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13.大賢者の後継

「およ? 大賢者がどうかしたかの?」

 そんな奇妙な静寂の中、場違いにとぼけた声が響いた。

 周辺を探索してくるといっていた大賢者のオジだ。

 彼は、ちらりとマレイを一瞥すると、ほほう、なかなかかの、とだけ言った。

 自分で魔封じの紐を破ったところを見ているらしい。


「オジどの。こやつ、自分が男であることを明かしましたぞ。これで大賢者を継ぐ資格を失います」

「ほ? おぬし何を言っておるんじゃ?」

 勝ち誇ったようなマルクス騎士団長の言葉を、当代の大賢者は、はて? と受け流した。


「だから、大賢者の後継についてですよ。こやつは、自ら自身が男であることを明かした。それは規則違反ではないですかな」

「ああああ、もう、次から次へと。何が何だかさっぱりわからん」

 マルクスが当たり前に言う言葉が誠二にはまったくもってわからなかった。


 大賢者の後継。

 その言葉の重さは、誠二とてわかっているつもりだ。

 いまいち、オジ自体があんなキャラなのでそんなにすごいという感じはしないのだが。

 大賢者、とは役職上は宰相を超える地位。

 国王の決定に異を唱えることができる立場でもある相談役である。

 もちろん、実務を仕切っているわけではないので、実際やってる仕事といえば、宮廷魔術師長というほうが正しいところなのだろうが。

 

 そんな大賢者の跡取りとして、マレイは育てられているのだ。

 それこそやろうと思えば国を動かせる立場にすらなれるのである。


「なに、難しいことはないですじゃ。大賢者の後継には一つの秘事がありましての。幼い頃に異性の格好をして過ごすのが慣例となっておるのです」

「ええと、それは悪いものから身を守るため、とかそういうやつ?」

「はて、勇者どののところではそのような風習があるのですかの?」

 こちらでは特にそのようなことはないですが、とオジはしれっと答えた。

 誠二の世界には、名前を隠すだとか性別を隠すだとか、そういうのはよくある話だったのだが、こちらではそういうのは関係ないらしい。


「両面から物事を見よ。この世には男と女がおりますからな。自分の側からだけでは見えないことも多くある。じゃから、成人するまで大賢者の後継は異性として暮らすのが習わしなのじゃよ」

 わしも若いころはそりゃー若い娘さんのようじゃったーと、じいさまは遠い昔を思い出しているようだった。

 

「オジどの。それができなかったのですから、彼とて大賢者として不適合ではないですか」

 この私のように、とマルクス騎士団長はぼそっと衝撃的なことを言い放った。


 まて。


「ちょ、じゃあ、騎士団長も昔は、その……女性の格好をしていたっていうのか?」

「ああ、そうなるな。本当にくそったれな青春だったもんだ。わしは昔から体格はいいほうでな。周りからかならずひそひそと陰口をたたかれ、ぼろくそに言われたものだ」

 だが、と彼はいったん言葉を区切った。


「わしは頑張った。後継たらんとして必死に女子として青春時代を生きた。結果はこれだ。あれだけ我慢をかさねたというのに、わしは失格となった」

 あんまりじゃないか、と彼は同情を誘うように周りを見た。

 たしかに、そんな話をきかされれば、少しは可哀そうかなとも思うものの、そこには一つの情報が欠けている。


「なあ、オジ。大賢者ってのは結局、若い頃美少女みたいに見えなきゃなれないものなのか?」

「そんなことはありゃせんぞ。ようは見識が広まればいいのだからの。わしの時だってマレイほど見事に周りに悟らせないレベルになどなれはせんかったし」

 この子が適応でき過ぎてるだけじゃよ、と彼は言った。

 そう、つまりは、大賢者の選定の制度は容姿に関係ないということだ。

 そうなると「ばれるかどうか」というのも条件には入らないということになるのではないだろうか。


「なら、なんでマルクスは失格に? オジは元気そうだけど引き継いでもよかったんじゃね?」

 そもそも。

 女装をして、それを隠し通すということは、実はとても大変なことだ。

 技術があれば、いくらでもできると豪語する輩もいるけれど、それはおそらく普通の感覚ではない。


 そして、こちらの世界では圧倒的に、メイク術やら、そもそも技術そのものが足りていない。

 マルクス騎士団長のようないかつい人が、ばれずに「自分は女子である」と言い切れるようには誠二には思えなかった。

 そこは食事を抑えるとか、運動量の制限をしたりとかも必要だ、というような声がいずこかから聞こえてきそうだけれど、科学文明の育っていないこの場所で、それをいうのはいささかに無茶というものだ。

 

「いちおう、大賢者の後継として、ふさわしくなかったと判断したからじゃな。さきほどはマレイの正体がどうのと言っておったが、別にそれ自体はどうでもいいことなのじゃよ」

 そうでなければ、なり手など滅多にでないからの、とオジはあごひげをさすった。


「こやつは自分から、もう嫌だと言って来たんじゃよ。なれなかったのではなくならなかった。だのに、ぐちぐちと文句ばかり言いおって」

 困ったもんじゃな、とオジは小さな肩をすくめた。

 枯れ木のような体の彼がやると、やれやれ、というイメージがよく伝わるようだった。


「そのようなことを言った覚えはない」

「じゃが、おまえさん。彼女作って子供までこさえたじゃろ? あまつさえその子が大賢者候補となる天才」

 こりゃ、自分はやる気ありませんといってるのとかわらんじゃろ、と言われて、ぐぬぬと彼は悔しそうな声を上げた。

 なるほど、その子供がマレイというわけか。


 その事実はマレイは知らされていなかったらしく、へ? え? と目をぱちぱちさせていた。

 普段表情を動かさないからこそ、その表情も可愛らしいなぁなどと誠二は思ってしまったほどだった。

 

「ふざけるな! 確かにわしは、愛しい人と巡り合った。子供も作った。でも、そんなの当たり前なことじゃないか! 誰しもがやっていくことだろうが」

 それで候補からはずれるなんて、間違っていると彼は悲痛な声を上げた。


「ふむ。わし、独身なんじゃがね……」

 誰しも、という言葉にちょいとばかり、オジがしょぼんとする。

 まあ確かに結婚しているというような話は聞いたことはないが。

 それでも、少しふざけたような態度は、マルクスをあおってるようにしか見えなかった。


「わしが大賢者の後を継ぐはずだったのだ! それをいきなり手のひらを返しおって!」

 青春時代のすべてを費やしたのに、と恨みがましい視線がオジに向けられた。

 本当にひどい時間だったのだろう。

 それには誠二も同情を禁じ得ない。


「しゃーないじゃろ。おぬし成長段階であきらかに魔術師より戦士のほうが適正高くなったんじゃもん」

 確かに、幼いころは適正もすさまじかったのが、育つ上でそれはどんどん変わっていった。

 人は変化する生き物だ。

 マルクスは術理を操るよりも体を動かすのを好んで、結果的に今のようになった。

 もちろん素質だけで言えば、そこらへんの魔術師に後れを取ることはないのだが、賢者という器ではない。


「それに、おぬしが欲しいのは知恵じゃなくて、権力じゃろ? そんなやからに大賢者の後継など与えられるわけないじゃろうが」

 国王に意見できる役職は、それを望まぬものにこそ与えられるものじゃ、とオジは言い切った。

 確かに、そう言われてしまえば、望んでなるような役職ではないのかもしれない。


 人は間違う生き物だ。

 それを知らず、自分の意見を押し通そうとしてしまうものに、そんな役目を負わすことなどできはしない。


「ぬぅ。それのどこが悪い! わしはこの国のことを必死に考えておる。そして皆を守るためにはわしが権力を握ったほうが良いのだ! それすらわからぬとは、大賢者も耄碌(もうろく)したのではないか?」

 けれども、騎士団長はそれに気づくことはなく、目を血走らせながらオジに迫った。


「あぁ、そうだ。すでに貴様は正常な判断をする力などないのだっ! だったらオジ! 貴様を倒してわしがその任を引き継いでやろう!」

 もはや言葉では何を言っても無駄と思ったのか、マルクスは腰に佩いた剣を引き抜いた。


 マルクスから強い圧力が放たれる。

 誠二から見てもその構えに隙などはなく、鍛え上げた身体には十分な力が込められているようだった。

 そう。それこそ魔王と対峙したときのような圧迫感にすら似ているように思えた。

 はたして、一対一で戦って勝てるかどうか。いや、必勝の加護があれば、勝てるだろうが……


「こりゃ、サーシャよりも強かったりするか?」

「騎士団長だからね。でもおじぃの力なら問題はないよ」

 この世界は腕力がすべてじゃないんだから、といつのまにか誠二の隣に近寄ってきていたマレイは両者に視線を向ける。

 さきほどのショックはとりあえず心の中に閉じ込めていつもの魔術師の顔になっていた。


「誠二どの。拙者らで護衛するでござる」

 すっとショートソードを構えるミリィを見ながら、姿は変わっても頼もしい仲間だなと誠二は思う。

 いいや、見た目でいえばより頼もしくなった、という感じだろうか。

 割れた腹筋がばばんと表にでていて、山賊もかくや、といった迫力である。


「ああ、頼むぜ、相棒」

 そして誠二もカラドボルグをマルクスに向ける。

 まさか魔物ではなく人相手に向けることになるとは。

 少しばかり苦いものが誠二の口にこみ上げた。


「ほほう。さすがは勇者どの。我が騎士団に入っていただけたなら、すぐにでも副団長を任せられそうですな」

 わしが大賢者になったなら、騎士団長はサーシャに、そしてあなたは副団長に取り立ててやろうと言った。

 権力使い放題します宣言である。


「いいや。ここであんたを倒してすべては元通りだ」

 俺の呪いも解いてもらいたいんでな、といいつつにらみ合いが続く。

 さすがに誠二であっても、マルクスの相手はつらい。

 けれども、必勝の加護を使わずに勝たねばならないのだ。


「では、まいるっ!」

 ふんっと、マルクスは強靱な筋肉を引き絞って、大剣をミリィに向けて振り下ろした。

 ショートソードではこの剣は押さえられないという判断からなのだろう。

 そこをかばうように、誠二がカラドボルグでそれを受けた。

 ぎしっという嫌な音を立てるものの、それでもなんとか受け切れたようだ。


「勇者さま……」

「くっ、誠二がミリィをかばった! 羨ましい……」

 ギャラリーのおっさん達からはそんな言葉が漏れた。

 魔王との戦いの中ではわりとあった光景だというのに、サーシャはそれでも今のこれをうらやましがっているらしい。

 とはいえ、今はサーシャまでもが一緒になって攻撃してこないのがありがたかった。

 さすがに、最愛の人相手に刃を向けるというようなことはできないようだ。


「たった二年の研鑽でこれですかな。まったくこれだから転移者というのは困る」

 しかし、これはどうですかな? と、マルクスはさらに剣速をあげていく。

 巨大な剣を使っているというのに、まるでレイピアを扱うかのように振るわれるそれは、誠二とてかわしたり受け流すのがやっとだ。

 気を抜けばすぐにでも必勝の加護が発動して、よくないことが起きそうだった。

 いいや、すでにもう起きてるのかも知れない。

 ミリィの身体にほんのりと淡い燐光がともっていた。

 

「ははっ。さすがに身体がかるぅござるな」

 そして、力は何倍にござろうか! とミリィは受けに回っている誠二の代わりにマルクスに斬りかかる

 マルクスの速度よりもさらに速く、次第にその剣撃は彼の身体に浅い傷を刻んで行った。


「今回は良い感じに加護が発動してるようだ。これなら無茶をしないでもこちらの勝ちだ」

 誠二はなんとか騎士団長の剣を受け止められて、さらには攻撃として加護の力が加わったミリィがいる。

 これならば、最悪の事態にはなるまいとマレイが思ったそのときだ。


「ふっ、マレイ。お前は一つ忘れていることがある」

 唇を軽く動かすと、マルクスが構える剣から紫電がほとばしるようになった。

 ぱちぱちとしたそれは、触れるだけで体がしびれてしまいそうだ。

 こんなもん、魔王軍と戦ったときだって見たことはない。

 ゲームとかだとありがちだ、と思って昔サーシャにできねぇの? と聞いたことはあるのだが、かなり高度な魔力制御が必要で、通常剣士や騎士を目指すものがそこまでの魔術を得ることなどできないと笑われてしまった。当然サーシャにも無理だし、勇者である誠二にだって無理だ。

 そもそも誠二には魔法の才能というものはほとんどない。

 せいぜい使えるのが、生活を補助するようなスキルくらいなものだ。


「まさか、魔法剣……」

 サーシャも野太い声で驚いた声を漏らしている。

 魔法と剣技の融合。その産物が目の前の魔法剣だ。

 あの驚きようをみれば、誰にもそれを明かしていないのはあきらかだった。


「わしとて大賢者の後継だったもの。魔術とてそれなりに使えるのだ」

 ぬん、とマルクスはその巨体を思いきり前へと突き出した。

 いきなりの出来事で二人はそれに対応ができない。


 狙いはオジの中心より少し外。

 さすがに切り捨てるというようには思ってはいないようだ。

 選んでいる属性も雷。感電させて自由を奪おうという試みなのだろうか。

 必勝の加護をもつ勇者を倒すよりも先に、オジの方を無力化してしまえということなのだろう。


「くそっ、さすがにアレはやべぇーだろ!」

「間に合えでござる!」

 振り下ろされるその魔法剣の先。それに向かって誠二とミリィは手を伸ばしていた。

 もちろんそれが間に合うはずもなく。


 そして発光する剣はオジの右腕を狙い振り下ろされる。

「はんっ、かじった程度で大きな顔をするでないわ!」

「がっ、がぁーーーーーーーっ!」

 けれど。剣がオジを襲う寸前、逆にマルクスが体を痙攣させながら絶叫をあげた。

 それこそ、ためていた電気がすべてその体を流れたような感じだ。


「ほいっ、おまえさんは舞台裏で休んでおれ」

 そして、オジが軽くぽんとその体に触れただけで、マルクスは壁際に滑るように吹き飛ばされた。

 おそらく浮遊の魔法を相手にかけているのだろうが……あんな老体に、巨漢の男が吹き飛ばされるとは誰が思うだろうか。


「つええ……マレイより圧倒的じゃねぇか」

 そりゃ、大賢者だ。いろいろな技術や知識は多いのはわかる。

 けれども、誰が直接戦えると思うだろうか。

 あの見た目ではどう考えたところで、近接戦闘などというものができるようには見えない。


 あまりにも圧倒的で。しかもそれをこなしたオジはまるで苦労した様子を見せはしない。

 そして、それが誠二の中での疑念に拍車をかける。


 なら、どうして彼らが魔王を倒さなかったのか。

 今戦った二人が、そろって討伐に行けば十分に倒せたように誠二には思えるのだ。

 わざわざ勇者召喚などということをしなくても、二人の力がそろえば、あの魔王程度(、、)あっさり倒せてしまえただろう。

 必勝の加護があれば、もちろんオジにだって誠二は勝てるだろうが。

 

 オジはちらりと考え込む誠二に視線を向け、そしてそのあとマレイに向き合って頭を撫でた。

 先ほどまで縛られていたマレイは、少し恥ずかしそうにしながらもされるがままにしている。


「さて、マレイ。おぬしにも改めて言わねばならんことがある」

 この場で伝えるのも、なんとも申し訳ないんじゃがの、とオジは言った。

 マレイはいまいち状況がつかめておらず、きょとんとした顔を向けるだけだった。


「マレイ。おまえさんも大賢者の後継失格じゃ」

「なっ……」

 ほっほと、あごひげをなでながらオジが言った台詞は、マレイの表情を崩すには十分な威力を持っていた。


後継者のしきたりじゃー、しゃーねーですねー!

ってなわけで、マルクスさんの苦悩がおわかりいただけただろうか!

そしてオジさんさすが大賢者。

バトルシーンがあまり上手くない作者でございましてな……難しいものです。


さて。次話ではマレイたんがどうして失格なのかなんて話がでますよー。

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