのだろうなと思うのです。
そこで、なんか手段はないもんかー、ということで、「あ、おっさんに見えちゃえば、ころっといってしまうのでは?」という発想からお話が始まりました。
そして気がつけば女子の嫉妬こえぇなぁとか、いろいろとお話が広がってここに至る、と。
まさかこれだけ詰め込んで八万字かーと、正直驚きを隠せません。
日常回やらないとここまでコンパクトになるのか……と。
なかなかにテンプレから逸脱したお話にはなりましたが。楽しんでいただけたのなら何よりです。
え。もっと日常回をって? いや……まぁ。きっと地球にきて三人暮らしな誠二くんがいろいろとトラブルに巻き込まれると思うので、それを想像していただけるとありがたく存じます。