14.大賢者の資質
「わし、前からよく言い聞かせとったよね。自分の目で見て耳で聞き、よく考える癖をつけろ、と」
「それは、確かにそう言われて育ちましたが……」
説明が続いてもマレイはぽかんとしているだけだった。いまいちオジが何を言いたいのかがよくわからない。
そんなマレイにオジはにこやかにあごひげをさすりながら、言った。
「なんでおまえさん、魔王討伐とかしたんじゃ?」
「はい?」
え。とそこで、ここにいる誠二以外の人間の表情が疑問に包まれる。
いまさらその話題を出す理由がまったくもってわからないということなのだろう。
魔王の討伐は国をあげての重大事。それの理由をなぜ目の前の大賢者は問うているのかよくわからない。
「勇者どのは、言葉の意味、ある程度わかるじゃろ? おまえさんは気づいてるようじゃからの」
ちらりと誠二に柔らかい笑顔を向けながらオジはいう。
それだけで誠二は、あらかたの事情を察することができた。
「気づくのが遅すぎたとは思っているがな。ったく、そういうことかよ」
こんなひどい話があってたまるかよ、と誠二は不機嫌そうにオジをにらみつけた。
「いまいち、わからんな。誠二どの。拙者にもわかるように言ってはくださらぬか?」
そんな剣呑な空気の中、ミリィがよくわからんと腕組みをしながら首をかしげている。
それはサーシャやティナにしても同じだった。
いかついおっさんが腕組みをして小首をかしげる姿がずらりと並ぶと、さすがに壮観だ。
「さっきも言ったが、魔王はこの国を襲う気はまったくなかったんだよ。昔は知らないがな」
なのに、なんで勇者召喚やら、魔王討伐の機運になっていたのか。
そこらへんがまずおかしいと誠二は言った。
「俺たちは、魔王軍が攻めてくると知らされて討伐に出た。でも、実際は彼らに戦う気はなかった。内政中心で暮らしの改善を目指していたそうだ」
「ですが、それは攻める気がない証左にはならないのでは?」
「ま、そうだな。でもこちらから打って出る理由にもならない。そして彼らの変化を騎士団のお偉いさんや、大賢者が把握してないってのはおかしい」
監視くらいはしていただろうし、それこそ国境のあたりには目を光らせるのは誠二の世界でもよくあることだった。
人間同士でそうなのだから、人間と知性ある魔物との間ではもっとそれは厳密に行われていたことだろう。
「そこで伸びてるマルクスは独自に調査はしておったよ。そして脅威があると独自に判断をして、王に掛け合った。新しい魔王が即位をした。今かの国は今まで以上に成長している。なにより技術の発展がめまぐるしく、ろくな文化が無かったかの国に便利な道具がいくつも生まれたとな」
「そりゃ増えるだろう。あいつは俺と同郷なんだ。そりゃ知識チートで国を栄えさせるなんてことはやるだろ」
自分の国をよくしたい。
それは誰だって考えることだと思う。しかも日本からの転移、転生となると、どうしてもその傾向が強くなる。
だって、この世界は現代日本に比べるといろいろな面で不便だからだ。
魔法という不思議な力はあったとしても、人は大半を生活するための労力に当てなければならない。
それが、産業が進んでしまった現代人からみると、我慢ならないのである。
最初は自分に近しい人から。そしてそれは気がつけば一つの国のスタンダードになってしまう。
そして人は余暇を得るのだ。生きるためではなく、生きるのを楽しむための時間を。
「それでのう。勇者どの。生活に余裕がでるとどうなりますかの?」
「文明、文化が発展するんじゃね? 美術とか芸能とか」
生きる上での最低限が確保されたということであれば、あとはそれを伸ばすか、もしくは別のことに力を入れるかだ。
戦争なんてものは、自国がじり貧になっていて、仕方なく外から物資を略奪する事から始まると誠二は捉えている。
裕福ならば、争いは起きないはずなのだ。
「ほう。勇者どのはそう思うわけか。けれども、まあ、あそこにぐったりしてる男はそうは思わなかったんじゃよ。隣国の発展はすなわち、脅威というわけじゃね」
余裕が無ければ攻め込む力も小さい。戦っても勝てる。
でも、発展して余裕ができたなら?
食糧事情ひとつとっても、余裕があるかないかでは、戦力は桁違いだ。
「そして王もその提案をのんだわけじゃよ。なにを考えてるかわからん魔物の王の国じゃしね。反対の隣国が発展したというのならば、まだ交易をして我が国の発展をと考えたのだろうが、残念ながら種族差というものの壁は大きいものでのう」
相手が人ではないから。自分とは違うから。
話し合う前に殺してしまえ。
残念ながら誠二の元いた世界では、人間に敵対するような存在は存在していない。
お話の上では、魔女や吸血鬼なども存在するけれども、それが本当にいたかどうかは不明だ。
けれども、肌の色の違いや宗教の違いで、相手が野蛮であると決めつけて攻撃することはよくある話だった。
そもそも、少し人と違うだけでボコられるのがこの世の摂理だ。
見た目が明らかに違う魔物と話し合おうとした人間など、居はしなかったのだろう。
「そして、あんたは当て馬につかったってわけか」
「まあ、言葉は悪いがそうじゃな。大賢者は国王に意見できる権限を持つ。ゆえに、意見をできるような見識と判断力を持つ必要がある」
そのための試金石が今回の魔王討伐じゃった、というわけじゃ。と彼は言った。
大賢者は常識的であってはならない。問題が発生した場合に、それが是か非かは徹底的に考えなければならない。
ちゃらんぽらんなじいさんだと思っていたけれど、実はそう見せているだけだったわけだ。
「……じゃ、じゃあ、魔王が倒すべきものかどうかの判断まで込みだったって……」
「そういうことじゃな。結果、マレイはわしらの言いつけを守って、まんまと魔王を倒した。ま、代替わりしたりクーデターが起きたりとあの国も不安定じゃからな。倒せるのならそれはそれで構わない、というのがわしの判断じゃったわけじゃが」
願わくば、わしらの考えに疑問を持ってもらいたかったもんじゃったー、とオジはちょっとだけ肩をすくめた。
「いくらなんでもハードモードでござらぬか? あの状況でそれに気づくなんて、ほぼ不可能でござろう」
「俺だって、日誌を見て気づいただけだしな。それに気づいたところでどう説明する? 血気逸って戦おうって言ってるところに、戦うのはダメだって言って回るのか?」
上層部はあんたの息がかかってたんなら、なおのこと話なんて聞いてくれないんじゃないか? というと。ふむ、とオジは考えるようにあごひげをなでた。
「そこで意見できるのが大賢者の必須の資質なんじゃよね。おかしいと気づき、さらにはその理由を根拠を集めて証明し、王の決定にすら異議を唱える。それこそがわしらが求める後継なんじゃよ」
というか、王に意見できるってだけで、説得できなかったら結局は元の木阿弥じゃよ? とオジは言った。
なるほど。もっと強権的に大賢者の意見が通るのだと思っていたけれど、そうではなく、あくまでも再考を促すにとどまるということなのか。
そのためには、相手の考えを覆すだけのデータが必要になる。
その訓練として、今回の一件を使ったということなのか。
「じゃあ、せーじの召喚は? それがなかったら、そもそも魔王討伐なんて……」
そりゃ、おじぃと騎士団長が組んだら勝てるかもしれないけれど、とマレイは困惑した声を漏らした。
その召喚までもが計画の一つなのだとしたら、一体自分たちはどこまで翻弄されていたのかと思ってしまう。
「召喚自体は国王の決断じゃよ。騎士団長の進言を受けて行われたもんでの。わしとしては、どんな加護を持つ勇者がくるかと見ておったんじゃが」
「見るも何も、自分で召喚陣作って嬉々として呼んでたような……」
「だって、召喚勇者は面白い加護もってるのが多いからの。魔王にあっさり勝るものまで来るとは思わんかったがね」
必勝の加護はさすがに反則じゃろうと、オジですら誠二の加護には驚きを隠せなかったようだ。
「それもあっての魔王討伐というわけでござるな」
「さすがに、あれはマレイたちの手にはあまるからの。保険の意味でも最良の加護持ち勇者じゃった」
それがなかったらさすがにけしかけたりはせんかった、とオジははっきりと言った。
彼とて、マレイたちを危険な目にさらそうという気はなかったのだ。
「それで? 試金石だ、という話はわかったが……これだと俺の気がすまないわけだが」
「ちょっ、せーじ!?」
ふむ、と話を聞き終えた誠二はカラドボルグを青眼に構えた。
格上の相手にでも必ず勝てる加護を持っている誠二ならば、たとえ大賢者相手であろうが、臆することはなにもない。
「ずいぶんと身勝手な話じゃねぇか。俺はあんたらの口車に乗って取り返しのつかないことをやっちまったっていうのに」
マレイの誘拐騒ぎが終わった今。そして先日から引っかかっていたことがわかった今。
悔恨の念とともに誠二には怒りが渦巻いていた。
今もまだこの手のひらにはあのときの感触が残っている。
魔王を殺してしまった罪人の感触が。
「まあ、そうじゃろうのう。おまえさんはほぼだまし討ちで、打つべきではないものを殺してしまったわけじゃし」
剣を向けるだけの理由はある、とオジはその剣に向かい合う。
「切るだけで満足ならば、一太刀ならば受けてやってもよい。それで気が済むのならの」
じっと、目を背けないオジの迫力に、誠二は一瞬どうしようかと立ち止まった。
思いのままに、切りつけることもできる。
けれども、はたしてそれは正しいことなのだろうか?
今更、オジを切ろうが何も変わることはない。
「だ、駄目だよ! せーじ。おじぃがいないと送喚できなくなっちゃう!」
「それはそれで、マレイにとっては都合良いことじゃろ」
ほれほれ、さっさとやればいいっ、とオジが誠二を煽る。
さぁ切って見せろと言わんばかりだ。
ちっ、そこまで計算ずくだというのか。
「はぁ。やめだやめ。っていうか、これもあんたの試しってやつだろ」
「ほほぅ、気づきおったか。誠二どのは本当に踏みとどまることが得意じゃの」
誠二は結局、剣を鞘に収めた。
それをみて、オジはにやりと笑う。
「俺があんたを本気でやろうとしたら、おそらく必勝の加護が働いたんじゃないかな」
「それに気づくとは、さすがよの。そうじゃ。わし、これでもけっこー強いからの」
ほっほ、とあごひげをさすりながらいうオジにいらっとしながらも誠二は、その通りだろうなと内心で思った。
一対一だったのなら、絶対に負けない自信はある。
けれどもここには他に人がいるのだ。魔王と戦ったときとまったく同じ理屈がここでも成立してしまう。
先ほどまで敵対していたティナやサーシャであろうとも、おそらく必勝の加護の犠牲になる。
下手をすれば……
それこそ、この場に隕石が降ってきて、誠二だけが奇跡的に助かるなんてことも起こりえてしまう。
それでは、たとえオジに勝ったところで、なんの意味もない。
「おぬしの手を汚させてしまったことは本当に申し訳ないと思っておる。なんなら送喚するときに記憶を消すことも考えておるよ」
「記憶って……」
すまんのう、と呆然としている誠二の肩を軽くたたいて、オジは部屋に描かれていた魔方陣を指に魔力を込めて書き換える。
「さて、じゃー帰るとするかの。城に帰ったら、サーシャとティナにはお仕置きじゃよ」
マルクスは……どうするかのう、とあごひげをなでながら、オジは壁の前でぐったりしているおっさんを一瞥した。
明らかに、反逆罪かなにかで監禁だろ、と誠二ですら思うのだが、そこに関しては王国の司法機関が決める問題だ。
「あっさり魔方陣を組み替えて、転移のものに変えるとか……」
「さすがはオジどのでござるな……」
ほれほれ、とマレイが座っていた椅子の下に描かれていた魔方陣の円の中に皆を呼び寄せると、オジは陣の起動の言葉を放った。
「オッサンータノシミー!」
「ちょっ、悪趣味だろーー」
どういう陣の発動方法だよ、なんて思っていた誠二達は、あっさり全員、城の中庭へと転移をしていたのだった。
オッサンタノシミー!
というわけで、無事にお城に帰還です。
オジさんの無茶ぶりにみんな涙目ですね。
いやぁ、この話までアップしてあるつもりだったのだけど、すっかり抜けてしまっていて遅くなりました。
実はこの次の話を全面書き直ししていたので、それで更新が遅れていたのですが……やっちまったぜ!
ま、まぁ、あと二話で終了ということで。




